第3話

 あの後姉様は食器と怪我した見張りを連れてどこかへ行った。

 きれいに積まれた見張りたちがズルズルと引きずられていく様子は明らかにおかしかった。一番下の人は圧死してもおかしくないのに普通に息してたし。


 まぁ、ひとまず姉様は帰っていった。

 なんやかんや療養中は全然面白みがなかったが、今日のことは少し面白かった。良い退屈しのぎになった。


 姉様のシスコンぶりは少し怖みがあるがそれでもやはり、こう心配して無理にでも来てくれたのはうれしかった。……だがやっぱり少し怖みがある。



 何もしていないときほど時間が経つのが遅く感じる。五分経ったと思ったらまだ一分しか経ってない。一時間経ったと思ったらまだ二十分も経っていない。

 退屈だった。

 さっきのことがあったせいで退屈さというモノがより一層感じるようになっていた。

 姉様を引き留めて置くべきだったかもしれない。


 ……。

 ……。

 暇なので、私が転生したこの異世界のことについて説明しよう。

 前の世界との大きな違いはやはり魔力。


 魔力という存在はどうも不思議なもので、人間なら皆持っている力。なんか目に見える、というモノでもなく、触れるモノというわけでもない。だが確かに持っている力なのだ。

 魔力はそのままでは特に何かをできるというわけではなく、それを用いて魔法という形にすることで初めて現実に影響を及ぼす。

 魔法と言っても時間を止めるとか、人を生き返らせるとかができるほどは万能ではない。自分の体を守る、強化するや火を出すなどのような魔法が一般的だ。


 そしてもう一つ大きな違いがある。それは実際に神がいることだ。

 前の世界にも神はいたのかもしれないが、私は見たことがない。死んだときでさえ見ていない。転生の際もだ。てか、どんな風にして転生したのかも知らないし。

 偉い人は怒るかもしれないが私は実物を見ていないので神はいない。


 それに対し、こちらの世界の神は実際にいる。ちゃんとこの目で見たのだから確実だ。

 神を見たのは確か三年前。家の行事かなんかでいつもは入れない神殿の中に入ったときのことだ。



 神殿は木造で煌びやかではなく、むしろ寂しい感じで、そこまで大きくない。中に入るとほとんど真っ暗になっている。真っ暗だが自然と恐怖は感じなかった。

 中はずっと一本道になっており、そこを下っていく。そうしていくうちに広い空間に出る。そこは神殿の地下に位置しており、ゴツゴツの岩で囲まれている。地価にもかかわらず寒さを感じない暖かい空間だ。

 そしてそんな場所に神はいたのだ。

 暗さのせいでその姿ははっきりと見えなかったが、確かにそれは神だった。神と直感的に分かった。



 なぜこんな経験をしているかと言うと、何を隠そう我が家、アマツカエ家というのはその神――名前を『天神』様に仕える巫女の家なのだ。


 何でも昔、この国――セオス王国にはそれはそれは大きな力を持った神様がいました。その神様はその力で人々を助けてくれていました。ですがある日、神様は暴れるようになりました。人々は神様を鎮めようと色々してみました。ですが鎮まることはなく、暴れまわりました。人々が困り果てていると、東の方から不思議な格好をした人間が現れました。その人間は人々にどうしたのかと尋ねました。困り果てていた人々は藁にもすがる思いで訳を話しました。するとその人間は自分に任せなさいと言いました。人間は神様の前に立つと舞を踊り始めました。すると神様は段々と鎮まっていき、最後には元に戻ったのでした。


 という訳だ。

 この話に出てくる神様が天神様。そして人間というのがアマツカエ家の先祖なのだ。

 天神様を鎮めた後、先祖は天神様に仕えることになり、それが代々今まで続いているのだ。



 私が知っているこの世界のことはこれぐらいだ。


 十分しか経ってないな。


 退屈だ。退屈だ。

 ……。

 ……。

 ……。


 退屈なので今度は妄想をしよう。

 私の夢『雨の中でカッコよく刀を振るう』の妄想だ。妄想なら終わりがないからいくらでも時間が潰せる。


 う~ん、そうだな使うのはやっぱり刀これは譲れない。この世界のメジャー武器としては剣とかだがやっぱり刀だ。

 剣も悪いわけではないが、なんか違う。剣だと斬るというより叩き切るというイメージだ。決してそれだけではないというのはわかるが、それでもやはり一度イメージを持つとなかなか離れない。私的なカッコいいというのは力よりも技がメインというモノだ。よって、私のイメージどおりの刀が最高だ。


 戦うときの姿はどうだろう?

 和服。

 巫女服。

 軍服。

 メルヘンな服。

 ゴシックな服。

 あえての服装は気にしない。


 最後のはちょっとないな……。


 巫女服、軍服……ここら辺がやっぱりいいな。

 ただ、この世界、軍服とかないからな。騎士団の服装って確か自由だったと思うし。

 そうなると服とか自作できた方が良いよな……。作ったことないけど……せっかくだし作れるように練習とかしてみようかな。


 あっ、不思議の国のアリス風なんかも良いのでは?

 奇をてらい過ぎか……いや、悪く……ない? かも?



 想像は頭の中に巡りまくった。

 自分の成長した姿を想像し、何度も服を変える。刀を持たして、ポーズも変える。刀を振るわせる。


 まるで好きなアイドルとデートしたりする想像をするようであった。

 想像すればするほどその夢を叶えたいという思いは強くなった。


「はぁ……」


 そして、まだまだ夢には程遠く、歩み出してすらいない自分という現実がチラつき、ため息が出た。

 早く歩みだしたい。歩み出したい。歩み出したい。

 熱は冷めずに燃え上がる。



 前世においての剣戟好き。これは私にとってのある種の憧れであった。

 刀というロマン。

 だがそれを振るったりする時代はとっくの昔、昔の昔、大昔のもの。あの時代はそんなものは振るえない。振るったりすれば警察のお世話だ。

 そんな現実が私の剣戟好きへと繋がった。


 そしてこの世界ではそれが叶う。

 刀を振るえる。

 自由に振るえる。

 ならば憧れ以上のモノにしたい。自分の想像する以上の自分が理想的な場面、状況で刀を振るう。


 私の中の熱は、妄想と共にメラメラと燃え上がっていった。



 *  *  *



 私がニヤニヤと妄想をしているとドタドタとした音が外から聞こえてきた。そのあまりの音に私の意識は妄想から現実に戻された。

 音はどんどん近づいてくる。

 私はその正体がある程度想像できていた。


「ウイー! 晩御飯よー!」


 ノックもなく扉を開け、叫びながら現れたのはやはり姉様だった。

 姉様の服装はさっきまでの汚い着方だったお世話係用の服と変わり、割烹着姿だった。そしてその右手には食事の乗った御盆があった。


 時計を見てみるとすでに七時になっていた。流石妄想。底なし妄想。あっという間に時間を六時間も潰してくれるとは、さすがである。


「はい、ウイ座って」


 机に食事を並べた姉様はそう言いながら自分の膝をポンポンと叩いた。


 ここで問題です。

 今この部屋には椅子が二つある。一つは誰も座っていない椅子。もう一つは姉様の座った椅子。どちらに座るのが良いでしょう?


 思わず頭の中にそんな問題が流れた。

 さっきと同じように姉様の膝の上か、もう一つの椅子の上か……。

 姉様はニコニコとかわいらしい笑顔で膝をポンポンと叩きながら待っている。



 私はため息を吐きながら姉様の膝に乗っかった。乗った瞬間、スンスンという音がしたような気もするが、恐らく空耳だろう。


「食べさせる?」

「自分で食べる」


 さすがにそれは断らせていただいた。


 さて今晩のメニューだが、珍しくハンバーグであった。ハンバーグのお供はご飯とスープ。

 我が家ではいわゆる和食のようなものが多いのだが、今日は珍しい。


「今日のおかずはお姉ちゃん特製のハンバーグだよ~」

「えっ、す、すごーい」

「えへへ、そうでしょう」


 悲報。我が家の料理場は簡単に姉様の手に落ちました。

 姉様の行動力がちょっと恐ろしい。

 我が家の料理長は確か、気難しい性格だ。一食全てを自分の手で作れないなら料理はしないという大変めんどくさい性格なのだ。なのはずだが、さすが姉様製。いったいどんな手を使ったのか、私には全く想像がつかなかった。


「早く食べて食べて」

「うん。じゃあ、いただきます」


 ハンバーグに箸を入れて切る。すると切れ目から肉汁と美味しく焼けた肉の香りあふれ出てきた。そして一口サイズに切って口に入れた。

 アツアツの肉汁が口の中に広がる。思わず「アフッ、アフッ」となった。だが同時に旨味も口の中に広がった。


「はいはい、火傷しないように気を付けてね。はい、お水」


 口の中は熱いが、この味を水で流してしまうのはもったいないと、先に口の中の味を楽しみ、そして飲み込んだ。そうしてから私は姉様からお水を受け取り口の中に流し込んだ。



 食事はあっという間に食べ終わってしまった。

 姉様のハンバーグ、これは予想以上の美味しさであった。いつも食べる食事以上に美味しかった。もしこの世界が料理を競い合う世界だったとしたら、思わず私は素っ裸になってしまう。そのぐらいおいしかった。


「ケフー……ごちそうさま」

「良い食べっぷりねぇ」


 姉様はそう言いながら空になった食器を御盆に乗せ始めた。


「あっ、あの、姉様……」

「? どうしたのウイ?」

「えっと、私……いつまで部屋にいればいいのかな?」

「……んー、そうね。そろそろ大丈夫だと思うわ」

「そうなの!」

「えぇ」


 私は姉様にあることをお願いすることにした。


「じゃあじゃあ、そしたら私に剣を教えて」


 自分の理想はあの日の姉様の剣だ。

 姉様以上の腕前の人はいるかもしれないが、私にとっての理想は姉様の剣だ。私はあの剣に一目ぼれしたのだ。


「剣を……?」


 姉様の顔が少し暗くなった。少々雲行きが怪しい。

 だがここで引くわけにはいかない。押して押して押し通す。


「うん。教えて」


 少し緩くなった。だけどまだ暗い。

 もっと押すんだ。


 テレビで見たことを思い出せ。あの頃は少し苛ついた、あの子役たちの姿を。

 それを真似て、かわいく見せる。


「いいでしょう?」

「えぇ! いいわよ! 教えてあげるわ!」


 姉様は笑顔でそう答えるとスキップしながら部屋から出ていった。



 私の夢への一歩。小さな小さな一歩だが、私は歩み出した。

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