Episode 03 :天然の功罪。

 とりあえずレンタルサイクルで自転車を借りる。街のあちこちに置いてあるヤツだ。自転車で正解。途中、消防車や救急車と何台もすれ違った。爆音に驚いた人々が建物から出てくる。振り返れば黒々とした煙の柱が立ち上っている。すんません、犯人は俺です。


 自転車と言っても「自分で転がす」んじゃなくて「自動で転がって」行く電動自転車みたいなもの。まもなく杏璃の通う「麻海あさみ中」に到着。毎日送迎のしている関係で保護者登録が済んでいるのでスムーズに入れた。


 「あ、草笛さんの保護者さん?」

事務所で杏璃との面会を求めると、すでに俺に「緊急事態」が生じたとの連絡があり「早退」したようだ。


「杏璃さんならお迎えが来て帰宅されましたが。」

すれ違い?これはヤバい。俺はすぐに自宅(草笛家)に向かった。


 俺がつくとバイクというか族車で草笛家の小さな敷地が埋め尽くされている。まさかヤツらの魔の手がすでにここまで?


「おかえりー。」

俺が駆け込むと杏璃は玲士くんたちと一緒にいた。一人で殺気立っていた自分が恥ずかしくなる。それくらい能天気な杏璃の声。これは腹が立つどころか俺が救われるレベル。


「はぁ、無事だったかぁ。」

俺がヘナヘナとその場に座り込む。杏璃が俺にお茶を出す。

「ごめん、瑛士が大変だって玲士が迎えに来たんだもん。ほらね、瑛士はすぐ帰ってくるって言ったでしょ?」

杏璃は俺の無事を確信していたようだ。


「いや、どうやって帰ってきた?今、お前の救出作戦を練ってたとこだったんだが。」

呆気に取られた玲士くんが不思議そうに聞く。


「あー、うん。魔法で。」

色々あったが一言で片付けた。

「お前も魔法使いマジもんだったのか。⋯⋯まぁ、アキヒロさんの身内ならあり得んことはないな。」

そう言ってから

「これで俺の決めたことに文句はねえな。なぁチビ。武楽邪吼ウチに来い。」

 と告げる。


  まるで断られることなど微塵も予期していない言い方。若さゆえなのか?眩しすぎるくらいの真っ直ぐな


「いや、俺なんか入ったら迷惑なんじゃ⋯⋯。」

そう、俺の目的は一刻も早く杏璃を連れてこの街から脱出することなのだから。これ以上面倒に巻き込まれるのはごめんだ。


 俺が迷っているのを感じたのか

「もうお前は完全にウチのモンって認識されている。一人で杏璃を守りきれるんか?知ってるとは思うが武楽邪吼ウチはアキヒロさんが作ったチームだ。アキヒロさんがいない今、杏璃を守る義理が俺たちにはある。」


「そうだよ。猫たちの世話をする義理が私にもあるよ!」

杏璃が人混みにも動じない草笛家のボス猫「ギン」を抱き上げながら言った。

「覚悟を決めろ!俺と同じタマナシなんか?瑛士。」

俺の鼻先に銀の顔を近づける。当の銀は迷惑そうに顔を背けながらものどを鳴らしていた。銀は去勢したオス猫なので「タマナシ」なのは仕方ない。


 「まあ、メカニックくらいしかできんぞ。基本ビビりだからな、俺は。」

俺が渋々了承するとホッとした空気が広がっていった。


「うん。瑛士の特攻服ふくは私が大事に保管してたから心配ないよ。」

杏璃も嬉しそう。良い子なんだが不思議すぎるやろ。早くこいつと共に脱出しなければ。俺の新東京脱出の企みはまだ企画段階なのであった。


 とりあえずここで解散。再び杏璃と二人きりになると部屋がだだっ広く感じる。俺が下宿していた頃の四畳半は今は杏璃の個室になっているのだ。


 「あのさ、これ保護者さんに、って鳥居とりい先生から。」

杏璃がちゃぶ台の上にプリントを置く。


「え、チキ公ってまだいるの?」

俺ン時も担任だったわ。10年経ってんのに学年主任にもなれんのか。

「へー、瑛士の時からすでにチキ公って呼ばれていたんだ。でも用事があるのはスクールカウンセラーの先生だよ。」


 そうか、親と死別した生徒の心のケアについての相談と指針の説明か。これは保護者としては行かねばならんな。鴻野栞里こうのしおり先生かぁ。


「鴻野先生って美人?」

「そーだねぇ、かわいいよ。」

女の子の言う「かわいい」は絶対信用できない。


 ここはスーツで⋯⋯いや、俺って身体が縮んでいたんだっけ?

しょうがないのでアキヒロさんの上着とこの家になぜか保管されていた俺の学生服のズボンをはいていくことに。そして、この栞里先生がとんだ⋯⋯食わせものだった。

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