第48話 キャンプ編 part.3



 しかし、私の突き上げたバットは、


 バシッ!


と、手で簡単に止められてしまった。


「いってえなあ。まあ、女の力じゃこの程度だろうなぁ。残念だったな。木下真理」


「離しなさい。離しなさいよ!」


「じゃあ離してやるよ」


 そう言って彼は、私をバットごと突き飛ばした。


 一度転んだが、そのままの勢いで立ち上がる。


 私は、すぐにバットを拾い、ゴン! ゴン! ゴン! と、私は床を叩いた。


 これが合図。これが合図だ。


「てめぇ。床が傷つくだろうが!!」


「うわーっ!!」


 私は思い切り声を上げる。


 聞こえないように。


「無駄だ。いくら叫ぼうと全員朝までぐっすりだからな!!」


「うわ、うわーっ! うわーっ!」


「てめぇ、うるせえんだよ!」


 一橋達也は、私の頭を掴んで押さえつけようとする


「やめて!」


 負けられない。私は声を出し続ける。


「ばか! ばか! ばーか、ばーか! ばーか!」


 半分パニックで、何も思いつかない。


 とにかく声を上げる。


「なんだお前! ついに頭おかしくなったのか! ひゃはははっ!! おもしれぇ! おもしれぇよお前っ!!」


「コイツ。マジで頭おかしいわね」


「ですよね……卯月さん」


「は?」


 一橋達也がくるりと後ろを振り向くのと、隠れていた卯月さんが、手刀で一橋達也を一撃で眠らせるのはほぼ同時だった。


 すごい。


 さすが元ヤン。


「あそこまでワーワー言わなくても、ちゃんと近づけたわよ」


「ですか。でもありがとうございます。助かりました」


「それより済ませるわよ。やるんでしょ?」


「はい。もちろん」


 私と卯月さんは、気を失った一橋達也を大広間に運んだ。


 逆に大広間で眠りこけている全員を、それぞれの部屋に運ぶ。



  一橋達也が言うには、このロッジの管理人のおじいさんは、夜になると家に帰るそうだ。


 だからここには今、私を含めた高校生7人と、卯月さんしかいない。


 そしてそのうち1人は手刀で気絶。他の5人は眠り薬を盛られて朝までぐっすりだ。


 私は着替える。


 ハサミでズタズタにしておいたパジャマに。


 卯月さんには隠れてもらい、スマホカメラを録画状態にして下に落とす。


「やめて……やめてよ……」


 私は演技を始めた。


 スマホカメラは天井を映しているから、私は映っていない。


 ビリビリとパジャマが破ける音。ハサミで切っておいたからとても破けやすい。

 

「やめて! 酷い事しないで! 一橋くんっ! 一橋君っ!?」


 自分で自分の口を塞い、


「~っ!? もごっ! やめっ……!?」


 金属バットを用意して、私は立たせておいた一橋達也に近づく。


「ぷはっ! やめて! いう事聞くから。何でもするからやめてください! やだっ! やだっ! やめてよっ!」


 立たせておいた一橋達也を、思い切り床にたたきつける。

 

 バタン! 一橋達也が倒れる音にあわせて、


「痛いっ! やめてっ!」


 いま、私の目には、トロフィーが映っている。


 一橋達也のお父さんが一番大事にしているという、ゴルフのハワイ大会の優勝トロフィー。


 少し、場所をずらしただけでも激怒するという。


「やだやだやだ! やめて! やめて!」


 私はまず手始めに、彼の父親が、ハワイのゴルフ大会で優勝して笑顔で写っている写真を、原形が無くなるまでバットで粉砕した。


「いやぁ! 許してっ!」


 シカの剥製(はくせい)は、大きな角が二本とも外れて床に落ちた。


「こないでっ!」


 額に入ったゴッホの『ひまわり』


 さすがに偽物だと思うけど、もう確かめようがない。だって原形が残っていないもの。


 他にもたくさん絵画が並んでいたので、余すところなく、梨花ちゃんのバットの威力を振るってもらった。


 それからトロフィー破壊、トロフィー破壊。トロフィー破壊。トロフィー破壊。


 近くにあった宝石のようなものを、入れ物ごと粉砕した。


 でも、さすが宝石。ほとんど割れない。


 ダイヤモンドなんてまったく傷がついていない。


 すごいな。さすがダイヤモンド。


 どっかに吹き飛んでいったけど。


「お願い。来ないで! ……いやぁ!!」


 最後に残ったのは、彼の父親が、ハワイで優勝した時のトロフィーだ。


 子供の問題は親の責任。そう……連帯責任だ!


 私は、優勝トロフィーに上段からバットを叩きつけた。


 1回、2回、3回、4回、5回。もうこれぐらいでいいか。


 トロフィーは、半分ぐらいの大きさになった。


 そのトロフィーに、親父さんが大事にしていると言っていた、1本数千万円のロマネ・コンティを、ドボドボとこぼれても入れ続けた。


 思ったより穴が空いていたみたいで、カップの中に、ワインは殆ど残らなかった。


 最後に、私は「助けて……助けて……」と言いながら、地面を這って、スマホを見つけて拾う演技をした。


 録画状態のスマホには、パジャマをビリビリに破かれた、目薬で顔がぐちゃぐちゃになっている可哀そうな女の子が映っているだろう。


 私は、録画停止ボタンを押して、それから立ち上がった。


「今年のアカデミー賞はあんたで決まりね」


 卯月さんが言った。



 


 朝になる前に、一橋達也を縛った上で起こして動画を見せた。


「どうする? これを真子に見せるのと、グチャグチャになった広間を一人で泣きながら直すのとどっちがいい?」


 彼は泣きながら直す方を選んだ。


 実際は、私を穴が開くほど睨みつけながらの作業だったけど。


「私に何かあったら、この動画が真子に転送されるようになってるからね」


「この……クソ女が……」


「そんな事言っていいのかな? 真子。この動画見たら、悲しみのあまり、お父さんに言っちゃうんだろうな。警視総監なんだっけ? 知らんけど」


「……覚えてろよ」


「えー。もう忘れたんだけどw」





 私はその後、一橋達也に「真子に動画を見せられたくなかったら、私と、優太君と、あさひちゃんに手を出すな」という条件で約束をさせた。


 警察に行くことも考えたが、両親が大騒ぎすると思ってやめた。



 それからしばらくの間は、平穏な日々が続いた。



 






 ☆手のひらの数字が0になるまで:残り561日


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