絵描きさんは義理堅い①


 合宿は無事終了。

 私は三校祭に出場できるようになって、ティミッドは捕まったりすることはなかった。

 何だかまだ完全には解決したというわけではないらしいけど、まぁ私目線から見るとすべて解決の大円満。

 餅は餅屋ということで、解決していないところは専門の方々に任せるというのが一番だ。


 そういうわけで私はティミッドという友人を手に入れ、再び学校生活に勤しむのであったのだが――



「うぅぅぅ……」


 あちこちでガヤガヤと話し声が響き渡る食堂にて、一つ何か落ち込んでいるような声があった。


「う、ううぅぅぅ……」


 その声を漏らしているのは私。

 絶賛メンタルダウン中の私であった。


 私は顔を机に突っ伏しながら声を漏らしていた。脇には先ほど自棄酒のようにのんだ水が入っていた、空のコップが置かれている。コップの周りには結露してできた水が垂れてきており、それが私の制服の一部を濡らしていた。


「だ、大丈夫?」


 隣に座っているティミッドは心配そうにこちらを見ている。時折、私の肩に手をやろうとしているのか、頭の上あたりで腕が動いている気配を感じる。


「あ、あの……?」


 さて突然ですがここで問題です。

 私はなぜ、食堂にて落ち込んでいるのでしょうか?

 シンキングタイム10秒。

 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10‼

 そこまで。

 正解は、


「うぅぅ……レオナが最近構ってくれない~‼」


 私の声が食堂に響いた。

 急な叫び声ということで食堂中の視線が私に一点集中。

 ティミッドはその注がれる視線に耐え切れず、おどおどとした感じになっている。まぁ、私は別に気になんなかったけど。


「ウ、ウイさん。落ち着いてぇ。み、みんな見てるから」

「合宿終わってからずっと……なんか私を避けるみたいにいつの間にかどっか行ってるし……絵も描いてくれないし……」


 合宿終了後。学校に戻ってきてからというもの、レオナは何かと用事を付けてどこかに行ってしまったり、いつの間にか姿を消してしまうのであった。それも1日だけというわけではなく、毎日、ずっとだ。

 別に私を無視しているわけではない。

 普通に会話とかはするし、一緒に登下校したりもする。だがその頻度は少なくなっており、その上前のように放課後に絵を描いたり、スケッチしたりなどがなくなり、私と一緒にいる時間が減ったのだ。


「うぅぅ……どうしよう。ティミッド~どうしよう~」


 私はティミッドの体に張り付きながらそう言った。


「えっ、えっと……私はウイを独り占めできて……嬉しいなぁ~……みたいな……あっ、今の無しで‼ 今のは無しで‼」


 ティミッドは顔を赤くしながら手をブンブンと激しく振った。その勢いで張り付いていた私は弾かれ、ティミッドとは反対方向へ倒れた。


「うぎゃ⁉」

「あっ、す、すいません」


 ティミッドは慌てて私の体を起こした。


「えっと、怪我とかはない……ですよね」

「うぅ……うん。なぁいよ~」


 私は倒れた勢い自体はそこまでなかったが、メンタルダウンにより、受けを取るのを忘れてしまい、ゴンッと隣の椅子に衝突してしまっていた。おかげで若干頭を回してしまうという結果になっていた。大変不覚である。

 だがそんな風になるぐらい私はメンタルはダウンしているということなのだ。


「うぅぅ、てかティミッド。さっきの無しって何が無しなの? ちょっと聞き取りづらくて」

「あっ、別に、大したことじゃないです‼ 気にしなくても良いですから‼」

「そう?」


 う~ん。そう言われると気になる。凄く気になる。こんなに焦るということは、ちょっと恥ずかし目なことなのだろうか。

 気になる。

 凄~く気になる。

 まぁ、気にはなるけど今は後回し。

 今はそれよりレオナのことだ。


「どうして! なんでレオナは私に構ってくれないの!」


 本日何度目かの叫びであった。

 今日は休日ということで朝から暇していた私は、日課の鍛錬を終え、今日こそはレオナに描いてもらうぞと意気込みながら寮の中を散策した。だがレオナは見つからず。

 肩を落としていた私の所へ偶然ティミッドが通りかかり、食堂に来ていた。

 そして最近のレオナのことで愚痴を漏らすうちにこんな状態になってしまっていたのであった。


「ねぇ、なんでだと思う?」

「……う~ん、もしかして……」


 するとティミッドは何か答えにくそうな感じで口を開いた。


「なにッ‼」


 私はそれに食いつくように反応した。


「えっ、えっと。もしかして……もしかしてですよ……」

「良いよ良いよ。もしかしてでも、仮でも、例えばでも‼」

「えっと……レオナさんがウイさんを描くのを飽きちゃった……とか?」

「あ」


 私の口から思わずそんな言葉が漏れた。同時に何だか良く分からない喪失感みたいなものと納得感みたいなものが全身に満ち満ちた。


「ウイさん? だ、大丈夫ですか?」

「……」

「ウイさん?」

「……」


 飽きた。

 飽きた。

 飽きた。

 飽きちゃった……。それは自然と納得することができる理由であった。

 何せ人間だもの。どんなことでも飽きてしまうという可能性は普通にあり得る。むしろ飽きずにずっと続けるというのは結構稀でもあるかもしれない。

 ……。

 ……。

 ……だけど。だけど……飽きた。飽きた。飽きられた。飽きちゃった……。


「ウイさん? えっと、大丈夫?」


 なんだか頭をバットで思いっきりぶっ叩かれたみたいな衝撃がグワングワンと響く感じがする。


「えっと、私は絶対に飽きないから。安心して‼ ず、ずっと一緒に……いても良いからね‼」

「うん……」

「……やっ、やっぱり、今の無し‼ ずぅ、ずっとじゃなくて……わ、私が死んじゃうまで」

「うん……」


 外の声がまともに耳に入らず、適当な相槌を返してしまった。


 ティミッドはなぜか顔を真っ赤に染め上げて水をがぶ飲みしている。


 私はそんな様子を眺めながらグワングワンとする頭でゆっくり考えた。


 まぁ……だけどそうだな。そうだよなぁ。元々レオナが私のことを描こうとしていたのは、家族に自分の絵を認めさせるためだしなぁ。だったらもし、私より良い画題にであったならそっちに行っちゃうのは当たり前っちゃ、当り前だよなぁ――と納得すると思ってんのか‼


「うにゃ―‼」

「ヒャッ……び、びっくりした~」


 私の腹から湧き出てきた思いが漏れ出てくる。突然の奇声ということで、再び周囲の注意が私のほうへ集まってくる。

 だがそんなことはどうでも良い。はっきり言ってどうでも良い。


 あんだけ私を描いておいて、ここで棄てる?

 そうは問屋が卸しません、だよ‼

 仮に、仮にだ。本当にレオナが私よりも良い画題を見つけた。見つけたとする。だけどそれを私が認めるか? いや認めない。私が見て、相当凄い感じでなければそんなモノは認めないぞ。なにせ私を切り捨てて、そっちを描くというのだ。相当なものでなければ、私は納得なんてしない。


「そうなると早速行動開始だ」

「行動?」

「レオナの後を追跡して、新しい画題とやらを見定めさせてもらうんだよ」

「えっと……それって、別に後をつけなくても良いんじゃ……」

「そこは気分!」


 それにレオナには最初に後をつけられまくったし、これでお相子ということで。


「さぁて。そうなると急いでレオナを探さなくちゃ。ティミッド、行くよ」


 私はそう言いながらティミッドの腕を引いて立ち上がった。


「え、あっ、ちょっ」

「レオナの追跡開始だ!」


 さっきまでのテンションダウンは何処へやら。私は元気を取り戻し、むしろいつも以上に元気になりながら廊下へ駆け出た。

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