十六口目 逃走⁉

 ――数時間後。

 不思議なお姉さんと別れた俺は、学院があるという大きな隣街〈エスプル〉へとやって来た。


 建物が〈マギナル〉から見えていたということもあり、今回の移動手段は徒歩。体力面での心配はあったものの、体躯からだが小さくなったからといって心配機能までおとろえてしまうということは無いようだ。


 道中で見た事もない触手のような植物や、熊と狐が融合したような生物を見掛けたが、近付いたら即バッドエンドだったであろう。幸いにも俺は背が低いので見つかる事はなかった。


 そして、ようやく辿り着いた街の入り口では門兵らしき人物が検問していたが、俺はぬいぐるみとして偶然通りかかった荷車に忍び込むことで、難無く関所を通過することができた。


「……よっと」


 馬が停止したタイミングで荷車から降りる。

 ここから学院とやらを目指す必要があるわけだが、どうやら道に迷う心配はらないようだ。何故なら、


「す、凄く……大きいです……」


 広大な敷地は東京ドーム何個分などというレベルを凌駕りょうがしており、案内板を見ると街の総面積の半分以上を占めているとのこと。

 校舎は清潔感のある白を基調としており、遠くから見えていた鮮やかな青色の円錐形の屋根は一際ひときわ目を引く存在だった。


 また、巨大な城壁で敷地全体を囲っていることもあり、学院自体がひとつの城郭じょうかく都市のように思えた。それこそぼう夢の国も顔負けな程にな。


「だけど、あそこで何を学べばいいんだろう? 鶏の俺が学校に通うわけでもあるまいし……」


 学院に向かって歩きながらそんなことを思う。

 ちなみにお姉さんから貰ったリーフレットには、油性マーカーで「学院はここだよ♡」と記された地図が載っているだけであった。


 森を挟んだ隣町からも見える建造物に向かうのに地図など必要ないし、寧ろ事前に伝えるべき情報が他にあると思うのだけれど、きっと四の五の言わずに学院へ行けということなのだろう。


「……ふう。ようやくここまで来たか」


 十分程歩いて、俺はようやく学院に到着した。


 しかし、大きな門の前には鎧を装備した門番らしき男達が待ち構えており、学院の敷地内に入るには、彼らの検問を突破するほかないようだ。

 どこに行くにも門番がいるし、この街はかなり厳重な警備体制が敷かれているらしい。


 ……さて、どうしたものか。


 俺が木陰に隠れて様子をうかがっていると、緑色の毛並みの成猫が門番の一人に近付き、その足にすりすりと頬をすり寄せながら甘え始めた。

 そして何と驚いたことには、門番に頭を撫でられた猫はすんなりと敷地内に入って行ったのである。


「――あれだ」


 その光景を見て、俺はある作戦をひらめいた。

 それは言ってしまえばただの模倣もほうになる訳だが、我ながら名案であるように思われたので早速実行に移すことにした。


 たったったったった……すりすり。


 俺は先刻さっきの猫と同じように門番に近付くと、その鉄の足に顔をこすり付けた。少しばかり痛いのを我慢して続けていると、予定通り門番が手を伸ばしてきて――


「……コケッ?」


 捕獲された。捕獲されてしまった。

 門番の手は俺の頭を撫でることなく、俺の首根っこを雑につかんでぶら下げた。


「何だこの変な生き物は……。大福餅みたいな格好しやがって」

「本当だ。凄え間抜けなつらしてんな」


 反対側に立っていたもう一人の門番がやって来て、持っていた鉄槍てっそうで俺の腹を突ついた。加減を間違えでもしたら致命傷だぞ、動物虐待反対!

 そして俺が刺されるのではないかと冷や冷やしていることなどつゆ知らず、二人は会話を続ける。


「それにしてもどこから来たんだろうな、こいつ」

「もしかしてよ、逃げ出してきたんじゃねえか?」

「は? 逃げ出したって……からか?」

「そうそう」

「おいおいマジかよ……。だとしたら、さっさと戻した方が良いんだろうな」

「だろうよ。あの学院長に文句言われるのは勘弁だし、今のうちに戻しとこうぜ」

「……そうだな、そうするか。それじゃあちょいと行ってくるからよ、ここは任せたぞ」

「うぃーっす」


 そうして別れた門番の男に首根っこを掴まれたまま、俺はどこかへ連行されることになった。彼らの言うがどこを指すのか分からないけれど、やはり鶏小屋が最有力候補であろう。


 それでも確実に言えることは、自惚うぬぼれに近い自信を持った一匹の鶏もどきの作戦が失敗したという事で……って、あれ?

 このたびが作戦、その本質は「学院の敷地内に入ること」であった。そして現在、俺は門の内側、つまり敷地内にいる。


 ということは、だ。当初思い描いていた道筋からは大きくれているものの、最終的な目標は達成していることになる訳で。


 ここで俺が取るべき行動は一つしかなかった。


「どりゃあああああああああああああああ!」


 目的を果たした以上、馬鹿正直に捕まっている道理はない。

 大声で叫び、じたばたと暴れ出す。


「なっ⁉ こ、こいつ……喋るぞ!」


 驚いた拍子に男は俺の首根っこから手を離したので、俺はそのまま逃走する。

 男は狐につままれた様子で数秒ぽかんとしていたが、はっと我に返ると慌てて追走を開始した。


「お、おい待て!」「嫌だよ!」「逃げるんじゃない!」「嫌だっ!」


 男の制止を振り切って、俺は全速力で走りながらどうにか隠れられそうな場所を探す。


「くそッ……校舎までは距離があるし、早くどこかに隠れないと!」


 そんな最中さなか、俺の目の前に現れたのは「改装中」と書かれた看板と立ち入り防止のさくだった。ご丁寧に有刺鉄線ゆうしてっせんを張り巡らしており、見るからに高圧電流が流れそうな雰囲気が。……デスマッチでもするのかよ。


 そうこうしているうちに、ある程度たもたれていた追手との距離がどんどんせばまってくる。


 前へ進むことも引き返すこともできないし、周囲には認証システムが搭載された鉄扉の小屋が一棟ひとむねあるのみで、逃げることは勿論どこかに隠れることもできそうにない。

 門番との距離が百メートルを切る。


「くそっ、こんな所で……!」


 もし門番の男に捕まったら、俺は卵を産む機械として一方的に搾取さくしゅされた挙句、何かしらの肉料理として食卓に並ぶことになるのだろう。雄だから卵は産めないけれども。


 いずれにせよ、これ以上はどれほど足掻あがこうが、わめこうが、どうにもならないのだ。助かりっこない。


 門番との距離――三十メートル。


「ああああああああああッッもうどうしてこうなるんだよぉおおおおおおお!」


 自分の身に降りかかった不運をなげき、拳を握る。それは、この世界に対するほんのささやかな抵抗の証。


 俺は小屋に向かって走り出すと、やり場のないいきどおりを込めて、鉄扉に力まかせに右翼みぎてを叩きつけた――


《ピピッ……認識完了……解錠ニ成功シマシタ》


 無機質な音声と共に鈍い解錠音かいじょうおんが鳴り、自動ドアのように扉が開いた。


「うわっ⁉」


 成り行きに任せていた俺の身体はその勢いをほとんど殺すことなくグルンと回転し、そのまま転がり込むようにして小屋の中へ。


 ウイィィン……ガチャ――。


 中に入ると、これまた自動で鉄扉が閉まり、すぐに施錠せじょうがなされた。無論俺は何もしていない。


 そして小屋の外から聞こえてくる、俺を呼ぶ男の声と鉄扉を叩く音。それは、扉が閉まるのとほぼ同時の出来事だった。


 扉は、もう開かなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る