第6話 気まぐれ王子

 「大体お前は日頃から生意気で可愛げが無くて…」


 ローレンス王子は腕組みしながら何やらクドクド私に対する文句を並べている。本当に勘弁して欲しい。

あれから今日までの8年間、私は何回ローレンス王子に『婚約破棄宣言』をされてきただろう?結局、あの時はその場にいたレオン様が必死になって思いとどまるように説得した為、婚約破棄は取り消されることになった。


しかしその後もローレンス王子は何かにつけてすぐに『婚約破棄宣言』をするようになったのである。まるでその様子は私の反応を楽しんでいるようにも見えた。『婚約破棄宣言』は300回を超えたところで馬鹿らしくなって数を数えるのをやめてしまった。大体今日だけで3回告げられているのだから。



それにしても…こんなお説教を受けている暇など私には無いのに。今は少しでもドレスを縫う作業に取り掛かりたいのだが、一向に解放して貰えそうにない。王子様は余程暇人なのかもしれない。


その時―。


「おい?お前、さっきからボ~ッとして…俺の話を聞いているのか!」


突然大声を出されて、我に返った。


「申し訳ございません」


全然話を聞いていませんでした。


「お前なぁ…だから俺はお前を!」


バシンッ!


ローレンス王子様は机の上を右掌で思い切りたたき…。


「うっ!い、痛いっ!」


突然呻いて左手で右掌を押さえた。


「どうしたのですか?」


声を掛けると王子様の手の平から血がポタリとテーブルの上に垂れたのだ。


「キャアアアッ!王子様っ?!」


私は慌ててローレンス王子に駆け寄った。


「う、うう…痛い…」


しかし、相当痛いのか、王子様は返事もせずに唸っている。見るとテーブルの上には糸切狭が乗っていた。どうもテーブルを叩いた拍子に挟みで掌を傷つけてしまったようだ。


「大変!このままじゃ…!」


私はテーブルの上に置いておいた端切れを切り裂くと王子様に言った。


「私に掌を見せて下さい」


「う、うるさい…騒ぐな。傷に響くだろう…?」


顔をしかめて私を見る王子様に言った。


「いいから早く!」


「…」


王子様は渋々私に傷を負った掌を差し出した。…良かった。思ったより傷は深くないようだ。早速切り裂いた端切れを王子様の掌に巻き付け、強めに縛った。


「おい、い・痛いだろう?もっと優しく縛れ」


文句を言う王子様に言った。


「申し訳ございませんが、少しだけ我慢して下さい。きつめに縛っておかないと血が止まりにくいので」


言いながら手の甲で端切れを結ぶ。


「はい、これで大丈夫です。でも後でちゃんと傷をお医者さんに見せて下さいね」


笑みを浮かべて王子様を見る。


「…」


しかし、王子様は何故か呆けた顔で私を見ている。


「ローレンス王子様?」


呼びかけるとハッとなって咳払いした。


「ゴ、ゴホン。そ、その…傷の手当て、一応礼を言うぞ」


「いいえ、そんなのは当然のことです」


仮に王子様の血で縫いかけのドレスを汚されたらたまったものではない。ドレスを守る為には当然の事なのだから。


「え…?」


王子様は意外そうな顔をする。何故そんな顔をするのだろう?


「な、成程…そう言う事か」


やがて王子様は口を開いた。


「え?何の事ですか?」


すると王子様は腕組みすると言った。


「お前…俺に婚約破棄を告げられ、それを取り消して欲しくて俺の傷の手当てをしたのだろう?」


「…そうですね」


本当は違うけれども、反論するともっと文句を言われそうなので黙っていた。それよりも早くここから出て行って欲しい。王子様がいるといつまでたってもドレスの続きを縫う事が出来ない。


「よし…仕方ない。今回はお前の働きに免じて婚約破棄は取り消してやろう。だが、覚えて置けよ。俺が怪我したのはお前がこんなところに鋏を置きっぱなしにしたせいだからな?!全くお前と一緒にいるだけで俺の生傷が絶えやしない」


そして王子様はじろりと私を見ると言った。


「いいか?お前はいつ俺から婚約破棄されてもおかしくない立場にいると言う事を常に肝に銘じて置けよ」


それだけ言うと、ローレンス王子は家庭科室から無言で立ち去り、扉がバタンと閉じられた。


「…ふう」


やれやれ…やっといなくなってくれた。気まぐれ王子には困ったものだ


私は椅子に座ると再びドレスの続きを縫い始めた―。


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