第2話 オークなど敵ではない

 パーティに見放された俺は、独り王都を目指した。

 空っぽな心に、馬車を用意するような余裕はなく、気付けば徒歩で王都への道を歩いていた。


 俺達が今までいたのは、ギルドが管理している前線基地。

 前人未到のダンジョンに挑むパーティ達の為に、ギルドが用意したものだ。

 もちろん、パーティを追われた俺がいていいような場所じゃない。


 とはいえ、どこに行けばいいのかもわからない。

 今まで、ダンジョン探索を生業としていた俺は、それ以外の生き方を知らないのだ。

 王都に行けば、ギルドからの仕事の斡旋もしてもらえるかもと思い、俺は王都を目指すことにした。


 その足取りは、もはや「歩いている」ようには見えない。

 俺自身も「流されている」のだと自覚していた。


 目に浮かぶ涙は、拭っても拭っても枯れることはない。

 なぜ泣いているのか、なぜ怒っているのか、様々な感情が入り混じった俺には、自分の感情すら理解できなくなっていた。


 パーティは、俺にとって全てだった。

 だから俺は、少しでもパーティに貢献できるように、必死にサポートの技量を磨いてきた。

 なのに、そのサポートが邪魔だと言われたこと……。

 パーティがポッと出の「姫」によって奪われたこと…。

 すべてが俺の感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。


「クソッ!」


 俺は溜まりに溜まった負の感情を、言葉として吐き捨てる。

 それで気が済めばいいのだが、楽になったのはほんの一瞬。

 次の瞬間には、俺の感情は元通り、ぐちゃぐちゃに戻ってしまっていた。


 最前線を発ってから、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

 確か一回日が落ちて、もう一度登ってきたから……一日は経っているのだろうか?

 鍛えに鍛えた体力でも、流石に丸々一日歩いていれば、少しくらい疲れる。

 俺は体力を回復する魔法を、小さく唱えた。


「スタミナ・ブースト」


 その言葉と共に、俺の体力が一気に回復した。

 今なら、全力疾走しても、全く息を上げることなく走り続けることができるだろう。

 だが、そんな気分ではなかった。

 だから俺は、歩き続ける。

 下を向いたまま。


 その時、俺の頭が、柔らかい何かにぶつかった。

 下を見ていた俺の視界が、腹の出た緑色の肌を捉える。


 俺はゆっくりと顔を上げた。

 そこにいたのは……巨大なオークだった。


 俺はとっさに周囲を見渡す。

 わかったのは、三つの馬車が、オークに襲撃されているということだった。

 オークの数は、二十。

 いや、三十か。


 見張りのオークが、遠くから歩いてくる俺を止めるために、俺の前に立ちはだかった、ということだろう。

 つまり、俺の目の前にいるオークも、馬車を取り囲んでいる奴らの味方。


 馬車に乗っていたであろう兵士たちは、オークの数の暴力に押されていた。

 幸い、オークは馬車を取り囲んでいるだけ、今のところ死者は出ていないだろう。


 今なら助けられる、だが――。

 助ける必要がどこにある?

 俺のサポートは、最前線のパーティでは通用しなかった。

 そんな俺のサポートに、何の意味がある?


 俺が自問自答を繰り返しているとき、俺の前に立ちはだかっていたオークが、手に持った大斧を振りかぶった。

 こいつ、まさか警告もなしに、俺を殺すつもりか?

 とんでもない蛮族だ。

 まるで知性を感じない。


 ……まあいい。

 丁度俺も、むしゃくしゃしてたところだ。


「マッスル・ブースト、ラピッド・ブースト」


 斧を振り上げていたオークは――その格好のまま、固まった。

 俺が、背中に背負っていた聖剣を、奴の腹に差し込んだからだ。


「ぐ、ぐおおおおおおおおおお!?」

 

 オークは斧を手放し、刺された箇所を抑えながら叫び声をあげた。

 俺はそんなオークから、聖剣を引き抜いた。

 その瞬間、オークはその場でバタリと力尽きた。


 オークの叫び声で、周辺のオーク達も異変に気が付いたようだ。

 馬車を襲っていたオーク達の視線が、一斉に俺に向けられる。

 

 俺は一度深呼吸をしてから、馬車を取り囲んでいるオーク達を睨みつけた。

 オーク達は一瞬ひるんだが、すぐに下卑た笑みを浮かべ、俺達の方へ歩み寄ってくる。

 標的を俺に切り替えたってことか?


 俺はむしゃくしゃしてたから――いや、オークが襲い掛かってきたから迎撃しただけだ。

 俺に戦う意思はない。

 だが、オークにそんなことを話しても、通じないだろう。


 仕方なく、俺は聖剣を構えた。

 この聖剣には、とてつもない力が封印されている……らしい。

 だが、俺にその力は使えない。

 つまりこの聖剣は俺にとって、切れ味がいいだけのただ剣なのだ。

 まあ、ただの剣で構わない。

 こんなオークの連中には、それでも勿体ないくらいだ。


「おい馬車!

 今のうちに逃げろ!

 こいつらは俺が何とかする」


 パーティを追放された今、どうにかして日銭を稼ぐ必要がある。

 丁度いい、ここらで恩を売っておこう。


「か、感謝します!」


 御者が、俺に一礼をしてから、オークの包囲網を離脱しようと試みる。

 それを見たオークが、御者へと切りかかった。


「う、うわああああああ!?」


 そのオークは、馬車を挟んで、俺の反対側にいる。

 ここからオークを止めることは――できる。


「ラピッド・ブースト!」


 同じサポート魔術の二重掛け。

 並みの人間にはできないが、こう見えても俺は、元トップパーティの一員だ!


 俺はオークに向かって跳躍、奴が斧を振り落とす前に、奴の首を切り落とした。

 

 オークの集団には俺が捉えられなかったようで、奴らはきょろきょろと視線を動かしている。

 その視線が俺にたどり着いた瞬間、奴らの表情が恐怖に染められた。


 落とされた仲間の頭と俺を見て、何が起こったのかを理解したのだろう。


 一番俺の近くにいたオークが、突如として唸り声をあげた。

 そして、斧を振り上げ、俺に向かって走ってくる。


「悪いな。今の俺は、めちゃくちゃ機嫌が悪いんだ

 オール・ブースト!」


 オール・ブースト……筋力、防御力、魔力、素早さ、すべてのステータスを大幅上昇させるサポート魔術。

 俺が編み出した、最強のサポートだ。

 今、それを俺に掛けた。

 俺のステータスは、最初の十倍になる!


 しかも、素早さ……ラピッドは、これで三度目の強化。

 このスピードについてこれる奴は、トップクラスのパーティにだっていない!


 俺が地面を蹴ると同時に、俺の目に映る景色は、一瞬で溶ける。

 溶けた景色が、元に戻ったころには、死体が一つ増えていた。

 首の落ちた、オークの死体が。


 この速さに、オーク達は目で追えなかったのだろう。

 奴らの表情が、先程よりも強い恐怖に染まる。


「さあ、次はどいつだ?」


 俺は聖剣の切先をオーク達に向ける。

 名乗りを上げるものは、いなかった。


 オークの集団は俺に背を向け、あっという間に逃げ去っていった。


 馬車はどこに逃げたのだろう、俺は逃げた馬車へと視線をやる。

 馬車もオーク達の逃亡に気付いたのか、数メートル離れたところで停車していた。


 俺はその馬車の下へと、ゆっくり歩み寄った。

 よく見ると、三つの馬車の内、二つは軍用に見えるが、一つには煌びやかな装飾が施されている。

 要人の護送中だったってことか?


 装飾が施された馬車から、タキシード姿の女? が下りてくる。

 そして、俺の前まで歩いてくると、小さく礼をした。


「御助力、感謝いたします。

 貴公の力によって、我々の危機は払われました」


「いや、別に……むしゃくしゃしてたからやっただけだ」


「つきましては、姫が貴公と話がしたいと申しております。

 お礼と言っては恐縮ですが、貴公を馬車でお送りいたします。

 その間だけでも、どうか」


「姫?」


 まあ、どうせ馬車もなく、トボトボ歩いてたところだ。

 姫様っていう人と話すのは面倒だが、気を紛らわせるにはいいだろう。


「それじゃあ、王都までお願いしてもいいか?」


「承知いたしました。

 王都でしたら、丁度私達と同じ目的地。

 喜んでお送りいたします」


「王都が、目的地?」


 こいつら、まさか。


「はい。

 申し遅れました。

 グランソルム王国第五王女プリンセス・シェロットの近侍、アマリアと申します」


 つまりあの馬車に乗っているのは、王都のお姫様!?

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