二口目 賭け⁉

 現在所持しているポイントでは足りないようだが、どうにかして転生先を人類にすることはできないだろうか。


(あの、できれば来世も人間にしてほしいのですが……)


 意識上で姿勢を正して〈円環の管理者ペルセポネ〉さん(仮称)にへりくだってたずねてみる。


『ポイントガ不足シテイマス』

『保有スル〈三百二十八ポイント〉以下ノ転生先ヲ選択シテ下サイ』


 やはりだめか。

 あとたったの〈二ポイント〉を埋める事がこんなにも難しいなんて。冥界に消費者金融でもあれば良かったのに……。


(あのー……無理だとは思うのですが、少しだけポイントを借りることってできないですよね? そういったサービスがあったらなあ……なんて)


『コチラデポイントヲオ貸シスル事ハデキマセン』


(ですよね……)


 このまますべもなく己が人生の失策をなげくしかないのだろうか。


 ……ないのだろう。


 せめて地上で生活する生物を選んで死のうと、今となっては変えようのない過去にそでを振り、全てを諦めかけた――その時だった。


『オ貸シスル事ハデキマセンガ、ポイントヲ増ヤス手段ヲ提案スルコトハ可能デス』


 なん……だと……?

 ポイントを増やすことができる、確かにそう聞こえた。


(それは、一体……どういう……?)


『貴方ノポイントヲ代償ニシタ遊戯ゲームデス』

『説明ヲ希望シマスカ?』


(お、お願いします!)


『カシコマリマシタ』

『ソレデハコチラヲゴ覧下サイ』


 すると、目の前にルールが記されたポップアップ画面と三つの十二面体ダイスが現れた。


『コチラハ〈三百ポイント〉ヲ消費シテ挑戦スルコトガデキマス』

『挑戦者ハ、三つノダイスヲ同時ニ振リマス』

『ソシテ〈一〉カラ〈十二〉ノ出タ目ニ応ジテポイントヲ獲得スル事ガデキマス』


 一、三つのダイスを同時に振る

 二、〈十二〉以外の偶数のゾロ目だった場合は保有するポイントが十倍になる

 三、〈一〉以外の奇数のゾロ目だった場合は保有するポイントが五倍になる

 四、〈ニ、三、四〉等の偶数を頭にした階段の場合は〈百ポイント〉加算される

 五、〈七、八、九〉等の奇数を頭にした階段の場合は〈五十ポイント〉加算される

 六、〈一〉のゾロ目だった場合は転生先を自由に選択することができる

 七、〈十二〉のゾロ目だった場合は転生先がランダムに決定する


『以上ガポイントノ獲得およビ希望ノ転生先ヲ選択スル為ノ条件デス』

『コチラノルールニ同意シナイ場合ハ、保有ポイントガマイナスニナラナイヨウニ転生先ヲ選択シテ下サイ』


 なるほど。

 これでゾロ目や階段を作ることができればポイントを荒稼ぎすることができるってわけだ。

 特にピンゾロが出れば神様だって夢ではない……が、


(……役ができなかったらどうなるのでしょう?)


 それはふと浮かんだ素朴な、そしてとても重要な疑問だった。


『挑戦者ハ合計三回マデ挑戦スルコトガデキマス』

『タダシ三回目モ役ガデキナカッタ場合ハ』


(場合は……?)


『存在ガ消失シマス』


 消失。消滅ではなく、消失。


『コノ遊戯ゲームニベットスルノハ人生ノポイント、ツマリ貴方自身デス』

『負ケタ場合ハ、貴方ニ関スル記録ト記憶ガ地球上カラ抹消サレマス』

『貴方ヲ知ル者ハ居ナクナリ、転生スルコトモデキマセン』


 そして最後に『概念ト融合シテ〈〉ニナリマス』と言って〈円環の管理者ペルセポネ〉さんは沈黙した。

 まるで元からそこには何も居なかったような、何の余韻もなく、無限の静寂がのしかかってくる。


(……俺のターン、ですか)


 まさかたった三つのサイコロを振るかどうかで俺の来世まで左右される事になるとは。

 しかし、最初は存在が消える事に若干の恐怖を抱いたが、文字通り人生最後の大博打を打ってみるのも一興かなと、俺は考え始めていた。


(……やるよ。俺のポイントを使わせてくれ)


『途中デ放棄スル事ハデキマセンガ宜シイデスカ?』


(勿論。初めからそんなつもりはないさ。ここでやらずに来世がウミウシとかになったら絶対後悔するだろうからな)


『ワカリマシタ』

『ソレデハコチラノダイスヲドウゾ』


 三つのダイスが目の前にやってくる。

 この瞬間、もう後戻りはできなくなった。

 俺はゆっくりと息を吸って、吐いた。


(……いくぞ)


 一投目。

 音も立てず、ゆっくりとサイコロが転がってゆく。


 〈三〉〈五〉〈十〉


 何ともしょうもない組み合わせだと、そう思った。

 不思議と緊張はない。


『役ナシデス』

『チャンスハアト二回デス』


(……ああ。二投目、いくぞ)


 自分が投げる姿をイメージするだけで転がってゆくサイコロ達。

 代り映えもなく、静かに転がってゆく。


 〈六〉〈七〉


 そして、


(……〈十二〉か)


 惜しい。あと〈八〉がきていたら、偶数が頭の階段なので〈百ポイント〉貰えたのに。

 が、悔しさを味わう間もなく〈円環の管理者ペルセポネ〉さんの淡々とした案内が続く。


『役ナシデス』

『次ガ最後ノチャンストナリマシタ』


 その言葉を聞いた瞬間、


(……っ)


 消失する未来が暗黒と絶望の波となって押し寄せてきた。

 目元を押さえ、嗚咽を漏らす。先程までとは打って変わって次々と湧き出す数多の感情。

 俺は、ダイスを握る拳の震えと首をう汗の動線をはっきりと感じていた。


 ……怖い……怖い怖い怖い、怖い!


『ダイスヲ振ッテ下サイ』


(わ、分かってる! 分かってるから、ちょっと、ちょっとだけ待ってくれ……)


 存在が無くなってしまう事はこんなにも恐ろしいものなのか。

 ……いや、違うな。

 来世への希望が絶たれる事に恐怖しているのではない。

 俺は、俺自身が、三枝光芭という一人の人間が、人々の記憶から失われてしまう事が怖いのだ。


(……っ、こ、これは――)


 ふと思い出される生前の記憶。走馬灯と言うものに近いのだろうか。

 おしっこで黄色く染まった布団を前に大泣きする自分、下らない事で同級生と笑い合った教室の風景、母さんと一緒に過ごした二人きりの食卓、凄い量の映像が頭の中に浮かんでは消えてゆく。


 しかし、何事にも終わりは訪れるもので。

 恐怖と入れ替わりで「いつかはやらなければならない」、そんな諦めに似た気持ちが身体中を支配する。


 泣いても笑ってもこれが最後のチャンスだ。

 はっきりと聞こえる程に硬い唾を飲み込んで、俺は脈打つ鼓動に重ねるようにダイスをそっと手放した。

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