第72話 旅の終わり




☆12月1日(金)―手のひらの数字が0になるまであと『24日』―




 私は、卯月さんにイベントを中止にするように電話した。


『あのね。どのイベントでもそうだけど沢山の人間が関わってるの。中止にすると言うことは、その人達の収入源を奪うって言うことなのよ? 生活が立ちゆかなくなる人も出てくるかも知れない』



「それはそうですけど……でも……」


『言いたいことはわかるわ。でも、誰にどう説明する? 当選した人間が、人を襲う可能性があるから中止にするって言うの? それとも犯罪者だから? 証拠も無いのにそんなことしたら、今度はこっちが叩かれるわよ』


「それは……」


『だから梨花が体調不良になるしか無いわ。近くなったらそう発表しましょ』


「卯月さん!」


『近くなったらまた連絡するわ』





☆12月4日(月)―手のひらの数字が0になるまであと『21日』―




 イベントの日付が発表された。



 12月24日(日)からの一週間。

 


「先方の予定がこの日じゃないと合わないらしいのよ」


 卯月さんが言った。


「先方っていうと……」


「市橋達也ね」


あいつか。


なにかの狙いがあると思ったほうがよさそうだな。



 どっちにしても中止になるのだから。






☆12月15日(金)―手のひらの数字が0になるまであと『10日』―



 まだ中止の発表がない。


 週明けだろうか。





☆12月18日(月)―手のひらの数字が0になるまであと『7日』―



 ……イベントは6日後だ。


 まだ発表がない。

 

 いくら何でも遅すぎる。


「梨花ちゃん。中止の件、何か聞いてる?」


「調整中みたいだよ」



 大丈夫なのかな?


 



☆12月21日(水)―手のひらの数字が0になるまであと『4日』―




 学校を終えて帰ってくると、梨花ちゃんが私を待っていた。


「真理ちゃん。急なんだけど、明日からお休みってとれる?」


「学校には適当に連絡するから大丈夫だよ。でもどうしたの?」


「イベント、やることにしたんだ」


「え? 危険だよ?」


「実は桜田さんが来てくれる事になったんだ」


「優太君が?」


「うん。だから何とかなるかなって。それに、今後の事を考えると、真理ちゃんはいなくなるわけだから。今のうちになれておかないといけないと思うから」


「それは……そう……だね」


 反論できない。


「でも、本当に気を付けてね」


「そうだ。一橋さんの鉄のパンツの鍵って真理ちゃん持ってるんだよね?」


「うん。一応ね」


「私に預からせて貰ってもいいかな? 真理ちゃんが持ってると、真理ちゃんが狙われちゃうから」


「まあ……いいけど」


もし梨花ちゃんが無くしたら、アイツが困るだけだ。


「ありがとう」





☆12月22日(金)―手のひらの数字が0になるまであと『3日』―




 優太君が来た。


 イベントで使う家に、荷物の運び込みをしている。


「桜田さん。一橋さんを絶対に阻止してくれんだって。本当に頼もしくなったよね」


「うん、そうだね」


「ちょっとお出かけしない?」


「お出かけ? どこに?」


「東京」


「なにしに?」


「桜田さんと行けなかった場所。まだあるよね?」


「……そういうの。やめようよ」


「卯月さんも後から来るからさ。行こうよ」








☆12月23日(土)―手のひらの数字が0になるまであと『2日』―




 今朝から梨花ちゃんが「優太さん」って呼ぶようになった。


 私と二人でいる時は「桜田さん」って呼んでたのに。


「優太君と何かあった?」


 私が聞くと、梨花ちゃんは、


「演技の事、褒められたんだ」


「優太君に?」


「うん」


「そっか」


「優太さんって、ちょっとみないうちに自信つけたよね。最初は支えてあげなきゃって思ってたはずなのに、いつの間にか、立場が逆転してた」


「うん」


「凄く優しくて包容力があって。男の子って、皆、ああなのかな?」


「優太君が特別なんだと思うよ」


「そっか……そうなんだ……」


「もしかして、本気で好きになっちゃった?」


 冗談めかして言ったのに、梨花ちゃんは、困ったように笑みを浮かべて、


「……私、どうしたらいいんだろ」


「梨花ちゃん。好きになっていいんだよ。私の事は気にしないで優太君を好きになってあげて」


「ダメだよ。そんなのダメ……」


 心がキュッとする。


 本気なんだとわかったから。


 梨花ちゃんは、本気で優太君を好きになりかけてる。


 自分でお願いしておいて、なんて情けないんだろう。


「優太君をお願いね。梨花ちゃん」


 そうだ。


 これでいい。





☆12月24日(日)―手のひらの数字が0になるまであと『1日』―



 イベント当日になった。



 梨花ちゃんは今、配信会社のスタッフの人にインタビューを受けている。


 可愛い笑顔でハキハキ受け答えをしている所を見ると、梨花ちゃんも変わったんだなと思う。


 自信をつけたのは、優太君だけじゃないよ。梨花ちゃん。


 ずっと同じ場所で足踏みしているのは、私だけだ。





「イベント。やっぱり参加できないの?」


 卯月さんが、困惑したような顔で聞いてきた。


「ごめんなさい。急用で」


「そう。夜は戻ってくるの?」


「いえ。久しぶりに実家で過ごそうと思ってます。あとこれ、梨花ちゃんに渡してください。渡せばわかると思いますけど、毎日1錠ずつ飲ませるように伝えてください」


「それは何?」


「渡せばわかりますので」


そう言って、眠り薬の入った小瓶を渡した。


「そう。ちなみに急用はいつまでなの?」


「まだわかんないです。もしかしたらしばらくかかるかも」


「そう。あなたがいないと梨花が悲しむわ。早く戻ってきてあげてね」


「……」


「まぁ、とにかく頑張りなさい」


「はい。ありがとうございました」



――



 午後からは、あちこちに挨拶に回った。


 まずは真子の家。


 今回はあまり関りがなかったけど、私の中では親友だ。


 それから葵さん。


「珍しいわね。家に来るなんて。どうしたの急に?」


「ちょっと顔を見たくなったので」


「明日になったらまた会えるでしょ?」


「あたらしい生徒会長はいつなんですか?」


「年明けからよ。なんなら明日、紹介するわよ」」


「これ、色々とお世話になったので。チョコレートです」


「え? いいの? 嬉しいわ。ありがとう。真理ちゃん」


「それじゃ」


「もう行くの? ちょっと寄っていったら?」


「いえ。まだ行く所があるので。それでは」


「じゃあまた学校でね。チョコレートありがとう」


「生チョコなので、早めに食べてあげてくださいね


「……どこかいくの?」


「え? どうしてですか?」


「なんとなく、変な感じがするんだけど、気のせいかしら?」


「気のせいですよ。それじゃ。王馬さんと真央ちゃんにもよろしく言っておいてください」


「ええ。わかったわ」


「それじゃ……ありがとうございました」


 と、呟くようにお別れを告げた。



――




「おお。木下氏よ。どうしたのだ?」


「黒鉄さん。借りてたアニメと、セオ☆スタのライブDVDを返しに来たよ」


「もう観終わったというのか? さすが木下氏であるな。何日徹夜したのだ?」


「徹夜はしてないよ。ごめんね。実は半分も見れてないんだ」


「ならまだ持っておいて大丈夫だ。我は観賞用と保存用と保存用のバックアップに3つずつ買っておるのでな」


「凄いね。あとこれ、セオ☆スタがCDを手売りしてた時代のCD」


 石川健太郎の家に行って、無理やり値打ちのありそうなものを貰って来た。


「……」


「黒鉄さん?」


「すまぬ。天に召されそうになっておったのだ」


「大丈夫!?」


「この伝説のCDについて、3日3晩寝ずに語りたいのだが、これから一緒にどうであるか木下氏よ」


「ごめん。ちょっと時間ないかな。それとこれ」


「本か? 『読むだけで男の人が苦手じゃなくなる本』だと。これは魔法の本であるな」


「いや、魔法の本ではないね」


「しかし素晴らしい本だ。まず装飾がいい。これは一番いい場所に飾らせてもらうぞ。木下氏よ」


「いや、読んでよ」


「ははは。木下氏よ。我が男を苦手でなくなってしまったら、我のアイデンティティは何もなくなってしまう」


「何もなくならないよ。アイデンティティだらけだよ」


「だが我は感動したぞ木下氏よ。本当にありがとう」


「本当? なら良かった」


「これを読めば、セオ☆スタの握手会を遠くから眺めるぐらいは出来るようになりそうだ」


「いや、それは読まなくても出来るよね?」


「ははは。面白い事を言うな。木下氏は」


「でも、いつか握手会に参加できるといいね。喋れたりするんでしょ?」


「喋る? ハハハ。我がオノコと喋るなど天地がひっくり返ってもないであろう。これは予言である」


「この前も、真央ちゃんを男の子と間違えて喋れなかったもんね」


「あれは男子の制服を着ていたからだ。きちんとスカートをはいてくれていれば喋れた」

「だからそれは思い込みって事だよ。相手を女の子だと思えば喋れるんじゃないかな?」

「なるほど。試してみよう」


「うん……それじゃ、そろそろいくね」


「うむ。ご足労をおかけした。また会おう」


「ありがとう黒鉄さん。黒鉄さんとの時間は、とっても楽しかったよ」


「なんだ、最後みたいな言い方だな」


「じゃあね。帰るね」


「ん? ああ……気を付けて帰るのだぞ」



――



 ブルブルとスマホが震えた。


 山のようにSMSが届いていた。


【天満梨花:ねえ、真理ちゃんどこにいったの? なんでいないの?】

【天満梨花:どこにいったの? どこにいるの?】

【天満梨花:真理ちゃん? 返事して!】

【天満梨花:真理ちゃん!】


 まだまだあったけど、返事をする気がないので、途中で見るのをやめてアプリを終了した。


 ごめんね。


 言うと、絶対にもめるから。

 


 





☆12月25日(月)―手のひらの数字が0になるまであと『16時間』―



 早朝5時。


 万が一、死ななかった時の事を考えて、着替えなどをスポーツバッグに詰め込む。


 金属バットは、一応もっていくか。


 とても手になじんでいて、持っているだけで安心する。



 そうだ。朝食は何食べようかな。


 買っておいた新幹線のチケットを確認する。


 駅弁を買って食べるのもいいな。


 お昼と夜ご飯と、食べる事ばかりを考えてしまう。




 両親はまだ寝ている時間だ。


 両親のドアの前で、深くお辞儀する。


 ここまで育ててくれてありがとうございました。


 もしかしたらまた戻ってくるかもしれないけど、戻ってこないかもしれないので。


 ごめんね。駄目な娘で。


 どうか、あまり悲しまないで欲しい。



 さようなら。




 第二.五部 完




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