第66話 さよなら Part.4

本日2回目の更新です。お気を付けください。

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 ビュウビュウと、強い風が吹いている。


 断崖絶壁の下には海だ。


卯月さんには車で待っててもらっている。


帰って貰っても良かったのだけど、絶対に揉めるので言わなかった。


 私と一橋達也は今、あと一歩踏み出せば、崖の下に真っ逆さま。


という場所にいる。


「うん、これは美味しいね。さすが梨花ちゃんのおすすめだね」


容器に入れて貰ったナポリタンハンバーグを、フォークで少しずつ食べる。


コンビニで買った温かいお茶も一口飲む。


「ふう、もうお腹いっぱい」


少し残してしまったけど、この辺に住む動物がきっと食べてくれるだろう。


 私は、ガムテープと紐でぐるぐる巻きにしている一橋達也の頬を、ペチペチと、何度も叩いた。


「……ん?」


「おはよう」


私が声をかけると、一橋達也は目を細めてこちらを睨んだ。


「寝ぼけてる? 一橋達也は寝起きが悪いタイプなのかな?」


「……ここ……どこだ?」


「優太君が身投げした場所だよ」


「……は?」


「そっか。知らないか」


「……俺を……どうするつもりだ?」


「遺書を用意して来たよ。私と達也は愛し合っていて、結ばれるのが難しそうだから死にますって書いてきた」


 こうすればきっと、賢いクラスメイト達は、浮気していたのが優太君じゃなくて、私達だと気付くはずだ。


「は?」


「私達が二人して自殺したら、優太はきっと責任を感じて自殺するでしょうね。計画は完璧じゃない。やったね」


「お前……頭おかしいのか?」


「やだな。私の事、まともな人間だと思ってたの?」


「……俺達が死んだら意味ないだろが」


「あるよ。優太はきっと自殺する。やった。嬉しいね」


「お前……なに……言ってるんだ?」


 一橋達也の目には、あきらかに怯えがあった。


 こんなものか。


 それともこれすら演技なのか?


「海、凄い荒れてるよね。死体は沖に流されて見つからないかもね。そしたら優太を自殺させる計画がとん挫しちゃうな。少し待った方がいいかな?」


「そうだな。俺もそう思うぜ。後日にした方がいい」


「後日に? そこまで待った方がいいかな?」


「ああ。波が穏やかな時の方が絶対にお勧めだ」


「良く喋るね。最近、私と喋ってくれないから、嫌われちゃったかと思ってたよ」


「……」


「悪いけどここ。年中波が高いんだ」


 そう言って、ゆっくりと立ち上がった。


「……木下真理。俺も色々と悪かったよ」


「色々って?」


「お前を襲ったこととか、色々だよ」


「別に気にしてない。最後に仲直りできてよかった」


「いやまて。早まるなよ」


「大丈夫。高さも十分にある。飛び降りたら助からないって」


「まてよ。望みは何だよ? 何でも欲しいものをお前にやるぞ」


「え? 本当に?」


「ああ。本当だ」


「じゃあ、お前の命」


「……」


「それじゃ、話すこともないみたいだから……」


「まてって! こういうのはどうだ!?」


「……こういうのって?」


「……」


 一橋達也は、必死に考えているようだ。


「とりあえず、下に落ちてから話そうか」


「まてって! 少し待て!」


「待たない」


 待ったら待つだけ、この世界に未練が残る。


 私はヤツの体を足で押して、先に落とそうと力を入れる。


  優太君。


 優太君が苦しんでた時、私はコイツと気持ち良いことしてた。


 心の底から苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いてここから飛び降りる事を決意した時、私はコイツと気持ちよくなってた。


 ごめんね。


でも、ちゃんとやり直せた。


 今度は優太君を助けることが出来た。


それだけは誇っていいよね?


 優太君。


 梨花ちゃんと幸せになってね。




 その時、スマホが鳴った。


「おい! スマホが鳴ってるぞ!」


「どうでもいい。もう関係ない」


「いやいや見たほうがいい! 何かあったのかもしれないだろ!?」


うるっさいな。


 仕方なくスマホを見る。


梨花ちゃんからだ。


【どこにいるの? 連絡ください】


 何かあったのかな?


 え?


 ……私は思考が停止した。


【桜田さんが私と別れるって言い出したの。私、どうしたらいいかな?】


 なんで?


 ……嘘でしょ?


「……はは」


 本当に。


 私の浅はかな策略なんて。


 優太君にはまったく通用しない。


 凄いよ。


 本当にすごい。


「おい、どうした?」


と、一橋達也。


「ごめん。事情が変わった。中止で」


「あ?」


「死ぬの中止」


「ほ、本当か?」


「うん。ごめんね。だから一人で死んでね」


「……は?」


「それじゃあまたね。また来世」


「待て待て待て!! また来世じゃねえだろ!」


「何? 急いでるんだけど」


 優太君の様子を見に行かないといけない。


「落ちつけって。取引しようぜ。お前が命を助けてくれたら、俺は何でも言うことを聞く」


「なんでもって?」


「だから、何でもだよ」


「ほんと? 何でも叶えてくれるの?」


「ああ」


「今すぐそこから飛び降りて」


「待てって!」


「じゃあこうしようよ。私になにか提案してよ。チャンスは3回。3回提案して、何も私が納得しなかったらあんたはそこから飛び降りる」


「……てめぇ」


「はい。は・や・く。は・や・く。は・や・く。は・や・く」


「……少し静かにしろよ!」


「あれ? そんなこと言っちゃっていいのかな?」


 私は背中を足でぐいと押す。


「やめろやめろやめろ」


「それで? 提案ないの?」


「わかった! わかったよ! 俺はお前と優太に二度と手を出さない! これでいいだろ!!」


「ほんと?」


「もちろん本当だとも」


「どうやって証明する? 嘘じゃ無いってどう証明する?」


「弁護士に書面で残させる! それでどうだ!?」


「ねえ達也君。取引って言うのは、双方に利益があってはじめて成り立つんだよ。この場合、あんたを落としたら安全に手に入るもののために、どうしてわざわざあんたを助けて危険をおかしてまで紙切れ一枚を手に入れなきゃいけないの? じゃああと1つね」


「な、なんでたよ! あと2つだろが!」


「ごめんね。本当に申し訳ないんだけど、もう面倒くさくて」


「ふ、ふざけるなよ!」


「別に今すぐ落としてもいいんだけど?」


「……くそっ」


「よく考えてね。私はこの世に何の未練も無い。あんたが死んだらみんなが安全になる。逆にあんたを生かしておくと、また皆が危険になる。この状況で、あんたは何が出来る? よっく考えてね。次が最後だから。頑張って」


「……」


「まだ?」


「……」


「まだか」


「……」


「ちょっと寒くなってきたから、素振りでもやろうかな」


 私はスポーツバッグから金属バットを取りだして、素振りの練習を始めた。


「おま! あぶっ……危ねえだろ! やめろ! ぶつかったらどうすんだよ!」


「ぶつかったら、お前が落ちるだけだよ」


「いやいやいや! 俺はまだ答えてないだろっ!」


「あのさあ」


 私はしゃがみ込み、


「私、あんたを助けるなんて一言も言ってないよ?」


「……は?」


「私は、たわむれにお前に考えさせてるだけで、助けるつもりなんか、砂粒ほどもない。ほら、これっぽっちも」


 親指と人差し指で、ちっちゃく砂粒の大きさを表そうと思ったけど、小さすぎて無理だった。


「お、お前っ! それでも人間かよっ!」


「あれれ? まだ私の事を、まともな人間だと思ってたの?」


「……」


「もうとっくに壊れてるんだよ。どうする? お前が自分で落ちる? それともバットで叩かれて落ちる?」


「……やめろ」


「じゃあ。さよならって事で」


「……ひっ……ひっ……」


 思いもよらないところで、一橋達也が泣き出した。


「頼むよ……妹の命がかかってるんだよ……」


「 妹?」


「不治の病なんだよ。俺が来るのを毎日楽しみにしてるんだよ」


「私は悲しいよ。一橋達也」


「は?」


「どうしてそこまでして生きたいの? あんたには人としての矜持はないの? プライドがないの?」


「……」


「ねえ。教えてよ。そこまで生に執着する理由って何? あんたにとって、女の子のお尻を追いかけ回すことは、生き恥を晒してまで必要な事なの? 生きてて恥ずかしくないの?」


「……まれ」


「なに!? 風の音が大きくて聞こえないんだけど!?」


「黙れって言ってんだよ! このクソビッチが!」


「怒ったんだー。ほんっと小さいやつ」


「殺してやるよ。木下真理」


「どうやって? また家族に頼るの? 『お金を出してよおじいちゃん!! そしたらいっぱい人を雇って、ようやく女の子を一人やっつけられるんだ!』」


「俺が一声かければ何百って人間が集まるんだよ」


「へえ。その割に、この前うちを襲ったときはそこまでじゃなかったよね」


「お前ごときに、そんなに人数いらないんだよ」


「あっそう。でも、うちに来たのは未成年ばっかりだったよね」


「だからなんだよ?」


「まともな大人はあんたに協力してないってことよ。あんたに賛同するのは子供ばっかり。 あんたさ。家では誰にも相手にされてないんじゃないの?」


「あ?」


「自分が家で浮いてて、誰にも相手をしてもらえないからって、それで腹いせに他人を傷つけて、憂さを晴らして。それで楽しいの? 生きてるの辛くならない?」


「黙れ」


「本気で聞いてるんだけどな……」


「殺してやるよ」


「それがあんたの最後の言葉になるけどいい?」


「死ね」


「子供か」


「黙れ」


「じゃあまたね」


 私はバットを持ち上げる。


「……やめろ」


 ゆっくりと構える。


「やめろ! やめろって言ってるだろ!!」


「さようなら」


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