第28話 動物園パニック part.3(2022/1/20改稿済)
後ろを振り向いたとき、立っていたのは一橋達也だった。
隣には背の低い同年代の女子。
彼女も見覚えがある。
夕立あさひ。
同じ高校の2年生だ。
どうして彼女が?
「おーい。聞いてますかー? 優太くーん」
「……」
「あれ? もしかしてあの事をまだ気にしてる? 相変わらずちっせえヤツだなあ。あんまり気にすんなよ。生きてりゃあれぐらいの事はあるって」
「……」
「おいあさひ。お前からも何か言ってやれよ」
「お久しぶりです優太さん。お元気でしたか?」
「真理は……なんで一緒じゃないの?」
僕は、ようやく声を出せた。
「は? それがお前に何か関係あるのか?」
「どうして夕立さんと一緒なの? 真理は?」
「それもお前に関係あるんですかー? っていうか優太。お前、1組の天使ちゃんと付き合いだしたって噂。本当だったんだな。お前、スペック低い癖に可愛い子つかまえるよな。コツを教えろよ」
「付き合ってない」
「あ、やっぱり(笑)ごめん。変な事聞いちゃったな。それじゃ天使ちゃん。俺たちと回ろうぜ。こんな雑魚野郎は放っておいてさ」
真央に話しかける一橋。
僕は2人の間に遮るように立って、
「悪いけど、真央は僕と来てるから」
手汗が酷い。
心臓の音が早い。
「はあ? それ何アピール? マジうざいんですけど(笑)付き合ってないんならフニャチン野郎は黙ってろよ。天使ちゃんが俺たちと行くかどうかお前に決定権はないだろ」
「この人、さっきもボクに話しかけて来た……」
僕の背中で、真央が怯えたように言った。
「ほら、どけよ。邪魔になってんぞ童貞君」
手を伸ばしてくる一橋の手を、僕は掴んだ。
「え? 何? 暴力振るうの? こわーい」
「真央が怖がってる。近づかないでくれ」
「はあ? またお前そうやって彼氏面すんの? ダサいからやめた方がいいぞ。っつか早く手ぇ離せよ!」
一橋は、乱暴に僕の手を振りほどいた。
よろけなかったのは、熱海君から教えてもらったトレーニングの成果かもしれない。
「彼氏だよ」
と、僕は言った。
「実は付き合ってるんだ。彼氏ならいいんだろ? だから早くどっかに行ってくれ」
「え? 急に嘘つきだしたよこの人。何かあったの? 童貞君にしか見えない神様がいるの?」
「真央、僕たち付き合ってるよね?」
そう言って、真央にアイコンタクトを送る。
通じるだろうか。
「うん。付き合ってるよ」
にっこり笑みを浮かべる真央。
「はあ? 何言ってんの天使ちゃん。脅されてんのか? 俺が守ってやるぞ」
「い、いいです! ボクは優太君に守ってもらうので……」
真央は、声が徐々に小さくなっていく。
「こんな奴が何を守れるんだよ。自分の女を寝取られた奴だぜ」
「寝取られた?」
「それはあとで説明するから」
僕は興味を持った真央を後ろに下がらせる。
「チッ。おい、行くぞ、いさひ」
急に一橋が舌打ちをして足早に歩き出した。
「待ちなさい! 一橋達也!」
声に振り向くと、葵さんだ。
「うるせえ! フルネームで呼ぶんじゃねえよ!」
走り出す一橋と夕立さんを、葵さんが追いかけてカフェテリアを出ていった。
呆然として見ていると、急に襟首を掴まれて強く引っぱられた。
「え……?」
引っ張っているのは槍川さんだ。
「真央。悪いけど、私も本気だから」
彼女はそう言うと、僕の唇に自分の唇をあわせた。
「え? 芽衣子?」
驚いた真央の声。
僕も驚いている。
ゆっくりと……唇が離れた。
「おい! 今のどういうことだよ!」
熱海君の声が近づいてきて、僕の襟首を掴んだ。
僕はガクガクと揺さぶられる。
「待って。誤解だから。真央とは何ともないんだって」
「は?」
「あれ? もしかして、キスの方? だったらそれも誤解で……」
「ち、違う。真央姫とお前、付き合っていないって言ってたよな?」
「……」
「桜田?」
いや、やり取りおかしいよね。
最初「真央とは何ともない」に対して彼は「は?」と答えた。
なのに後から「真央姫とお前、付き合っていないって言ってたよな?」
あきらかにおかしい。矛盾しかない。
僕はもしかして、とんでもない勘違いをしていたかもしれない。
「何この雰囲気」
葵さんが戻って来た。
「ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった。真央の事みてくれてありがとう」
「何かあったんですか?」
「女子トイレに一橋達也が入ってきたの。捕まえたかったけど逃げられたわ。でも、動画を撮ったから何かに使えるでしょ」
「そうでしたか」
あいつ。
完全に犯罪者だな、
でも、だから真央を1人にしてたのか。
それがわかって良かった。
「……みんなに話しておきたいことがあるんだ」
僕はそう言って、ここにいる全員に、真理との話をした。
名前は出さなかったけど、天満さんの話もした。
それが最善だと思ったから。
「あいつは僕を目の敵にしてるみたいなんだ。だから、巻き込んでゴメン」
僕は頭を深く下げ、それから、
「それと僕は、僕を助けてくれた人に相応しい人間になるって決めたんだ。だから誰かと付き合ったりは出来ない。もしも付き合いたいと思ってくれる人がいたのならだけど……」
この僕がこんな事を言う日が来るとは思っていなかった。
誰かと付き合う事は出来ない、だとか。
まるでモテている人のようじゃないか。
「その人の事が好きなの?」
真央が言った。
「好きだよ。でも、それは恋愛感情の好きとはちょっと違うんだ」
「どう違うの?」
「尊敬かな。一番近いのは」
「詭弁ね」
槍川さんが言う。
「そうかもしれない。でも、これが恋心かと言われたら違うと思うんだ」
「じゃあ私にもまだチャンスはあるってこと?」
「いや……だから……そう言う話じゃないってば」
それからは、カフェテリアでお昼を食べて、5人で動物園を回った。
ホッキョクグマの餌やりも見たし、レッサーパンダが二本足で立ち上がるところも見れた。
まずまず楽しい一日だったんじゃないかと思う。
葵さん以外の全員が、僕に遠慮して微妙な空気だった事以外は。
帰り道、僕は真央に話しかける。
「昼間。なんて言おうとしてたの? 何かを言いかけてたよね?」
彼女は頬を赤く染めながら、
「あ、あのね。熱海君に、熱海君と一緒に回れば優太君の気を引けるかもって言われたんだ。家に送ってくれるのもそう。でもね、やっぱりボクは……気を引けなくても優太君と一緒がいい。だから、午後は一緒に回ろうって、それを言おうと思ったんだよ」
「そっか」
「変な事してゴメンね」
「いや、嬉しいよ」
「うん……」
顔を伏せる真央の背中に、僕は手のひらを乗せた。
こんなにも自分を大切に想ってくれている人がいる。
「ありがとう」
僕は心を込めて真央に言った。
「うん」
「あと、一つ聞いておきたいんだけど、今日、熱海君ってずっと一緒だった?」
「え? ううん。時々いなくなってたよ」
「ライオンを見てた時は?」
「それが、見たいって言ってたのにいなくなってたんだよね」
「そっか」
ライオン舎とホッキョクグマ舎は割と近い。
昼間、僕が真理とのことを話していた時、熱海君は一人だけ表情が違っていた。
だからきっとそういう事なんだろう。
人は、人と関わるだけで人を傷つける。
勘違いだったり、すれ違いだったりする場合もある。
話し合いをすればするほど拗れてしまう事もある。
でも、それでも避けてはいけない時がある。
それが今なんだと思う、
それにこのままだと、槍川さんと真央の仲直りの機会は一生失われるだろうから。
―
「槍川さん、お待たせ」
真央と葵さんを家に送り届けたあと、僕は槍川さんと合流した。
熱海君ももういないはずだ。
「それで? 話ってなんなの?」
「槍川さんが行きたがってた場所に行こうかと思って」
「どこ?」
「ラブホテル」
『丸山大学のやつ。アカウント削除して逃亡したってホント? #転まり』
『退学になるんじゃないか #転まり』
『まだ当選者には連絡してないって。公式の発表だから間違いない #転まり』
『おい! 当選者発表になったぞ!! #転まり』
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