第2話
「部長がそう仰るなら。皆さん、これからよろしくお願いします」
「部長!?」
「ちょっと、米田!」
仲村真美は小声で嗜め、肘鉄をくらわせた。
米田翔太は阿保なので、考えたことがそのまま口から出る。
後に続く言葉は「この人が!?」だろうと皆予想したが、米田翔太は口を結んだ。
退勤時間丁度。
「いや〜、お疲れさん!お疲れさんやで〜!先帰らしてもらうけど、皆遅くまで仕事したらあかんで〜!ほな!お先ぃ!」
「お疲れ様でした〜」
「お疲れ様でした…」
先輩社員が挨拶をしたので、とりあえず続いてお疲れ様でしたと言ったが、新入社員たちは驚いた。
退勤時間丁度に退勤していいものなのか、と。
「今、え?もう帰るの?って思ったでしょ」
「あ、はい」
キャスター付きの椅子でサーっと移動して、小泉真理子の背後から話しかけてきた。
「あれね、わざとなんだよ。柴田部長は、長である自分が残業していたら部下の私たちが帰るタイミングを逃すんじゃないかって、あえて一番に退勤するんだ」
一つ上の先輩社員は、まるで自分がそうであるように、どこか自慢げだ。
柴田部長は優しい人だ。
小泉真理子は、新しい環境に早くも安心感を得た。
次の日。
今日も電車内はやや混んでいる。
満員というわけではないが、立っている人が多く、その間を縫って歩いて電車内に入らなければならない。窮屈だ。
少し先に柴田部長の姿を見つけた。
昨日とは違い座席に座れたようだったが、近くの女性に席を譲った。
「すみません、ありがとうございます…」
「かまへん、かまへん!お大事にな〜」
女性は申し訳なさそうにしながら、どこか安心したような顔になった。
その女性は小泉真理子と同世代ぐらいだが、よく見ると、鞄にヘルプマークを付けていた。
ヘルプマーク。
内部障害や難病を持つ人など、見た目では分からない疾患を抱えている人が、援助や配慮を必要としていることを知らせるためのものだ。
電車の優先座席の窓にそのように書いてあるステッカーが貼ってある。
小泉真理子は母親がヘルプマークを使用していたので認識していたが、一般人が認識しているかと言われればそうでもない。
柴田部長は優しい人だ。
改めてそう思った。
「おはようさん!おはようさん!みんな元気かー?今日もよろしくな〜」
柴田康明は後輩社員に声掛けをする。
その関西弁はどこかエセ関西弁である。
朝会の後、新入社員たちの元へ柴田康明がひょこひょことやってきた。
「なぁなぁ、ここのコレ、どうするか分かる?よかったら教えてもらえへんかなぁ」
柴田康明は資料を片手に新入社員たちに聴いてまわった。
「ここはこのキー、次にこれは、これですね」
大崎絵美は、いかにも優等生らしく、手際よく作業を教えた。
「あ、ここはたしか、これをこうやって…、この表示が出たら確認です!」
米田翔太は、覚えたばかりの作業を少し得意げにやって見せた。
「あ〜!そうかぁ!みんなすごいなぁ。教えてくれてありがとうやで!」
柴田康明は、なんだか嬉しそうにひょこひょこと歩いて自分のデスクへと戻った。
「…ねぇ、部長なのにこの程度の作業を知らないって…どうなんだろう」
小さな声で、しかし愚痴をこぼすように、大崎絵美は呟いた。
他の新入社員たちも同様に思っていた。
その小さな声に聞き耳を立てている柳田正志。
その顔は、唇の片方が上がっていた。
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