幕間 聖ヶ崎さん家の今日の夕飯

「勇香ちゃーん!」


 放課後。帰宅する勇香の耳に、背後から甲高い声が刺さった。

 振り返ると、そこにはリュックサックを背負った麻里亜とスクールバックを抱えた聖奈が此方に向かってきていて……


 二人はよく一緒にいることが多いが、友達のような関係なのだろうか。

 同じ生徒会メンバーなので当然だとは思うが。

 が、当の二人は勇香の表情を伺うなり顔を豹変させぎょっと目を見開いてしまった。


「勇香ちゃん……?」

「お二人とも、こんにちは」


 勇香の顔は、まるで極楽浄土にでもいるかのように破顔一笑としていた。


「ど、どうしたんですか!?そんな満面の笑みで!?」

「えへへ、ちょっと嬉しいことがあって」

「嬉しい事……?」


 にへら顔で口ずさむ勇香に、聖奈は肩の荷が下りたようにほっと一息つく。


「でもよかった。勇香ちゃんが笑顔になってくれて。を聴いて心配だったから」

「あの声?」

「うん。酷く精神状態が逼迫してたみたいから心配で心配で」

「えーと、その声って、あの……」


「そうだ!今日の放課後また勇香ちゃん家寄っていいっすか?聖奈さんにも勇香ちゃん家を紹介してあげたいんです!!」


 ジワジワと笑みが消え顔を青ざめていく勇香を見兼ねた麻里亜は、すかさず二人の間に割って入る。


「麻里亜ちゃん、それはいきなり過ぎない?」

「い、いいんですよ!!どうせ家に帰ってもだらだらするだけでしょ」


「は、はぁ(言い方……)」


 麻里亜の唐突な提案に呆れながらも、数舜考えこむ勇香。

 そして、まじまじと見つめる二人に対し、


「いいですよ。行きましょうか」


 笑顔でそう告げる。


「いいの!?」

「いいんですか!?」


「はい」


 パァっと顔を輝かせた二人に、勇香はコクコクと頷く。

 いつもの勇香なら、ここはすんなりと断っていただろう。

 何故なら、自分の家に家族や親戚でもなんでもない人間を二人も招くなど(勇香にとって)前代未聞の事態だからだ。

 妹の友人はよく訪れていたのだが……


 もし仮に普段のテンションで連れていけば、家に入れた時点で勇香の脳内は感情の入り乱れで沸騰してしまい、もれなく二人に看病させる羽目になってしまう。


 しかし、今の勇香は途轍もなく高揚中。理由はもちろん、陽咲乃だ。

 どこからともなく現れた一人の少女が、勇香に陰口を突き刺していた少女たちに誅を下してくれたにも関わらず、勇香の荒んだ心を癒し友の契りまで交わしてくれた。


 その全てが勇香の生きる“現実”に起きたのだ。


 今まで、“嬉しさ”という感情は、全て“夢”の中にしかなかったのに。

 初めて、現実と言うこの世界で“嬉しさ”という感情が芽生えたのだ。

 勇香は陽咲乃の一件を思い出し、生まれてこの方一度も見ないほどの笑みで頬を緩ませた。


「聖奈さん、勇香ちゃんがなんかヤバいっす」

「も、もしや嬉しい事って……度重なる嫌がらせに耐えられなくなって、怖い人たちに唆されて“元気が出る白い粉”に手を染めてしまったんじゃ……!」

「ゆ、勇者養成学園にそんなの横行してたら大問題っすよ!?」


 生徒会らしい?妄想にあわあわと口を押える麻里亜と聖奈を他所に、勇香は微笑を顔に張ったまま二人に呼びかけた。


「じゃあ、行きましょう。途中どっか寄って行きます?」

「そうですね……」


「ねえ勇香ちゃん」


 途端、くっきりと瞳を開き勇香の肩をガシッと掴んだ聖奈。


「クスリ、ダメだよ、絶対!!」

「どういうことですか……?」


 ふんふんと鼻息荒めに勇香に顔を近づける聖奈に、勇香は訳が分からずぽかんと見つめた。


 *


「ただいま」


「おっじゃましやーす」

「お邪魔します」


 途中、ヤングストリートの露店に数カ所寄ったりもしつつ、勇香の家に着いた一行。

 階段を上がり、勇香は初めての場所で目を輝かせる聖奈と一回訪れただけで聖奈に慣れマウントを取っている麻里亜に、「荷物はソファに」と洗面台、お手洗いの場所を伝え、自身は三階でリュックサックを降ろした。

 その後、制服のまま二階へ行くと、聖奈は未だに扉の手前で佇んでいるものの、麻里亜に至ってはソファに寝っ転がり勇香のゲーム機を弄っていた。

 

「あ、あの勝手に私のSwitchを……」

「ごめんね。麻里亜ちゃん、ちょっと抜けてるところがあるから」


 あははと苦笑する聖奈。

 まぁ、モンスターを逃がされたりしなければいいやと見過ごす。

 勇香は今も高揚中であった。


「白百合さんも座ってください」

「う、うん。じゃあお言葉に甘えて……あの」

「なんですか?」

「もう、友達なんだし、聖奈で、いいよ」


 頬を赤く染めて、ぽつりと言い漏らす聖奈。

 勇香はその光景を陽咲乃と重ね、聖奈に釣られたように頬を赤らめてしまう。


「ご、ごめんね!!勇香ちゃんは私の事友達とは……」

「はい。聖奈さん。よろしくお願いします」


 そう言って、ぺこりと頭を下げる勇香。

 その動作に謙遜しつつも、聖奈は胸をなでおろした。

 すると、ソファ越しから能天気な声が聞こえてくる。


「んじゃ、ボクのことも麻里亜でいいですよ~」


 どうやら会話が駄々洩れだったらしく、二人は揃って頬を紅潮させてしまう。


「あの、麻里亜さん。そろそろ私のSwitchを弄るのはやめて欲し……」

「そういや勇香ちゃんって、ご飯とかどうしてるんすか?」


 唐突にそんな質問を投げかけられ、勇香は困惑してしまうが、


「い、一応先週麻里亜さんに紹介してもらったスーパー?で買い物はしてますよ」

「うん……」


 勇香の返事に感情の読み取れない相槌をした麻里亜は、ゲーム機を置いて立ち上がり、あろうことかリビングを抜けてキッチンに入って行った。

 その手慣れた所作はまさに“この家の住民”である。  

 そんな麻里亜の挙動に二人は呆然としてしまうが、直ぐに勇香だけが我を取り戻し、麻里亜を追いかけた。


「あ、あの、ちょっと……」

「閑散としてますねー」


 キッチンを一目見まわし、気だるい瞳で感想を述べる麻里亜。


「え、えっと」

「まさか、一人暮らしなのに自炊してないんですか?」

「あ、あんまり……」


 咄嗟に吐いたなけなしの誇張も、麻里亜にはバレバレだった。

 シンクやキッチンには料理をしたような形跡は何一つなく、ピカピカのモデルルームのよう。

 薪ストーブと一体型になったコンロにも湯を沸かすためのポットが哀し気に置かれているだけ。

 逆にフライパンや鍋等の料理道具は、向かいの食器棚に重ねて収納されていた。


「勇香ちゃんの性格的に外食も好まなさそうですしねぇ」

「あの、何をするつもりで……」


 勇香は恐る恐る問いかけるが、麻里亜は聞く耳を持たず。

 その直後、信じられない行動に出る。


「さ、魔力冷蔵箱を確認と」


 麻里亜は顎に手を添えつつ、目の前にある冷蔵庫?の取っ手に手をかけた。

 慌てた勇香は必死に麻里亜を制そうと声を荒げる。


「ああああの、勝手に人の家の冷蔵庫を見るのは失礼と言うか……!!!」

「御開帳~」


 だが勇香の声も届かず、冷蔵庫?は麻里亜によって全開されてしまった。

 そして中には──


「案の定無!まごうことなき無!!」

「あ、あの……水とかは……」

「なんで嘘ついたんすか?」

「ひぐ……!!」


 麻里亜に真顔で詰問されるが、勇香は麻里亜から視線を逸らし目を泳がせる。

 が、チベットスナギツネのような目で凝視する麻里亜に段々と堪えきれなくなり、


「見栄を張ってしまって……」

「あんときボク店の前で待ってましたけど、結局何買ってたんですか?」

「え、えぇと……」

「大方ブツはこっちですかねぇ」


 額に汗をにじませた勇香の弁解を聞き入れることなく、麻里亜は食器棚の下にある食糧庫を開けようと手を近づける。


「あっ、あのそこは!!」

「ん?」


 開こうとした途端、なにか重量が当てられていることに気付いた麻里亜。

 そして、食糧庫を開けた途端、


「あぁぁぁぁぁ!!!」


 ばらばらと、そこかしこから大量のカップ麺が崩れて落ちてきた。


「なるほど、よくわかりました」

「な、何がですか……?」

「勇香ちゃんは極度のめんどくさがり屋」

「はぁ……」


 隠していた筈だった性格を見破られてしまった。

 最早弁解のしようがなくなり、勇香は無言で麻里亜を見つめる。


「まあ別に日常生活でその性格を発揮する分には申し分ないんですけど、食に関しては違うんすよねぇ」

「だ、大丈夫ですよ。私ほとんど風邪ひかないので」

「それでもですー風邪ひかなくてもカップ麺ばっか食ってたら病気になっちゃいますよ」


 麻里亜に正論を突かれ、勇香は何も言い返せず委縮してしまう。


「勇香ちゃんって表日本でも毎日カップ麺だったんですか?」

「いや、向うでは母親が作ってたので」

「えっ?そもそも料理とかできるんですか?」

「ででで、できますよ!たまに昼食を自分で作ったりもしてました。オムライスとか……」

「じゃあなんで自炊しないんですか?」

「うぅ……」

「めんどくさいと」

「毎日作るのは……面倒だなって……」


 そこに現れてまたやってると静かに呟いた聖奈に、勇香は小声で耳打ちした


「あの、麻里亜さんどうしちゃったんですか?いつもと雰囲気違いますよ?」

「あはは麻里亜ちゃん、食べ物に関しては風紀委員みたいに厳しくなっちゃう節があって」


 聖奈の苦笑いを横目で捉えた麻里亜は、吹っ切れたように決意した。


「仕方ありませんね」

「?」

「聖奈さん、行きますよ。勇香ちゃんはどうせめんどくさいとか言ってついてこないと思うので」


 発言の意図が分からずに、棒立ちする勇香。

 一方、麻里亜から指名を受けた聖奈は頷いて身支度を始めた。


「んじゃ、また一時間後に戻ってくるので」


 そう言って簡素なポーチだけを持って、二人は階段を降り勇香の家を出て行った。


 *


 大体一時間経った午後六時頃。

 ソファでだらりとゲームに勤しんでいた勇香の耳にキンコンと鐘の音が鳴り響く。

 作業に区切りをつけ玄関に舞い降りた勇香が扉を開けると、そこにはパンパンのマイバックを両手に下げた麻里亜と聖奈がいた。

 その光景で勇香は何かを察する。


「あの、もしかして」


 もしかしなくとも、二人は勇香が自炊するための食材を仕入れてきてくれたのだろうか。

 めんどくさがってなかなか行動に移せない勇香の代わりに。

 勇香はこみあげる自分への劣等感と共に、二人への心遣いに胸がいっぱいになる。


「あ、ありが……」


 が、感謝の意を伝える前に、二人はどんどん二階へ上がってしまった。

 遅れて二人を追いかけるように階段を登ると、リビングには二人の姿はなく代わりにキッチンから声が聞こえてきた。


「あ、あの何を……」

「ささっ、私たちはそっちで待ってようか」


 キッチンの様子を見に来た勇香だが、目の前に立ちはだかった聖奈によってリビングに押し戻されてしまう。

 

 そのまま約四十分、いつの間にかゲーム機を持参していた聖奈と勇香は共にゲーム機で暇を潰した。

 聖奈は勇香にキッチンで行われている行為に勘づかれぬよう、積極的に勇香に話しかける。

 だが、キッチンから漂ってくる香ばしい匂いで、勇香にはバレバレだった。


 それから四十分後、麻里亜が聖奈を呼びかけたことによりキッチンで起こった出来事の全容が露わになった。


「さっ、聖奈さん運んでください」


「うん。勇香ちゃんは座っててね」

「は、はぁ」


 薄褐色のダイニングテーブルには聖奈によって真っ白なテーブルクロスが引かれ、そこに麻里亜お手製の料理が次々と置かれていく。


「う、うわぁ……」


 そのどれもが、何処かのイタリアンレストランでお目見えするレベルの逸品ばかりだった。

 いつの間にか迷彩柄のエプロン姿になっていた麻里亜が、着席した聖奈と勇香の前に立ち説明を始める。


「本日の献立は干し肉のシチューにライ麦パン、スモークサーモンのマリナ……マリネ等々。勇香ちゃんに食べさせるのは初めてだったので、ボクの得意分野でいったっす」

「麻里亜さんって料理上手だったんですか……?」


 勇香の思っていた麻里亜の人物像との差異が激しすぎたのか、ガタガタと戦慄してそう尋ねる勇香に、麻里亜はムッとしながら応える。


「まるでボクがただのぐーたら大魔神だと言いた気な顔ですね」

「いや、そこまで言っては……」

「昔色々あって家事全般は得意なんすよ。その中でも料理は“生徒会の料理担当”と異名が付けられる程っす。どこかの誰かさんとは違って……」


「麻里亜ちゃん。その話を食事中に出すのは止めよう」

「ですね。ボクも思い出した途端吐き気が……」


 途端に顔色を悪くした麻里亜と聖奈を、勇香は当惑しながら眺める。


「見ているのもなんですし食べてください」


 聖奈の隣の椅子に座った麻里亜に促され、勇香はスプーンを手に持ち眼前のシチューに有りつく。

 見た目は家庭的でごく普通なシチューとそう変わらない。

 大きめの干し肉にニンジンや玉ねぎ、キャベツが投入されているが、気になった点は豆などの穀物が多く入っていることだ。

 とりあえず分析は後にして、肉をすくい取り口に運ぶ。


(……ん?)


 舌上で咀嚼する。と、いつもの食卓で出る肉とは何かが違うような気がした。

 呑み込むと、勇香は思わず麻里亜に質問する。

 

「このシチューに入っている肉は何なんですか?」

「鹿肉です」

「鹿肉!?」


 麻里亜の言葉に、勇香は素っ頓狂な声を上げた。

 勇香も一度は耳にしたことはある、ジビエというヤツだ。

 だが、そんなもの一度も嗜んだことはない。

 まさか裏日本に来て初めて、ジビエを食せるとは……そう感慨深くなっていると、


「普通に店で売ってたやつですけど。ボクも昔はそこら辺の野山にいる奴をとっ捕まえてたんですけどねぇ……学園に通い始めてからあんまり行けなくなっちゃって」

「麻里亜さんって一体何者……」


 勇香の麻里亜に対する人物像はさらに謎に包まれ深淵の底に落ちていった。

 その後もテーブルに並んだ料理を片っ端から口に入れ、舌鼓を打つ勇香。

 食事中の勇香の幸せそうな笑みに癒されつつ、聖奈はシチューを啜り、麻里亜はスプーンをぎこちない所作で動かしスモークサーモンを掬う。

 一時間後、あっという間に料理は底を尽き、テーブル上には皿だけが残された。

  

「ご馳走様でした」


 手を合わせ、勇香は麻里亜に礼を言う。


「久々にこんなおいしい食事にありつけました。ありがとうございます」

「また食べたくなったら言ってくださいよ。ボクも勇香ちゃんの食生活を改善できるように腕を振るいますので」

「そ、そうですね」


 元わと言えば、麻里亜が料理を作ったのは勇香の食生活の改善が目的だった。

 それも忘れ、勇香は頬を綻ばせながら料理に有りついてしまったが、


 いっぱいの腹を押さえつつ、勇香はもっと料理上手になろうと意気込んだのだった。


─────────────────────

 幕間は本編とは違い、スピンオフ形式で本作のキャラクターの人物像について深堀りしていきたいと思います。

 そのためシリアス描写は一切ありません。

 初回は勇香と麻里亜にスポットを当てました。

 タイトルはF●teのパロです。

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