第7話【薬の使い道】
「それにしても……こんな格好をしなければいけないところなんて、いったいどこへ向かうおつもりなのですか?」
俺はエラに同行を申し出、許可を得たわけだが、彼女の指示でとても貴族との関わりが分からないような服装、端的に言えば市民が着るそれよりもひどい姿をしている。
しかも、エラは普段から用意しているため、それでもまだまともといえる見た目だが、急ごしらえの俺の纏っているものはまるでひどいものだった。
「ごめんなさい。でも、こうでもしないと近寄るのも難しいところなの。場所はこの街の西の端よ」
「西の端? あそこらへんは職人通りがありますね。職人たちに薬を売るので?」
「違うわ。それはここよりも西だけど、もっと西側があるでしょう? それに、この薬を売るだなんてとんでもないわ」
「さらに西ですか……まさか! エラ様。まさか、貧困街に赴かれるつもりではありませんよね?」
バジーレ候領の中心地であり、エラたちが暮らすバジーレ候爵家の本邸があるこの街は栄えており、市民たちも暮らし向きはいい方だ。
だが、光があれば必ず闇も存在する。
この街の西に広がる貧困街。
それはこの街に存在する闇だ。
市民税が払えず街に住めなくなったものや、捨て子などの孤児など、市民権を持たずその場限りの生を生きる者たちが集まる場所。
この街に限らず存在し犯罪者の温床となっており、国としても問題視している場所だ。
そんな場所に侯爵家令嬢であるエラが何の用があるというのだろう。
「そのまさかなの。ね? あそこへ行くのに、普段の恰好なんてできないでしょう?」
「それはそうですが……危険すぎます! あんなところへ行くなんて!」
もし貴族だと一目で分かるような格好で貧困街などにろくな護衛も付けずに行けば、一瞬で身ぐるみはがされ最悪殺されてしまうだろう。
いや、もしかしたら死ぬ方がまだましだと思うような目に遭うかもしれない。
しかし、危険を伝える俺にエラは悲しそうな顔を俺に向けた。
「そう……あなたもそうなのね。仕方ないわ。同行はやっぱり不要よ。私一人で行くから。あなたは戻ってちょうだい」
「い、いえ! そうは行きません! 貧困街へ向かうというのならば、なおのこと一人で行かせるわけには。こう見えても、多少の武術は身に付けています。危険が迫ってもエラ様一人守るくらいなら――」
「いいえ。そんなことにはならないわ。着いてくるというのならそれでもいいけれど、皆さんに失礼な発言はしないよう気を付けてね?」
「は、はぁ……」
どういうことだ?
今まで色んな貴族の娘を見てきたが、俺が知るどんな令嬢ともエラが違うということだけは分かる。
少なくとも口ぶりからして彼女は貧困街に頻繁に訪れている。
まさか、貧困街に潜む犯罪者軍団と手を結んで何か企んでいるのだろうか。
そうだとしたら、大したものだ。
とにかく、彼女が貧困街で何をするつもりなのかこの目で確認しなくては。
そんなことを思いながら、エラの向かう場所へと黙って付き添う。
たどり着いたのは家と呼ぶのもはばかられるような、壊れかけた建物だった。
「ここよ。あなたは外で待っているかしら? それとも、一緒に中へ?」
「もちろん中までご一緒させていただきます」
外で待っていてはエラが作った薬を誰に渡し、何を企んでいるのか分からない。
崩れそうな建物の中に入るのは若干不安はあるが、ここはためらうわけには。
「そう。じゃあ、中にはできるだけ静かにね」
そう言いながらエラは恐れることもなく、建物へ入っていく。
中に入ると、多くの視線が俺とエラへと向けられた。
そのうちの一人が笑顔でエラへ声をかける。
「エラさん! 今回は予定より遅かったな!」
「ごめんなさい。少し予定外のことが起こって。でも、きちんと予定通りの薬は持って来たわ。さぁ、これを使ってね。少し使うだけで良くなるはずだから、皆にいきわたると思うわ」
「毎回ありがてぇ。エラさんのおかげで、ここんところ一人も病死も怪我が原因で死ぬやつも出てねぇ。ほんとう、感謝してもしきれねぇよ。ところで、そっちの坊主は?」
エラから薬を受け取った男は俺に目線を向け、眉根を寄せる。
よく見ると男の左腕は肘から下がなくなっていた。
「俺は――」
「ああ。この人は、薬作りの手伝いを頼んでいる方なの。普段は顔を見せたがらないのだけど、今日は特別、一緒に来たいと言ったから連れてきたのよ。ねぇ? カイン?」
「え、ええ。そうです」
エラは俺に向かってウィンクをする。
どうやら、恰好を変えているだけじゃなく、身分も隠しているようだ。
従者がいるなどと知れてはいけないということなのだろう。
エラの説明に、男は満面の笑みを俺へと向ける。
「そうか! カインさん。あんたもエラさんが持ってきてくれる薬を一緒に作ってくれてたんだな! ありがとう! 本当にありがとう‼ エラさんに教わって、簡単なものは自分たちでも作れるようになってきたが、難しいのはまだまだだ。エラさんの持ってきてくれる薬がなきゃ、俺らのだけじゃ、助からないやつだってたくさんいる」
「簡単なものとは?」
俺はつい疑問を投げかけた。
男は笑顔のまま答える。
「そりゃあ、薬に決まってるじゃねぇか。ある日突然エラさんがここに来たときは驚いたぜ? いきなり薬で死にそうなやつを助けてくれるわ、俺らにも薬の作り方を薬草の育て方から教えてくれるわで。いくら聞いても名前以外は俺らに教えてくれねぇけどよ! 俺らは勝手に聖女様って呼んでんだ」
男の言葉に俺は思わず見開いた目をエラに向ける。
エラは少し困ったような顔をしていた。
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