第65話 さよなら Part.3




 台本は用意した。


 喫茶店で優太君と梨花ちゃんがいる所に、私が一橋達也を連れて現れる。


 私は「その女誰なの!? 浮気したの!?」と優太君を攻撃する。


 梨花ちゃんは「あなたが浮気して桜田さんは傷ついてるんですよ!」と、反撃する。


 私は、1回目の世界であったことを、気持ちよさにおぼれていった事を告白する。


 そして最後に一橋達也に動画を再生させて、関係修復は不可能なんだと優太君にわからせる。



 あとは梨花ちゃんに全て託す。


 私の計画はそれで全てだ。



 けど、おそらく、思い通りには進まない。



 一橋達也は、私の書いた台本を無視して暴走するはずだ。


 けどそれでいい。


 それで……全部終わる。



――



 カランカラン、と喫茶店のドアを開けて、一橋達也と一緒に喫茶店に入る。


「おう。優太。待たせたか?」


 さっそく一橋達也が台本を無視して優太君に話しかけた。


 私は、一橋達也の横に座った。


「僕たちも今来たところだよ」


 少し震えてる。


 でも優しい声。


「ふーん。っていうか。こっちのサングラスの女の子。誰だよ?」


 くだらないお遊び。


 知ってるだろ。お前は。


「結構おっぱい大きいじゃん。真理と同じぐらいか?」


「やめてよ」


 不愉快。


 本当に不愉快だ。


「ね。顔見せてよ。可愛い顔してるっぽい」


 まだ続けるの?


「何か飲まれますか?」


 梨花ちゃんが、メニューを広げて一橋達也を誘導する。


「ん? じゃあコーヒーかな。真理は?」


「私も達也と同じでいい」


「それで? 話って?」


と、一橋達也。


 ……優太君。ぼーっとしてるな。


「……桜田さん?」


 梨花ちゃんが、優太君に声をかけると、優太君はハッとして我に返った。


「真理。話があるんだ」


 うん。私もあるよ。


「いや、俺が話す。その方が早いだろ。なぁ真理」


 一橋達也は私の方を向いてニヤリと笑った。


 不愉快。


 けど、私もニコリと微笑み返す。


「いや、でも僕は真理と話があるんだ」


 それでも優太君は私と話そうと、必死にに食らいついて来る。


 こんな必死な優太君は初めて見る。


 カッコいいな。


「あのさあ。もう彼氏面するのやめてくれる? お前の小っさいのじゃ真理は満足できねえんだよ」


「ちょっと」


 今、優太君が話そうとしてるのに邪魔をするなよ。


「ああ。悪い悪い。キスもしてないんだっけ? 童貞ちゃんには刺激が強すぎたかなー? お前の幼馴染の処女は俺が頂きましたよ」



 私が話すはずだった内容を、コイツはアレンジして自分の言葉で喋っている。


 でも、それでいい。


 思い切りやってくれ。


「え? わかんない? 童貞は流石だな。じゃあさ。今、これ一緒に見ようぜ。真理のやつ、すげえ声出すんだぜ。知らねえだろ。特別に聞かせてやるよ」


 順番はでたらめ。


 台本は破綻。


 けど間違いなく、私の書いた筋書きよりも、効果的に優太君を追い詰めていく。


 心配なのは、どんな動画なのか、私も知らない事だ。


 一橋達也は「適当なものを探しておく」と言っていた。


 自分で探すのは気が進まなかったので、まぁいいかと全部任せてしまった。


 大丈夫かな。


 優太君の前にスマホが差し出されると、裸の女性のサムネイルがずらりと並んでいるのが見えた。


 ふと、嫌な予感が頭の中をよぎる。


 あの動画。


被害女性のものじゃないよね?


 まぁいいか。


 もう関係ない。


 一橋達也は、スマホの画面をスクロールさせていき、途中で止めた。


 トン、と、とある動画の上で指をタップすると、再生前のアニメーションがくるくると動き、画面が真っ暗にになって切り替わった。


 そして、


 ノミとハンマーが出てきて、一橋達也のスマホを粉々に粉砕した。



「失礼。ハエが止まってましたので」



 梨花ちゃん……めちゃくちゃ怒ってる顔してるな。

 

「おまっ! お前っ! 俺のスマホどうしてくれんだよぉおお!!!!」


 一橋達也の絶叫が店内に響いた。


 うるさい。


「スマホ? 何のことですか?」


「しらばっくれるなよ! じゃあなんで謝ったんだよ!!」


「肩にとまっていたハエを払いました。それが失礼かと思って」


「ふざけんなよ!! ハエなんてどこにもいねえんだよ!!」


「ところでどうして突然スマホを分解しはじめたんですか? お店の人に迷惑ですよ」


「お前がやったんだよ! お前がよおお!!」


「酷い言いがかりですね」


「ふざ、ふざ、ふざけんなっ! 弁償しろっ!! 今すぐだ!!」


「証拠はあるんですか? 指紋は出ませんよ」


ふふ。


 梨花ちゃんの演技は、相変わらず酷いな。


「ここにいる全員がみてんだよぉお! 全員が目撃者だ! なあ、真理! 見てたよな!?」


「……」


「なんで黙ってんだよ」


「……もういいよ。ちゃんと話そう。達也」


「……」


 私は、深呼吸して、優太君の方をまっすぐに向いた。


「ごめん優太君。確かに私は浮気しました。でもね、話を聞いてほしい」


「うん。もちろん」


 優太君が真剣な表情で頷く。


 ……もしかして、思ったよりも平気なの?


 優太君、まだ耐えるの?


 強すぎるよ。



「このスマホ。紛失補償には入ってないんですかね?」


「あ。まてよ。たしか先週入ったな」


「だったら紛失したって事にしましょうよ。これはこっちで捨てておきます」


「お、悪いな」


 どうでもいい会話を二人は続ける。


 でも、梨花ちゃんは、どさくさに紛れてスマホを回収した。


 やるな。梨花ちゃん。


 私は優太君の方を向いて、


「去年。コテージに泊まりに行ったの憶えてる? 真子ちゃん達と」


 私は、1回目と2回目の違いに気をつけながら、慎重に言葉を選ぶ。


 不信感を持たれてはいけない。


「うん。憶えてるよ」


 優太君が睡眠薬で眠らされて、大暴れしたのが今回。


 優太君が睡眠薬で眠らされて、一橋達也にいいようにされたのが1回目だ。


「あの時、達也に強引にされちゃったんだ」


「……え?」


「最初は抵抗したんだよ。でもすごい力で服を脱がされて、怖くて声も出せなくて、私、優太君に助けてほしくて何度も声を出そうとしたの。でもね、自分の姿を見て、優太君に嫌われたらどうしようって、そっちの方が怖くなったの」


 すこし脚色してある。


「でもお前のおかげだぜ優太」


 一橋達也が話に入ってきた。


 邪魔をするなよ。


「俺ら、すぐ近くでシてたのに、お前がぐっすりと寝ててくれたから、最後まで出来たんだよ。ありがとな」


 まあいいや。


 優太君には、心がボッキリと折れて貰わないといけない。


 天満梨花なしでは生きていけないぐらいに。


「ごめんな優太。お前の彼女、入学した時からずっと狙ってたんだよ。めちゃくちゃエロい体してるだろ? 思った通り最高の体だったわ。一回ヤッたら後は脅して何回もヤった」


 前から思ってたけど、でたらめな事を良くもああペラペラと喋れるな。


 私と同じだな。


「優太君ごめん。バレたら絶対別れなくちゃいけなくなるって怖くて黙ってた」


「なあ優太。お前知ってるか? 俺が真理の家にずっと入り浸ってたの。お前の知ってる場所で、真理と過ごした場所で、俺らは何度もヤってたんだぜ」


 酷い嘘だ。


完全に台本無視。


 でも、それでいい。


「お。大丈夫か? ひ弱な優太ちゃん。もう倒れそうなのか?」


 やっぱりコイツに任せてよかった。


 私までイライラする。


 優太君が受けたダメージは、計り知れない。


「でもまぁ、俺も鬼じゃないからな。言ってやったんだぜ。真理の体はもう十分楽しんだから、もうやめようって。もう二度と脅さない。今まで悪かった。だから彼氏の元に戻っていいぞって。そしたらなんて言ったと思う? お前の彼女」


「……」


「そしたら『優太君のは小さくて固さも足りないから物足りないの。だから達也がいい』だって」


「そんな言い方してないでしょ。それに、優太君とは……したことないし」



 私は『していない』を強調し、優太君の劣等感を刺激する。



 私が優太君の立場なら、もう発狂している。


 包丁を持って私達を刺している。


「同じだろ。まあそういうわけだ。真理は俺を選んだんだよ」


「ごめん優太君。何度もされてるうちにハマっちゃって。優太君といても達也としてる事ばっかり考えるようになっちゃったんだ。もうダメだよね。そうなったら」


「お前って5歳の時から真理と知り合いだったんだろ? 10年間も何してたんだよ。俺なんか数ヶ月で処女までもらっちゃったってのによ」


「やめてよ」


「ま。そういうわけだから、真理のことは諦めろ。悪いな」


「ごめんね。優太君」



 バンッ!!


 梨花ちゃんがテーブルを思い切り叩いた。


この動きは、梨花ちゃんに渡した台本にない。


梨花ちゃんの独断だ。


 梨花ちゃんは一橋達也をギロリと睨んだ後、私のことまで睨んできた。


 よほど私と一橋達也に腹が立ったのだろう。


「……帰りましょう。優太さん」


予定を無視して、梨花ちゃんは優太君を外に連れ出していった。



……梨花ちゃん。


ありがとね。


 優太君のために怒ってくれて。


 本当にありがとう。


 二人が出て行くのを見送った後、私は、


「あーあ。コーヒー冷めちゃったな『一口も飲んでいないのに』」


 そう言って脱力してソファーに寄りかかった。


「お前……おもしれえな……」


「これで優太がいなくなってくれると嬉しいんだけどね」


 一橋達也は、残ったコーヒーをぐいと飲み干した。


「私のコーヒーも飲む? 冷めてるから飲みやすいんじゃない?」


「いやいい」


 私は、メニューを広げ、


「おなか減ったでしょ? ここのナポリタンハンバーグがめちゃくちゃ美味しいんだって」


 なんでこんな事を私が知ってるかというと、ここが梨花ちゃんの友達の旦那さんが働いているお店だからだ。


 私は手を挙げて、店員さんを呼ぶ。


「おごってあげる。たくさん喋ったからのど渇いてるでしょ? アイスコーヒーでいいよね?」


やってきた店員さんに、アイスコーヒーとナポリタンハンバーグを注文する。


「……お前。妙に甲斐甲斐しいな」


「今日はお世話になったからね。ありがとね」


「…………お前。本気なのか?」


「なにが?」


「優太のことだよ」


私はクスクス笑う。


「なに? いまごろ信用しはじめたの」


「誰がお前なんて信用なんてするかよ」


「あはは。ウサギ相手に獅子が怯えてどうするの?」


「まあ……そうだな……」


「今日さ。どうして15時を指定したと思う?」


「あ? 」


「ほら、午前中や12時だと、朝ごはんを遅くに食べてこられる可能性があるじゃない?」


「……何が…言いたい?」


そう言って、首を左右に振った。


「どうしたの? 体調悪いの?」


「いや……」


「じゃあ話を続けるね。でも午後一だとお昼食べて来てるじゃない? だから15時。一番確実にやや空腹になってるだろう時間。16時でもいいけど、ちょっと遅すぎるんだよね」


「……」


「だから、少しでも空腹の時間を狙ったんだよ」


「……」


「聞いてる? ……聞こえてないか……」


ウサギは年中発情期で性欲が強いけど、とても臆病で、耳も良くて逃げ足も早い。


なかなか近づくのも難しい。


 だから本気でやった。


本気で優太君を追い込まないと、ウサギは罠に気づいて逃げ出してしまっただろうから。


「……あらら。お連れの人。寝ちゃったんですか?」


 コーヒーとナポリタンハンバーグを持ってきてくれた店員さんが言った。


「ごめんなさい。でも大丈夫です。すぐに家族が迎えに来るので」


「そうでしたか。ナポリタンハンバーグは容器に入れて持ち帰りますか?」


「お願いします」


「わかりました」


「今日は本当に、ありがとうございました」


「いやいいよ。でも、天満ちゃんの友達だからやったけど。本当はこういうの、まずいんだからね」


 店員さんはそう言って、私の前に小瓶を置いた。


 1年前の6月に、ロッジで一橋達也が使った睡眠薬だ。


「すみません」


「いや。でも、お医者さんの薬、飲んでくれたみたいで良かったね。お兄さん」


「はい、助かりました」


 梨花ちゃんには、この店員さんに、こう説明して貰っている。


『友達の兄が、医者から出された薬を飲んでくれないので、コーヒーにこっそりいれて出して欲しい』


 私は深くお辞儀して、


「兄のためにありがとうございました」


「いやいや。でもお兄さんの病気。早く良くなると良いね」


「そうですね」


 喫茶店の表に、黒いワゴン車が停車する。


 卯月さんの車だ。


「……ほら、迎えが来たよ。お兄ちゃん。一緒にいこうね」


あとは頼んだよ。


梨花ちゃん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る