第26話 動物園パニック part.1(2022/1/20改稿済)



 誕生日は、毎年僕と真理と両親の4人で祝って貰っていた。


 楽しくお喋りして、プレゼントを貰う。


 当たり前にあった日常だけど、今はもう遠い過去だ。


「今年はホールケーキ2つあるわよ」


 誕生日の前日、母がそう言った。


「なんで?」


 僕が聞くと、


「知らないわ。ケーキ屋さんがケーキを届けてくれたの」


「ケーキ屋さんが?」


「知り合いじゃないの? 優太のこと知ってる風だったわよ。もう彼女は出来たのか? とかなんとか聞いてきたし」


「僕の事を知ってた?」


 ケーキ屋に知り合いなんていない。


 でも、もしかしてら、正治さんかもしれない。


 正治さんなら『彼女がいない兄弟にケーキをプレゼントしてやるよ』とかやってもおかしくない。


「ちなみに何て答えたの?」


 僕が質問する。


「何がよ?」


「彼女が出来たのかって質問」


「あんた真理ちゃんと別れたんでしょ? 当然、いないって答えたわよ」


「そっか」


 ただ、僕は正治さんどころか、葵さんや真央にも誕生日を伝えていない。

 

「……誰なんだろ」


 





 動物園に向かうために電車に乗ると、また知らない人からIMが届いた。



【きのりん:晴れたね! 今日は会えるかな☆】



 僕は気にせずスマホをポケットにしまった。



 少し早く着いたので、動物園の前のベンチで休んでいると、前から葵さん達がやって来た。


 熱海君の姿も見える。


 ……何で一緒にいるんだろ。



「桜田君。待たせたわね」


 葵さんが僕を見つけて隣に座った。


「いえ。そんなに待ってないですよ」


「真央と何かあった?」


「いや、とくには……真央が何か言ってましたか?」


「なら、私の気のせいかも知れないわね」


 そう言って立ち上がる。


「気のせい?」


「とにかく行きましょ。もうすぐ開園時間よ」


「あ、はい」


 チケットを窓口で購入して、入り口の列に並ぶ。


 結構盛況なようで、結構な人数がすでに並んでいる。


「凄い人だね。優太君」


 真央が隣に来た。


 ちょっとホッとしてしてしまう自分がいる。


「そうだね。真央は何が見たいの?」


「ホッキョクグマ。10時から餌やりがあるんだよ」


「クマって何を食べるの?」


「生肉だよ。Dtubeで見たんだけど、ここのホッキョクグマは水に入って大暴れするんだ」


「へえ。見たいね」


「見れると言いなー。あ、開いたね! 行こうよ!」


 はしゃぐ真央の後ろを着いていく。


 すると隣に熱海君が来て、


「なあ桜田。俺、真央姫と2人で回ってもいいよな?」


「僕じゃなくて葵さんに聞いてよ。でも、真央が嫌がることは絶対にしちゃだめだよ」


「なんかお前、保護者みたいだな」


「そう……かな」


 保護者なんだろうか。


 熱海君は、真央の隣に行って熱心に話しかけている。


 凄い行動力だ。


 今度は真央が葵さんに話しかけて、葵さんは首を横に振った。


 2人では行かせられないよって意味なんだと思う。


「今、ホッとしたでしょ?」


 槍川さんが、僕のすぐ横でそう言った。


「槍川さんも来てたんだね」


「さっきからいたでしょ?」


「気付かなくてごめん」


「最近の桜田君。明らかに私に対する風当たりが強いわよね。もっと強くしてもいいのよ」


「ちょっと何言ってるかわからない」


「ねえ、私たちはこっちを回りましょ」


 僕の手を引いていこうとするので、


「いや。みんなで回ろうよ」


「5人で? 私達、小学生じゃないのよ」


「それなら槍川さんは一人で回ってくれば良いだろ」


「あ。お腹痛い……ちょっとそこのトイレ行ってくるわね。待っててね」


「……」



 みると、葵さん達は僕たちに気付かずにとっとと先に進んでいる。


 待つしかないか。


【桜田優太:葵さん、すみません。槍川さんがお腹壊したみたいなので、先に行ってて貰えますか?】


【一橋 葵:わかったわ。後で合流しましょ】


 連絡を終えて、僕はスマホをポケットにしまう。


 20分後経過した。


 まだだろうか。いくら何でも遅すぎる。


 さらに10分。


「あーすっきりしたわ」


 爽やかな顔の槍川さんが、女子トイレから現れた。


 ようやくだ。


 僕の顔を見ると、


「他のみんなはどこにいったの?」


「もうとっくにいないよ」


「ちょうど良かったわ。二人で回りましょ?」


「わざとやった?」


「そんなわけないでしょ? そうだ。私、行きたいところあるのよね」


「待って。真央が来そうな所知ってるから」


 あと30分ほどで10時だ。


 ホッキョクグマの餌やりがあるはずなので、真央達はきっとそこにくる。


「こっち」


 僕が言うと、槍川さんはつまらなそうな顔で、後ろをついてきた。


 仕方ない。


「槍川さんの行きたいところには、後で行ってあげるから」


「本当?」


 ぱあっと、槍川さんの表情が明るくなった。


「うん」


「嬉しい」


「ちなみにどこに行きたいの?」


「ラブホテル」


「いいかげんにしないと怒るよ」


「それで? 真央が来る所ってどこ?」


「ホッキョクグマだよ」


 僕たちが到着すると、ちょうどホッキョクグマが大暴れをしているところだった。


 プラスチックのオモチャを自分で水に投げて、そのオモチャに本気で襲いかかっている。


 なんだか微笑ましい。


 万が一真央が見れなかった時のために、スマホで動画を撮っておこう。


「凄い。動物園の動物ってもっとおとなしいイメージだったわ」


 槍川さんも興味を持ってくれたようだ。


「めちゃくちゃ暴れてるよね」


「あの爪で滅多打ちにされたら、生きてる事を実感できそう。桜田君もそう思うでしょ?」


「思わないよ」


 僕が言うと、槍川さんが妙に体を寄せて来た。


「どうしたの?」


「なんか怖くなって来ちゃった。やっぱりホッキョクグマもクマよね」


 ホッキョクグマは、遊ぶのに飽きてゴロゴロしている。


「僕は、槍川さんの方が怖いよ」


「か弱い女の子に向かっていう言葉じゃないわね」


「いいから離れて」


 彼女の顔をグイって押して、彼女から離れた。


 やれやれ。


 ホッキョクグマがこっちに近づいてきたので、僕は動画の撮影を再び開始した。


 すごい迫力だな。


 スマホ越しのホッキョクグマを堪能していると、目の前にスケッチブックが現れた。


『ホッキョクグマの肌の色は黒』


 スケッチブックには、それだけが書かれていた。


 へぇ、そうなんだ。


 ホッキョクグマの肌って黒なんだ。


 感心しながら顔を上げると、コートを着た同年代の女の子がこちらを見ていた。


 長い前髪と、マスクで顔がよく見えない。


 コートの中からは、見覚えのあるメイド服が少しだけ見えていた。


 ええと。たしか……、


「真下さん?」


 こくりと彼女は頷いて、何かを手渡してきた。


 よほど僕に触れるのが嫌なのか、30センチほど上から僕の手の上に落としてきた。


 ピンバッチだ。


 しかもこれ、ピーコックスパイダーだ。


 求愛行動をするときに、クジャクが羽を広げるようなパフォーマンスをする変わった蜘蛛だ。


 でもどうして動物園に真下さんが?


 僕が顔を上げると、既に彼女は姿を消していた。





『今日発表だよな #転まり』

『当選したってヤツが呟いてるぞ #転まり』

『当選者は丸山大学の生徒 #転まり』

『当選のお知らせをアップしてるから本物っぽい #転まり』



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