とある異世界のカップメン

戸川 八雲

第1話 こうしてカップメンは出来上がる

「これだ、これこそ俺が求めていた物だ!」


 大きな声を出したこの人は。

 年は三十半ばだろうか、豪奢な対面のソファーに腰をかけ、歴戦の戦士を思わせる精悍な体つきをし、落ち着きのある貴族の衣装が筋肉によって張り裂けそうに見える。

 胸には勲章を沢山つけ、子供がやっと買って貰った玩具を使うがごとくそれを大事そうに掲げてキラキラとした笑顔を浮かべている。


 そのあまりの勢いと、体とギャップのある笑顔と行動に。


 現実逃避的に何故私はここにいるのだろうと思いさす。


 ◇◇◇


 それはある晴れた日だ、いつものように市で露店を開き、私のスキル〈異世界取引〉によって手に入れた商品を並べていく、カップ麺に即席袋麺やフリーズドライのスープの素、コンソメ等は保存が効いて尚且つ美味いと冒険者や行商人によく売れるのだ。


 勿論他にも美味しい物は沢山ある、がしかしだ逆に美味しすぎて問題がある、あまりに美味しいものは、お金持ちや権力者に目をつけられる恐れがある。


 戦う能力のない私にはそれはすごく危険で、見た目が乾燥しているコンソメや麺は保存食とみなされるので、新鮮な物ほど高級だという固定観念のある町の人間には見向きもされず。


 例え美味いしいという噂を聞いても、保存食はまずいなんて先入観のある彼らはわざわざ食べてみたりしないだろう。


 つまりこの、流れの行商人や各地を移動する冒険者を相手にする、保存食専門の露店は私にとって利益と安全を確保する最高のおみ――


「すみません、少しよろしいでしょうか?」


 執事の恰好をした、ついセバスチャンと呼びたくなるような初老の男性が声をかけてくる。


 ◇◇◇


 先ほどから大事そうにそれらを撫でている伯爵様の後ろには、先日私を訪ねてきた初老の執事が微動だにせず佇んでいる。


 ふと顔をあげた伯爵様は。


「すまんな、つい興奮してしまった」


 顔を元に戻し語り掛けてくる。


「これはこの世界の食物ではない、という事は君は異世界転移者という事になるな?」


 ここは嘘をつくべきではないだろう、私はハイと素直に頷いておく。


「安心しろ私も転移者だ、悪いようにはせん」


 あ、やっぱりそうなんだ、反応からしてそうだとは思っていたけども、それに私を利用しようとかそういう感じはしないし、ペコリと頭を下げておく。


「うむ、それではちょっと行儀が悪いがもう我慢できぬのだ、この買い取った〈赤いきつね〉と〈緑のたぬき〉はこの場で食べさせて貰うぞ、セバス!」


 伯爵様がパチリと指で音を鳴らし執事に呼びかけると、何故か水差しのような物を持っている執事さんが近づいてきた、湯気が見える、どうやらお湯のようだ。

 貴方さっきから伯爵様の斜め後ろから動いてないですよね……一体どこから……。


 伯爵様は慎重にカップのフタを半分あけ、スープの粉などを入れ、お湯を注ぎそわそわと時間がたつのを待っている、しばらく待った後にフタをすべて取り去り、とそこでセバスさんが伯爵様にお箸を渡している、タイミングが完璧だ、お箸は何処から出したの?


 ずっずっと麺をすすりあげ、スープを一口、そこで伯爵様が顔をカップの上にかぶせ前のめりになり肩を震わせている、顔が見えないけれども感動してる?


「これだ、この味だ、部活から帰ってくると夕飯まで待てず母親に腹が減ったと催促をし、それならこれでも食べてなさいと笑いながら投げてきた〈赤いきつね〉、美味かったなぁぁ、夕飯の後に物足りぬと食う〈緑のたぬき〉、美味かったなぁ! デザートも麺なのかと俺を見て笑う母親と父親の前で食うカップメンは本当に美味かった……」


 あ……あれ?伯爵様の隠れた顔からカップに水滴が落ちてる? ってこれ泣いてる? 泣いてるの!? えええ、男の人ってこんなに涙をぼろぼろと落として泣く事なんてあるの? どどどどうしよう。


「父さん母さんごめんなさぃ」


 小さく呟くようにして両親に謝罪している伯爵様、それを見てると父と母、妹に弟とももう会う事の出来ない自分の境遇を思い出し、私も貰い泣きしそうに、って。


 セバスさん、なんで泣いてる伯爵様の横でもう一つのカップメンにお湯を入れているんでしょうか、転移者でもなさそうなのに作り方が完璧だし、私とか初めては蓋を全部はがしちゃった事もあるのに。


「ご主人様、麺が冷めてしまいますよ」


 セバスさんがそう呼びかけると、勢いよく顔をあげる伯爵様。


「うむ! そうだな美味い時に食べてやらねば、これを作った者に失礼だったわ!」


 そういってズルズルと流し込むように一気に食べていく伯爵様、スープも飲み干しテーブルにカップを置く、そして二個目のカップメンを伯爵様の前に移動させるセバスさん、そのタイミングがお湯を入れてから丁度五分ぴったしくらいな気がする、これが執事スキル持ちの力か……、驚愕にごくりと喉を鳴らす私。


 そんな中二個目を食べ終えた伯爵様は。


「ご馳走様でした、美味しかった」


 手を合わせ満足そうな顔をしていた、それを見ているとなんだか私も嬉しくなってしまい。


「ええ美味しいですよね関西タイプ」


 と、つい声をかけてしまう。


「関西?」


「ええ、もちろん東のも美味しいし他のも美味しいからいつも迷っちゃいますよね」


 この世界の伯爵なんて気軽に声をかけれる存在では無いのだけれど、同じ転移者であり、泣き顔を見てしまった後の気軽さもあり、つい友達のように話しかけてしまった。


「つまり俺の知らない色々なタイプのカップ麺が存在すると、いやもしかしてカップ麺以外にも取り寄せる事が出来るのか?」


「あ、はい、そういえば私のスキルの事を詳しく説明してなかったですね」


 そうして自身のスキルを説明する、とある会社の商品だけだがこちらの世界のお金で買う事が出来ると、様々な商品名を連ねて説明していくと、商品の名前を聞くたびに、驚いたり呆気にとられたり、百面相をする伯爵様の顔はなんだかちょっと幼く見えて可愛らしく感じた、筋肉に気を取られてたけどよく見るとイケメンだよねこの人。


 商品説明の途中で上を向き何か考え込み始めた伯爵様、説明を止め様子を伺うと、急にこちらに顔を向けテーブルの上に体を乗り出し、私の両手をとり伯爵様の大きな両手で握り込み、まっすぐに私の目を見て。


「俺の家に一緒に住んで貰えないだろうか?」


 って顔が近い近い近いちかー-い、さっきイケメンだと認識してしまったので、この距離で見つめられるのは、なにかすごく恥ずかしい、顔が熱い、赤くなっているだろうそれを隠したいが手を放してくれない、誰かヘルプミー、とセバスさんの方を見て助けてと目線で送る。


 頷いだセバスさんは。


「初めてあった女性にいきなりプロポーズは少し早いですよ」


 そう呼びかけた、ってそれは助けじゃなくてオウンゴールだセバスさん!


 ぅえあぅぁ! と妙な叫び声をあげ手を放してくれた伯爵様は、椅子に座り直しながら。


「違う! 違うぞ! プロポーズではないぞ! なんで俺がそんないきなりそんな、ただ一緒に住めればと、いや別に貴方が魅力的でないという訳じゃなく、どちらかというと学生の頃に好きだったアイドルに似て可愛いなとか思ってたし、って違うこんな事を言いたいのではなくて!」


 混乱してるのか言動が滅茶苦茶な伯爵様、そうか私はアイドルに似てるのか。


「判っていますよ、私のスキルで出せる商品が懐かしかっただけですよね」


 そうフォローをしておいた。


「んむ、いやまぁそれだけでは無いのだが、ああ、うん、まぁその、だ、転移者が一人で生きるには辛い世界だし考えてはくれないだろうか」


 じっとこちらを見てくる伯爵様、私はもう、この精悍なんだか幼いのかよく判らない人ともう少し話をしてみたいと思ってしまっていた。


「そうですね、後ろ盾は欲しいと思っていましたし、お願いしてもいいですか?」


「勿論だ」


「それなら、これからよろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしくお願いする、そういえばまだ名前を聞いてなかったな」


「そうですね、私も貴方の名前を知りません」


 お互い見つめあい同時に吹き出してしまう。


「ふふっ」

「くくく」


 ひとしきり二人で笑いあった後。


「私の名前は――」

「俺の名前は――」

















「ところで伯爵様、言葉使いが最初と変わってませんか?」

「ん?ああ、貴族になったんだから偉そうにしろってうるさいのが居てね」



side 地球

―――

母「お父さん、私ね××君が幸せそうに笑っている夢を見たの」

父「奇遇だな俺もだ、居なくなってから一月も立ってないのに、何故か年は食ってたが間違いなくあいつだ、あいつの部屋に貼ってあるポスターの子に似てる女の子とデレデレしながら会話してたな……」

母「なんでだろう、間違いなくあれは現実だと確信できちゃうの」

父「俺もだ」

母「神様の仕業とかどうでもいいわ、是非、孫の顔も見せて欲しいわねぇ」

父「そうだな」


―――

弟「俺ねーちゃんのあんな姿見たくなかったよ……」

父「あの子に彼氏が出来ると、あんな風になるんだなぁ」

妹「でも幸せそうなねーさまの笑顔はいつもの笑顔だったよ~?」

母「そうよね、あの子が幸せなそうならそれでいーじゃない。ま、あの子も私の娘だったって事ね男の転がし方が似てるわ」

妹「そうなの?パパ」

父「ノーコメントで……」

弟「これからも、ちょくちょく見せてくれるって、あの神様言ってた……、バカップルを眺める夢とか少女アニメかよ」

母「いいじゃないママはすごい楽しみが出来たわよ~」

妹「私も私も~いい勉強になるし~」

父「こうして小悪魔がまた一人増えるのか」



終わり。

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