第49話 推しの話 1
「と、いうわけで優太君と付き合うことになりました」
ファミレスの4人がけのソファー席で梨花ちゃんに報告する。
「お~! おめでと~真理ちゃん!」
梨花ちゃんがパチパチパチと拍手をしてくれる。
ああ。
そんなんじゃないんだよ。梨花ちゃん。
私はおおきくため息をついて、
「私はまたこうやって、欲望に忠実に堕落していくんだ……」
「真理ちゃん……恋愛感情は欲望じゃないよ」
「欲望だよ。私はまた自分の気持ちいい方に行こうとしてる」
前の記憶でも……わかりづらいので1回目としよう。
1回目の時も、私は気持ちいい方に従った。
優太君を失いたくないから、数字のカウントを減らしたくないから、もしバレても優太君はきっと何でも許してくれるはずだからと、ありとあらゆる言い訳をして、自分自身を堕落させた。
その結果、待っていたのは大切な人の死だった。
私が殺したのだ。
言い訳なんて出来ない。
1回目の時、私は優太君に対して。今ほど強烈に『好き』という感情は持ち合わせていなかった。
優太君は、私にとって、あって当然。いて当然の空気と同じものだった。
なくなって初めて空気の大切さを知ったのだ。
相手が死んでからでしか気づけないなんて、ほんと、救えないヤツだ。
いまのこの優太君を『好き』という強い感情も、贖罪の気持ちから来ているものかもしれない。
だとしたら、優太君を喜ばせるという名目で私の『好き』を満足させてしまったら。
『私はちゃんと贖罪できてる! 反省できてる!』という気持ちでスッキリしてしまうかもしれない。
違う。
それじゃ駄目なんだ。
私は、もっともっと苦しむべきなのだ。
「別れる」
「え?」
「やっぱり優太君と別れる」
「ちょっと真理ちゃん。何言いだしてるの?」
「もうやだ。どうしていいかわかんない」
「大丈夫。真理ちゃんはこのままで大丈夫だよ」
梨花ちゃんが隣に来て、頭をナデナデしてくれた。
優しい。
「でもケジメはつけないと駄目だよ」
私は言った。
「でも、それは未来での話でしょ? 今の桜田優太さんには関係ないよ。別れたら彼が可哀想だよ」
「私なんかと付き合う方が可哀そうだよ」
「そんな事ないよ。真理ちゃんと付き合えて、桜田優太さんは幸せだよ」
「別れる」
「もう。頑固だなぁ」
「別れる」
絶対別れるんだから。
「優太君。話があるんだ」
私はその日のうちに、優太君を呼び出した。
「どうしたの? 真理?」
ああ。素敵な微笑み。
私の胸の奥が鷲掴みにされる。
私は深呼吸を繰り返し、
「ええとね……私達、付き合ってるよね?」
「うん。それでね。今度二人でどっかにいかない?」
え。行きたい。
「海とかどうかな。電車を乗り継いで、二人で海を見に行かない?」
「……いく」
駄目だろ。
行っちゃ駄目だろ。今から別れ話するのに。
「予定表を作ってみたんだけど」
「予定表?」
手作りの冊子。
めくってみると、優太君が時間をかけて作ったのがわかった。
もう好き。
無理だよ。こんなの。別れ話なんて出来ないよ。
「それで、真理の話ってなに?」
「……忘れちゃった」
―
優太君と海か。夢みたいだな。
優太君から貰った冊子を眺めながら帰宅途中に、その子は現れた。
「おーい!」
夕立あさひちゃんがこっちに向かって手をふっている。
私は振り向く。でも優太君はいない。
なら、彼女はいったい誰に……。
「お姉さまっ!!」
「うわっ!」
「お姉さま。今帰りですか? 一緒に帰りませんか?」
「え? え?」
誰? あさひちゃんだよね? お姉さまって誰?
私が困惑していると、あさひちゃんは勝手に喋りだした。
「私。実は起きてたんです。この前、ロッジに泊った時に、お姉さまが私を守って獣と戦っている所を」
あの時か。
でも、あさひちゃんは睡眠薬でぐっすりだったのでは?
もしかして、部屋まで引きずった時に結構あちこちにゴツンゴツンぶつかってたから、それで起きたとかかな?
「新幹線でのやり取りも、腑に落ちました。お姉さまは、私を危険から遠ざけるためにあんなことを言ってくださったんですよね?」
「まあ、ね」
「お姉さまは、私の守護天使だったんですね」
「いや。違うけど……」
「私、やっとわかったんです。私は、お姉さまと出会うために、優太さんと出会ったのだと」
「……」
「お姉さま。その冊子はなんですか? 海? あ、私も行きたいです!」
「いや。これは私と優太君で……」
あ、余計なこと言ったな。私。
「じゃあ今度は二人で行きましょうよ。お姉さま」
「え。いいの?」
「優太さんの事はもういいんです。お姉さまに会えたから」
なんか……変な事になって来たな。
本来の歴史がどんどん変わってきてしまっている。
ー
「待たせたわね」
私は卯月さんに電話で呼び出されていた。
「卯月さん。用って何ですか?」
「凄い紙袋の量……なに買ったの?」
「水着です」
優太君と一緒に買いに行ったのでは、自分を喜ばせてしまうので、優太君の気に入りそうな水着を5種類ほど買ってきたのだ。
どれがいいか、現地で優太君に決めて貰うつもりだ。
「まあなんでもいいけど……用ってのは、梨花の説得よ」
「梨花ちゃんの?」
「私としては、今後、あの子にアイドルして貰おうと思ってる」
「アイドル?」
「あの子、ちょっと暗いところがあるけど、人を惹き付ける何かは持ってんのよね。演技が下手くそなのに、役者として使って貰えるのはそこが理由」
私は頷く。
正直、彼女の演技は見てられない。素は可愛いのに。
「だからアイドル。可愛くて人を惹き付ける梨花にぴったりなのよね」
「歌はどうですか?」
「歌?」
「梨花ちゃんの歌は、人を感動させますよ」
私は1回目の時に、梨花ちゃんが歌で人気が出たことを知っている。
「そんな話。聞いたことないわよ」
「歌って貰ってください。ええと、この曲と、この曲あたりがいいかな……似てるので」
そう言って、有名になったあの曲と似ている曲を探してスマホで卯月さんに見せる。
「似てるって?」
「いえなんでも。とにかく歌って貰ってください。そしたら何かわかると思うので
それから数ヶ月後、天満梨花を中心としたアイドルグループ「シシリリカ」が誕生する。
瞬く間に人気が出て、梨花ちゃんは時の人となるのだが、それはまた別の話。
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