男子、数分会わざれば刮目して見よ

 「どういうこと?ママ?」


 子フェンリルは、話を聞いてしまったようです。


 「ママは僕を捨てるの?捨てないでよ!パパもママも居なくなったら、生きていけないよ」


 母親は、自分の子供を抱きしめ耳元で何度も違うのよ愛していると言い抱き締めました。


 しばらく抱き合い、息子はワガママ言ってごめんねと呟き、二人で泣き最後の母と子の対話をします。


 母親は息子を離し、僕の元に優しく押しやります。


 「うちの子をお願いします」


 僕は、泣きそうになってしまいますが、二人が覚悟を決め涙を拭いたのに決意が揺らがないよう強く拳を握り耐えます。


 そして最後まで母親としてあろうとする姿に敬意を払います。


 「ママ行ってらっしゃい」

 「行ってきます」


 母親は、息子と最後の別れを告げ一度も振り返らず洞窟から出ていきした。

 その背中を見て息子はポツリの呟きました。


 「ママはもう、死んじゃうんだよね」


 僕は下を向くと、子フェンリルが涙を我慢出来なくなりポロポロと、泣き出してしまいました。


 「ママが行きたく無くならないように我慢したの。最後まで弱虫だったら安心して行けないから。ちゃんと我慢できてたかな」

 「すごくかっこよかったよ。偉かったね」


 僕は、抱きしめ涙を見せないよう上を向き何とか堪えようとします。


 「そろそろ行こうか」


 親子の別れの後、しばらくして僕達は洞窟を出て山を降り始めます。

 降りる反対側からは、戦闘音が鳴り響いています。

 僕達は振り向かず、真っ直ぐ僕の家へ向かっていました。

 僕が少し前を歩き先導しながら歩いていると、子フェンリルが何かにぶつかってしまいます。


 「大丈夫?」


 子フェンリルの元まで戻り、心配して頭を撫でてあげます。

 頭を撫でられながら子フェンリルは、不思議そうに周りを見渡しました。


 「ちょっと痛かったけど大丈夫」

 「じゃあ行こうか」


 僕達は再度出発しようとしましたが、また何も無い場所で頭をぶつけてしまいます。


 「もしかして」


 目に魔力を集中させ、ぶつかっていた場所を見てみます。


 「くっそ!また結界か!」


 前世の僕を死に追いやった結界に、こんな時に出会ってしまうとは。最悪です。


 「頭をぶつけたとこの辺りに壁みたいなのがあるんじゃないか?」


 子フェンリルはぺたぺたと触り、確認していきます。

 そして結界に手を置き教えてくれました。


 「ここにあるよ」

 「その壁に全力で攻撃して壊してくれないか?」


 結界は対象を絞ることで、強い力を発揮します。

 僕が何も感じずに通れるということは、フェンリルのみ通れなくするだとか、何らかの制約で強く貼られたものです。

 生半端な攻撃では、ビクともしないはずです。

 

 「やってみる」


 子フェンリルは爪を使ったり、炎で攻撃してもびくりともしませんでした。


 「無理みたい」

 「最悪だ!本当に最悪だ」


 このままではどうやっても結界を解くことができません。

 現在の僕に、神獣レベルの相手をするのはギリギリです。

 それに加えてフェンリルの家族まで。

 浄化することは出来ても、まだまだ沢山いるモンスター達と同時に相手をできるわけがない。

 最悪引き取ったこの子まで、敵に操られてしまいます。


 どうやっても助かる方法が見つからず、ストレスで頭をボリボリと爪を立ててむしります。

 頭皮からは、いつの間にか血が出ていました。


 「どうしたの?」


 子フェンリルは、結界の内側から心配して声をかけてくれました。

 その顔を見て僕は、この子のお母さんとの約束を思い出しました。


 「絶対に助けてやるからな!」


 この危機を脱するためには、いくつかの条件があります。


 現状では詳しく分かりませんが敵の力は、傷を負わせそこから邪の魔力を注入し、精神を汚染洗脳するというものです。

 ですので僕は、子フェンリルをモンスターの攻撃から守りながら戦わないといけません。


 次に、この集まっているモンスター達をほぼすべて討伐しないといけません。

 数体ならば街に降りても、自衛隊や冒険者が対応できるかもしれません。

 ですが、未だに全貌ぜんぼうが見えないモンスター達が先程のように列をなし、または同時に街まで襲って来たら壊滅してしまうでしょう。

 その為、群れをなすモンスター達を全部討伐しないといけないのです。


 そして最後に、モンスター達を操っている主犯格を倒すか結界が無くなるのを待つかです。

 フェンリルのみの為結界を貼る相手です。

 この子を捕まえるまで、結界が無くなることは無いでしょう。

 ですので主犯格を倒す事は絶対です。


 主犯格は恐らく、いえ確実に僕より強いです。

 今の僕は調子が良くて前世の十分の一。十パー程度。通常時では二十分の一。五パー程度しか出せません。


 そんな状態の僕に、神獣レベルを洗脳しこの結界を貼る事ができる相手に、太刀打ちできる訳ありません。

 ですが今は、母フェンリルと子フェンリルがいます。

 それならば、ギリギリ戦える可能性がゼロでは無いかもしれません。


 「実はなこの結界のせいで、君を逃がすことが出来なくなったんだ」


 子フェンリルは、驚いて顔を見つめてきます。

 ですが僕はそのまま真っ直ぐ顔を合わせ、覚悟があるか聞き出します。


 「助かるには、お前のお父さんを操った相手を倒すか、居なくなるまで隠れるしかない。もし戦うならばボロボロになったお母さんとお父さんに会い、死を見ることになるかもしれない。それかどこかに隠れて、居なくなるのを待つか。どちらか一つだ。どちらであっても僕は君を守る為に戦う。選ぶのは君だ!」


 子フェンリルは一瞬も考える様子をせず、即答しました。


 「一緒に戦う!このまま逃げてもダサいままだ!だったらせめて、かっこいい姿を見せたい!」


 覚悟の決まった目を見て、少し前までは弱気な小さな子だと思っていたが、元々両親に立派に育てられた子だったのだと理解しました。


 僕は、子フェンリルの頭をわしゃわしゃ荒っぽく撫でてやり、喝を入れます。


 「よく言った!最高にかっこい所を見せに行くぞ!」

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