不穏な話は校長室にて
「にゃっはは~にゃっはは~」
セオス王立学校の校長室。
その部屋の中で猫を真似した鳴き声が響いた。しかし情報が漏れたりするのを防ぐために防音構造となっている校長室から、その鳴き声が漏れ出ることはなかった。
「今回はご苦労様じゃった」
執務机に座りながらそう言ったのはセオス王立学校の主、アレイ・クロウだ。見た目はこの学校に通う学生ぐらいの年齢の女であるが、実年齢はとんでもなく高齢という、かなり度の過ぎた若作りを行っている人間である。
自身のトレードマーク的存在であるトンガリ帽子は、部屋の服掛けにコートと一緒に掛けてある。
「にゃはは~。まぁ本当、かなぁ~リ疲れたにゃ~」
そして笑い声を響かせていたモーリェは一息するようにそう答えた。
その様子にアレイは苦笑交じりで言葉を続けていく。
「お主一人に任せて本当に申し訳ない。ちょいと襲撃の後処理で手を離せなくてな」
「これくらい別に良いにゃよ。アレイ校長には返しても返しきれない恩があるんだからにゃ」
「そうかそれなら良かったのじゃが……」
アレイはそう言うと紅茶を一口飲んだ。そしてその目線は自分の執務用の机に置かれた書類へと移った。それはある生徒――ティミッド・アーディーの情報を記したものだ。
「ひとまず問題は解決、ということで良いのじゃな」
「うん。うん。OKにゃ。
いや~校長が事前に教えてくれていたおかげにゃよ」
「まぁ気づいたのはたまたまだったのじゃが」
「それでもだにゃ~。おかげで私も色々仕込んだりできたにゃ」
そう語るモーリェの脳裏に浮かんだのは臨時会議があった日のことであった。
あの日、モーリェはピストリィに捕獲された後、校長室に連行されていた。
『なんだにゃ? アレイ校長?』
『うむ。まずは臨時会議を勝手に抜け出した説教と行きたいが、それは長くなりそうだから後回しだ』
『長くなる⁉ 長くなるってどういうことだにゃ⁉』
『どういうも、こういうもないわ‼ 馬鹿者がッ‼ お主はもう少し、日常生活でも真面目にやれと言う話じゃ‼』
『えぇ~それは面倒だにゃ。私は気楽に生きるのだにゃ』
『……そうしたいと思うのは勝手だが、それは無事ここを卒業してからにしろ。
まぁ良い……。ひとまずこの話は後だ。長くなる』
『ぶぅ~。私的には終わりなんだけどにゃあ……。それで話って何だにゃ?』
『実は最近ある1年生が魔法を教師に使用している痕跡を発見してな』
『にゃにゃ? 1年生? 2年や3年とかじゃなくて1年生かにゃ?』
『ああ。1年生だ』
『ふ~ん、それは珍しいにゃね』
『本当にそうだ。1年の身で教師たちに影響を及ぼせる魔法を使える。まだ魔法が使えるようになって時間がそう長い時間は経っていないにも拘わらずだ』
『何かヤバイ案件ということかにゃ?』
『恐らくな。……このことは私の中だけで留めてある。この意味分かるな』
『内密に調査&問題への対処にゃね』
モーリェはそこで聞かされた情報を元にティミッド・アーディーについて調査・観察を行って合宿に臨んでいた。
「それにしても裏神かぁ」
「うにゃ。私も驚いたにゃ。殺害を狙っていたところまではわかったにゃけど、その裏がいるとは驚きだったにゃ。……そのせいで偉い人と話す羽目になったしだにゃぁ」
ウイ殺害未遂の背後に裏神が存在することが判明したことで、本来であれば内密に処理するはずであった今回のことを、国の方まで報告するということになってしまっていた。
その上このとき、学校トップ且つ今回のことを自分の次に知っているアレイが襲撃の最終処理のために出張していたため、その全てをモーリェ一人で処理する羽目になっていた。
そのせいで事情を全て知るモーリェは連日朝から晩までバタバタと動き回っていた。
「相変わらず苦手なのか?」
「苦手だにゃ。何でもかんでも大きいことばかり優先とか、本当嫌にゃ」
そう言ったモーリェの顔は、自分の苦手なものを見るかのように歪んでいた。
「まぁ上にいる者としてはそれが正しい視点ではあるのじゃがな」
「私には理解できないにゃね。
重要なのはなんでも小さなことなんだからにゃ」
「そうかそうか。まっ、お主もいつかは分かる」
「分かりたくはないだにゃ~」
アレイはそんな風に返答するモーリェのことを温かい目で見つめた。
(こやつもまだまだ子供なんじゃな)
そしてそんな風に考えながら紅茶を飲んだ。
小さいこと。
つまりは国という大きな存在ではなく、個人という小さな存在。
大局の利益のためではなく、個人の利益。
その視点は確かに小さな集団においては良いものかもしれないが、集団の単位が大きくなればなるほど、切り捨てなければならなくなっていくモノであった。そして人間が子供から大人になっていくにつれて、捨てていくモノでもある。
「? どうしたにゃ?」
変な目で見られていることに気づいたモーリェがそんな言葉を上げた。
「いや。なぁに。別に大したことではないさ」
そしてアレイは苦笑しながらそう答えた。
(それで良い。この学校に通っている内はそれで)
アレイは優しく微笑みながらそう思った。
「?」
その思いを知るよしもないモーリェは首を傾けながら、やっと冷めた紅茶を飲んだ。
「……それで話は戻るのだが、ティミッド・アーディーのことで何か面倒なことにはならなかったな」
「大丈夫にゃ。ティミちゃん自身が自発的に殺そうとしたわけではないことと、裏神との関りを持たないことを熱弁して何とか証明……う~ん、証明……? 説明……? まぁ兎に角、熱弁してなんとか納得させたにゃ」
「エッヘン」とでも言うようにモーリェは胸を張った。
「まぁちょっとだけ危なかったにゃけどね。ちょっと足元掬われそうだったにゃ」
「それは危なかったのじゃな。ほれご褒美にお菓子でも食うか?」
「食べるにゃ~‼」
アレイは引き出しから取り出した缶ケースをモーリェへ差し出した。するとモーリェは大喜びでその缶へ飛びついた。
「にゃっはは~」
「5枚だけじゃぞ」
缶の中に入っていたのは様々な形のクッキーであった。それぞれ着色されていたり、チョコなどでデコレーションされており、かわいい見た目のクッキーである。
モーリェはそれらに目を輝かせながら涎を垂らしていた。
「モーリェ……少々はしたないぞ。
本当お主はもう少し、周りからの目を気にしたらどうじゃ。いつまでもそんなだからピストリィが苦労しているのじゃぞ」
「うにゃ~?」
クッキーを口に頬張りながら顔を上げたモーリェのその姿はどこからどう見ても品など一切ない。
これでも結構地位のある貴族の一人娘であるというのだから世の中というものは本当にわからない。そう思うアレイであった。
「あぁ、そうだ。ティミッド・アーディーの父親の方だが」
「うにゃ……ぅぐぅん……。
捕まったのかにゃ?」
「いや逃げられてしまったみたいだ。確保に向かったときにはアーディー家の屋敷はもぬけの殻。人っ子一人いなかった」
「それは……」
新たなクッキーへと伸ばしていたモーリェの手が止まる。
「ああ。少々不味い」
そう話したアレイの表情も暗い。
「裏神との繋がりを示すものはあった……じゃがそれらは表面的なものばかりで、重要な証拠は何一つなかったらしい」
「……」
「一応警備を強化したから、この学校にいる内は手出しはできないと思うのじゃが……」
「三校祭ですね」
「ああ……。今年の三校祭はアマノ学園の方で開催される。あそこだとここ以上の守りは到底できない」
「むしろウイちゃんの分家の方々が何かしてきそう……というレベルですよね」
「そうじゃ。なにせアマノ学園はアマツカエ家の分家――アマモト家が運営しているからな」
「そうなると二方面での警戒が必要ですよね。裏神とアマモト家。その二つへの」
校長室に満ちている空気がどんどん重く、暗くなっていく。
さっきまでと部屋の明るさは変わっていないはずなのに、一気に薄暗くなったように感じてしまうほどだ。
「今年は私は出ないので、飛び回っておきますか?」
「うむ……いや、それだと逆にもしもの時、予想外の事態への対応が遅れるかもしれぬ。お主はひとまず生徒会の者たちと一緒になって予定通りに動いておるのじゃ」
「……だけどそれだとウイちゃん周りが疎かになっちゃうのでは?」
「そこは信用しておくしかないだろう……。彼女がそこらの有象無象にやられてしまわないということを」
「……ですか」
会話が途切れる。
部屋に重たい空気が満ちる。
もしウイがこの空間にいたら思わず「めんどくさい」とか漏らしてしまいそうである。
「まぁひとまずそんな感じですか」
沈黙を破るようにモーリェが口を開いた。
「うむ。これでよろしく頼む」
「任せてくださいだにゃ~」
再び校長室が明るくなった。
「私の方でも何か分かったり、報告が来たら随時知らせる」
「期待しているにゃよ」
モーリェはいつものように「にゃ」を語尾に付けながらそう答えた。そしてすっかり冷たくなってしまった紅茶を一気に飲み干すと
「それじゃあこれで失礼するにゃよ」
バタンッと扉が閉まる。
「はぁ~」
一人残されたアレイは思わずため息を漏らした。
「本当……胃が痛くなる……」
学校の襲撃。
アマツカエ家の末っ子の殺害未遂。
それらの背後に立つ『裏神』。
三校祭への不穏要素。
「なんで校長になんてなっちゃったんだろ」
それらはアレイ・クロウの胃へダメージを与えるには十分すぎる要素であった。
「はぁ……研究だけして暮らしていたかっただけなのに。……最後にやったのは……モーリェの手伝いをしたときか……。最近はからっきしじゃな。……本当なんでなっちゃったのじゃぁ~」
校長に就任して数十年。
アレイが就任したことに対する後悔を漏らさなかった日などなかった。
「……まぁ、なったんじゃ。なっちゃったんじゃからやり切らないとじゃな」
それでも誰か他の人に放り投げたりしなかったのは、生まれつきの責任感の高さからであった。
「ひとまずは三校祭。何事もなく終わってくれれば良いのじゃが」
そうはいかない。それはアレイ自身が良くわかっていた。
腹がギュルギュルと鳴っているのを感じながら、アレイは自身の不安を紅茶で無理やり流し込んだ。
そして自分もクッキーを食べようと辺りを見渡した。
だが何処にもクッキーの入った缶は見当たらない。
「あっ⁉ モーリェの奴、缶ごと持っていきやがったなッ⁉」
アレイの叫び声が校長室に響く。
その声は防音構造のおかげで外に漏れることはなかった。
「にゃにゃにゃぁ~」
一方その頃、校長室を後にしたモーリェは、その手にクッキーの詰められた缶を抱えてご満悦の様子であった。
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