転生特典は「愛情」と「美食」でおねがいします
「勇者先生。長い間お疲れ様でした」
俺は真っ白く広々とした何も無い世界で、一人の女性と向かい合っていた。
その女性は色白の肌にロングで薄いピンク色の髪で、大人になったばかりのような少し幼げの残った容姿をしている。
そしていたずらっ子のような笑顔を浮かべ女神だと告げてきた。
「なるほど。ここは死後の世界って事か。なあ女神様、魔王は一緒に死んだのか?」
女神様は一瞬残念そうな表情を浮かべていたが、すぐ元の神々しく戻り褒め称えてくる。
「いえ。殺す事は出来ませんでした。ですがかなり弱ったようで、体を分裂させて作った分身をいくつかの世界に飛ばし、力を蓄えるための眠りにつきました。急激に力をつけない限り、早くてもあと千年くらいは眠っていると思います。さすが世界最強は伊達ではありませんね」
魔王の行く末を聞くと、命をかけ戦ったのに倒せなかった事を知り心の底から悔しかった。
あの世界には残した恩人が数人居る。その人達と勝利美酒を交わせなかった。
そして女神様に力を託され、責務を全う出来なかった事が悔しくて仕方がない。
「すまなかったな。力を貰っておいて魔王を倒せなかった」
女神様に向かって土下座をした。この土下座には何も意味は無い。取り返しが着く事ではないのだから。ただの自己満足だ。
だがそれでも謝らせて欲しかった。
自分の謝罪の気持ちを表す方法が思いつかないから。
「何、を、言っ、ている、のです、か」
おかしな話し方で顔を上げると、女神様は口元に手を置きプルプルと体を震わせ、途切れ途切れの言葉を発している。
そして何とか
「自惚れるのもいい加減にしてよ!誰もあんたに力をやってないっつーの!イタタタお腹痛いwwww」
奇怪な行動に理解が追いつかず、俺は脳内にハテナマークを大量生産し、見ている事しか出来ない。
女神様はかなり長めの深呼吸をし、精神を落ち着かせる為にパチパチと顔を叩き、軽く上に引き上げるようにマッサージをした。
「あなたは勇者ではありませんよ。私達は力を与えていません。我々の力を借りず、自分自身で最強になったのです。なので何も謝る事ありませんよ。勇者先生」
「そうだったのか」
周りにもてはやされ、自分で責任を感じ勝手に勇者をやっていたのか。
俺はバカだったらしい。大バカ野郎だ。
「あのー勇者センセー。聞いてますか?」
女神様は顔の前で手を振り、俺のほっぺたをつつき顔を少しずつ近くに寄せてくる。
ぼーっとしており、今にもキスされそうな距離まで来た所でやっと気付き、ウザ絡みする女神様を押し返した。
「女神様その呼び方辞めてくれよ」
今の心境から、一番言われたくない呼び名を的確に使われ、少しだけイラついた。
「いやいや傑作でしたね。生まれてすぐ無能の烙印を押され、捨てられて家族の愛を知らない最強一人ぼっちのあなたが、唯一心を許し娘のように愛したで弟子に裏切られて死ぬとは」
細かく解説しやがって。
マジこいつうぜえ…ぶっ飛ばしてぇぇ!
「あいつにもなにか事情があったんだ。気にしない」
「それはどうでしょうか?それよりも不幸なあなたに朗報です。これだけ働いたのに、何も無いのは悲しいでしょう。ですので特典も付けて、記憶を持ったまま転生する機会をプレゼントしたいと思います。パチパチパチ!」
子供のように手を叩き実際にパチパチと言う女神様は、好きなように転生させてやろうと提案をしてきた。本当に出来るのか疑わしいが、もし出来るのならと願い一つ質問させてもらった。
「何でも良いのか?」
「何でも、とは言えませんが私の力で出来るだけの願いは叶えたいと思っています」
それなら大丈夫だろう。
ずっと昔から欲しかった、たった一つの願いはありふれたものだから。
「じゃあ神の力を使った強制的なのじゃなく、平凡で一般的な愛情が欲しい」
女神様はくだらない願いを聞くと、先程までの人をなめくさってイラつかせる顔ではなく、優しく全てを見守る女神様のように美しく笑った。
「欲がありませんね。いえ、あなたからしたら欲深い願いなのかもしれません」
「ああ、俺にはこれで十分だ。強いて言えば美味いもの食いたいかな」
「確かに食べていたものは、いつも魔物の丸焼きだけでしたものねwしかも味付けしてないw」
またバカにしやがって!本当にこいつうざいな。
「他にはありませんか?後から追加する事は出来ませんよ」
少し考えてみたが、何も思いつかなかったので無駄な願いは遠慮した。
「他に望みは無いよ」
「分かりました。転生先は精霊が居ないので本気は出せませんが、それ以外は全て引き継げるようにしておきます。あちらでもお好きに暴れてください」
「ありがとう」
「いえいえ」
少し時間が経つと段々体が動かしにくくなっていく。
「精神があちら側に引き込まれていますね。そろそろお別れのようです」
女神様は別れが近いと言うと、寂しそうな顔をしていた。
「そんな顔しないでよ。あっちで楽しそうにしてるとこ見守っててね」
「元よりそうさせてもらうつもりです」
なんだかんだ楽しかったな。心が久しぶりに満たされた気がする。
腕を見ると、死ぬ前とは比べ物にならない程に小さくなり段々と薄く透けていく。
「行ってらっしゃいませ」
「バイバイ」
気持ち良く体が溶けていくような感覚がしていたが、頭の端っこに少しの違和感を覚えていた。女神様の言っていた言葉に。
「分かりました。転生先は精霊が居ないので本気は出せませんが、それ以外は全て引き継げるようにしておきます。あちらでもお好きに暴れてください」
何もリターンが無いのに何故女神様はここまでしてくれたのか。
善意でやったと言われたらそれまでなのだが、役目を与えられ
勝手にやったのだから、報酬はありませんよでもちゃんと筋は通っている。
なのにわざわざ力を維持させ、暴れてくださいと言った。
そこで気付いてしまった。
「勇者として暴れろってことか!」
「さぁ?どうでしょう?」
クソ女神はわざと言葉に含みを持たせ、ニヤニヤとしながら手を振っていた。
あいつ絶対に許さん!
そして透明になっていく意識の中、一言も文句を発せず俺という存在が消えてしまった。
少し前までは真っ白な世界にいたはずなのに、今は暗く何も見えないず体は水の中にぷかぷかと浮かんでいる。
「あと少しだ!頑張れ!」
何度も何度も
そして暗く何も見えなかった世界が、急に照らされ目に強い痛みを感じる。
「産まれたぞ!俺達の子供だ!元気な男の子だそうだ!」
僕の体が空中に浮かび、優しく誰かの腕の中に渡っていく。
「産んでくれてありがとう。母さん」
「頑張ったのはこの子よ。無事に産まれてくれてありがとう」
「男の子って言ってたから名前は
「「これからよろしくねハルト」」
二人の声を聞き、初めての暖かい家族からの愛情を感じた。
そしていつの間にか涙が溢れていた。
「無事に産まれたようですね。今世は楽しんでください」
女神はグッと腰を伸ばし下界を覗くのを辞めた。
「あなたに勇者は頼みませんよ。それにしても、勇者でもないたった一人の人間が邪神に王手をかけるなんて思いもしませんでしたよ」
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