クリスマスツリー

Nao

クリスマスツリー

「タヌキとキツネどっちが好き?」

「え?」

「だから、タヌキとキツネ」

夜11時のコンビニ。私がどのアイスにしようか迷っている時、緑色のカップと赤色のカップを両手に持ちながら彼が訪ねてきた。

「あ、緑の“たぬき”と赤い“きつね”か」

どっち?と彼は尋ねながら少し楽しげだった。

「じゃあ赤いきつねで」

本当はどちらでも良い。でもなんとなく得した気分になれるお揚げがあるから赤いきつねに軍配が上がった。

「えー、俺たぬき派なのに」

どっちでも良いじゃん。と笑いながら私は買い物カゴの中にカップ麺を入れさせた。彼が好きなシャーベット系アイスと私が好きなクリーム系アイス、それと緑色と赤色がカゴ中でころころ転がってぶつかりあった。レジに並んでお金を支払い、外に出た。

「「さむっ」」コンビニの暖房から外に放り出された私たちはくっつくようにして帰路についた。11月末の夜はもう十分冬だった。

     Δ

彼と付き合い始めたのは私が1年生の夏休みの時からだった。大学で同じサークル、たくさんいるサークル内カップルのうちの1つが私たち。彼は今3年生で私は2年生。1つ上の歳だけど、彼の明るい性格と母性本能をくすぐるかのような子供っぽい性分が、私と彼との年齢差を感じさせなかった。そしてそんなところが、私が彼を好きになってしまった理由だった。身長は私より大きいが、顔はそこまでかっこいいわけじゃない。髪はボサボサな時が多いし、服のセンスも良いわけではない。けどなんとなく好きになってしまった。夏休みの雰囲気に酔っていただけかもしれない。けれど、夏の暑さがなくなっても、その酔いは覚めることはなかった。嫌いになる理由にならなかった。告白したのは私からだった。彼も私のことが好きだと言ってくれた時はすごい嬉しかったのを覚えている。

恋人という関係になってから、私たちは土曜の夜はどちらかの家に寄るようになった。時々土曜の夜以外に家による日もあった。お互い一人暮らし大学生だったから、食費を抑えつつ、孤食を避けるための簡単で単純なご飯会だった。ホットプレートで餃子作りながらNetflixで映画を観る。チューハイとキャベツ太郎を食べながらswitchでゲームをする。鍋を突っつき合いながらYouTubeで面白いと思った動画を見せあう。くだらないことでも話しをして、盛り上がれて楽しかった。彼が私の家に来た時は、普段はしないのに手料理を作って食べて、私が彼の家にいく時は、おつまみと酒が一食分だった。

     Δ

電気ケトルがカチッと音を鳴らした。彼は手際よくカップ麺の包装を外して、火薬を入れて、お湯を注いだ。YouTubeを流しながら私たちは時間を待った。3分後、彼は緑色の蓋を開けて、天ぷらをとぽん、とのせた。私も赤色の蓋に手を伸ばした。

「まだじゃない?」彼は天ぷらにつゆをつけながら言った。

「え?」

「ほら、きつねは5分じゃん。」

あ、そうだった。赤いきつねはうどんだから蕎麦と違ってちょっと時間がかかる。少し開けてしまった蓋をもう一度閉めた。

彼はおいしそうに麺をすする。天ぷらは三日月になって浮かんでいた。

「半分はサクサクを楽しみ、半分はシトシトを食べられるくらいの大きさになるようにかぶり付くのが通の食べ方だ」ニヤリと笑いながら彼は言った。

「しらないよ」と応えつつ私は少し笑ってしまった。

5分経ってないけど私は蓋を開けてお揚げをつゆでひたひたにしてかぶりついた。猫舌の私にはちょっとキツかった。

「あっつっ」ちょっと火傷した。

「だいじょうぶ?ふーふーしてあげる?」彼はからかうように言った。

平気、そう応えて私も麺をすする。ちょっと早めに食べると、麺がお菓子風味になる。

「インスタントの麺は早めに食べるのが通の食べ方だから」私が彼に向かってニヤリと笑いながら言った。

「わかってんじゃん。きつねちょっとちょうだい」

私たちはよく互いのご飯をシェアする。容器を交換して、私はそばをすすった。

「あ、緑のたぬきのほうがしょっぱい」私はちょっと驚いた。

「ほんとだ。きつねはちょっと薄い。あー、でもお揚げうま。」彼はお揚げに思いっきりかぶりついていた。遠慮がない。でも、ちょっとわがままな子供っぽい。こう言うところが好きなんだと思う。何気ないところでも楽しめる。

私たちは食べ終えると、コンビニで買ったアイスを食べた。しょっぱい口の中が甘いアイスクリームで真っ白になった。もちろんアイスもシェアした。窓の外では例年より早い雪が降っていた。

     Δ

それからも私たちは互いの家に行ってご飯会をした。何人か友達も呼んで鍋パーティーもたこ焼きパーティーもした。二人で外食に行く時もあった。デートもたくさんした。彼が私の家に来る時は手料理を作るので、少しづつ料理の腕は上達した。相変わらず彼の家ではおつまみと酒の日が多いが、献立にカップ麺が追加された。赤いきつねと緑のたぬきだ。彼はほとんど料理しないので、元からカップ麺が常備されていた。いままではたぬきが多かったが、赤色の容器が少しだけど常備されるようになった。

べつにきつねが特別に好きってわけじゃないんだけど、内心そう感じていたが、私は嬉しかった。おかあさんが、私が好きって言ったわけでもないのに少し褒められた料理をお弁当にいつも入れるみたいで。彼の家に私がいるみたいで。

緑と赤でクリスマスツリーみたいと言ったのは、ちょうど彼が大学を卒業する年度のクリスマスイブだった。付き合い始めて2年と4ヶ月が経とうとしていた。

     Δ

彼が卒業し就職してからというもの、私たちは少しずつ会える日が少なくなっていった。最初のうちは土曜日の夜に集まった。しかし彼は会社の用事が増え、私も就活や卒論で忙しくなっていった。春が過ぎて、夏が終わって、秋が暮れた昼休み、彼から一本の電話がLINEに入っていた。大学の講義の途中で出られなかった。折り返して電話をした。3コール目に彼がでた。ちょっと話があるから、今週末会えるか、という内容だった。嫌な予感がした。うん。と応えて、私の家で良い?と聞いた。彼は、大丈夫、ありがと。と応えて電話を切ってしまった。『おいしい料理作って待ってるから』とメッセージを書いたが一回消した。そしてもう一回書いて送った。既読がついたのは夕方だった。

     Δ

私はカレーを作って待っていた。失敗することも少ないし、香りでなんとかごまかせられるから、彼が家に来てくれるようになった最初の方はカレーばかり作ったのを思い出した。彼がおいしいと言ってくれたから何度も作った。

7時には行くとLINEしてくれたのだが、8時になっても彼は来なかった。カレーはすっかり冷めてしまっていた。私は『まだ?』とメッセージを送って、携帯を握り締めていたが返信される気配はなかった。

9時を回った頃インターホンがなった。来た。私はすっかり冷めてしまったカレーの鍋に火をつけて、玄関のドアを開けた。

「ごめん、遅くなった」

久しぶりに会った彼は前より大人っぽくなった気がする。

「カレーの匂いする。カレー作ったの?」彼は訪ねた。

「うん」外はだいぶ寒かった。

「火にかかったままだから、早く上がって」

「いや、大丈夫」

どきっとした。少し前からわかっていた。連絡が来た時にはそんな気がしていた。

「ごめん、わかれよう」

ぱしゃん、とこぼれ落ちたような一言だった。

「このままずっと会えないのは無理だし、お互いに会いに行くことで迷惑になるのは避けたい。ごめん。」

冷たい風が彼の髪を揺らした。

「でも、もう少しでわたしも就職するし、それに...」

ごめん。彼はそう言って行ってしまった。私の足元に冷たい風がふいて、部屋の暖かさを奪っていった。カレーは焦げてしまった。

     Δ

12月24日、大学生最後のクリスマス。街はクリスマスカラーでいっぱいだった。白色に赤色、そして緑色。イルミネーションが眩しい。イブの夜はサークルの同期の女友達で飲みに行った。みんな愚痴ばかりをこぼした。就職の話、家族の話、そして恋愛の話。遅くまで飲んで、みんなすっかり酔ってしまった。

駅で解散して帰路に着こうとした。その時だった。

電車のホームに彼がいた。ボサボサだった髪は短く綺麗にしてあって、服もちゃんとしていた。そして、隣には一人の女性がいた。腕を組んで楽しげに笑っていた。きっと彼はあの女性に変えられてしまったのだと思った。別れた日に大人っぽく感じたのはそういうことだろう。子供のような笑顔だけは変わらなかった。

私は少しでも遠くの車両に乗った。目があつかった。車内で泣くわけにはいかなかった。ひっしにこらえた。彼とは同じ駅で降りていたから私は一つ前の駅で降りた。電車が発車し、明るい車内を見ると、肩を寄せ合って座っている後ろ姿が窓から見えた。目から一滴のあつい雫がおちて、冷たい水の線が頬にできた。

帰る途中で、私はコンビニに入った。店内にはほとんど人がいなかった。私はシャーベット系アイスとクリーム系アイス、そして“きつね”と“たぬき”を買った。レジに行って、支払い、外に出た。

さむ

やけに声が響いた。

     Δ

電気ケトルがカチッと音を鳴らした。私は手際よくカップ麺の包装を外して、火薬を入れて、お湯を注いだ。部屋着に着替えて、3分後、私は緑色の蓋を開けて、天ぷらをとぽん、とのせた。そして、赤色の蓋を開けてかき混ぜようとすると、麺がまだ固かった。まだじゃん、と言ってくれた彼はもう私には言ってくれない。

あ。。。涙が止まらなかった。思い出が一気に駆け巡った。

天ぷらが半分くらいになるように三日月型にかじりついた。ぽちゃぽちゃと涙がつゆの中へこぼれていった。

きつねのお揚げにもかじりついた。あつっ。口の中が火傷した。それでも飲み込んだ。

たぬきのそばをすすった。きつねよりしょっぱかったたぬきは、前よりも涙でちょっとしょっぱかった。

しみた。







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