第199話フェルの種族

「結局は成果無しか」


 ごつごつとした岩場に腰を掛けながらそうつぶやくのはイロアスである。

 探し始めて三時間ほど、竜の痕跡どころか被害者の遺体すら確認できていない現状に三人は歯噛みしていた。

 付近の魔物に殺された可能性も考えて数匹ほど処理して内臓を開けてみたものの、中に入っていたのは魔物だけで人が通った様な痕跡すら無くなっている始末。

 どうしたって結局のところ行き詰まってしまう結果にエルピスも愚痴をこぼしてしまう。


「あれだけ探しても竜の痕跡すらないのは驚いたよ、どうしたら良いんだろ」

「依頼書は出ていたはずなんだがな」

「疑ってるわけじゃないんだけどね、そうなってくるとそうか……セラはどこに行ったと思う?」

「私の見解としては二通りね。義父様には失礼ですが、魔力の残滓を龍そのものであると勘違いしていた可能性。もう一つは次元の狭間に龍が隠れた可能性です」


 何もわからなくなった時はセラに聞くのが一番早い。

 そのことを経験則として知っているエルピスがセラに対して質問を投げかけると、それを待っていたかの様にして二つの答えを提示してくれる。


「前者はないと言い切れる、後者の説明をしてもらっても良いだろうか?」

「もちろんです。後者の場合は次元の狭間、この場合の狭間とは多次元空間の中に存在するこの世界の生物には認識できない世界を指します。

 そこに居るとすれば我々が分からないのも無理はないかと」


 ニル風に言わせると発想の違い、この世界の人間がそれを認識するのは非常に困難なことである。

 次元の狭間に竜がもし本当に居るとすればエルピスが認識できないのも仕方のないことだ、元々認識していたニルやセラとは違いエルピスは認識できない世界で生まれた生命でしかない。

 元々見えていたものが見える様になったのと、見えていない物を見るのとでは全く話が変わってくる。


「次元の狭間か……なるほどな」

「だとすると破壊神の信徒が敵になってくるのかな」

「でしょうね」


 エルピスの見立てでは海神だって別の次元を覗き見ることは難しそうだった、ならば他の神はというとそれもまたおそらく難しいだろう。

 認識できない物を認識しようとする行動自体そもそもする理由がないのだから。

 ただそうなると相手がどうやって次元の狭間に竜を送り込めたのかが理解できずエルピスが頭を悩ませていると、そんなエルピスの横で少し待ってくれと言い始めたのはイロアスだ。


「──待ってくれ、俺の知らない単語が飛び出してきてる」

「言ってなかったっけ。創生神なのは説明したよね?」

「ああ、もう聞き流したつもりだけどな」

「その時の敵がこの世界で復活しようとしてるんだよ、帝国に着いたら父さん達にも言うつもりだったんだけど」


 言っていたか言っていなかったか。

 エルピスの認識としてはイロアス達には龍種との戦闘に集中してほしいし、それでなくとも直接戦闘はエルピスが行うつもりである。

 暴走しがちな人類を抑え込むために両親を呼びに来たわけだが、それをこなすだけならば相手が破壊神であることを告げる必要も無かっただろう。

 そう判断してしまうのがエルピスの悪いところだ、ほうれん草は社会人の義務だが社会人を経験していない弊害がこういうところに現れているのだろうか。


「おまっ──まぁ良いや。なんで早く言わなかったんだなんて、一緒に居てやれなかった俺が言うべきでもないだろう」


 そんなイロアスの微妙に返答に困る回答をもらいながら、エルピス達は過去の話のすり合わせを行う。

 エルピスが大まかにイロアスに伝えたのは敵の内容と破壊神の復活についてだ、それさえ分かってしまえば後の問題はほとんど些事であると言い切っても良い。


「とりあえずその神徒とやらが敵になりそうなのか?」

「そうだね、龍は多分隠された状態で回復させてるんじゃないかな。瀕死の状態だったら多分俺の権能で完封できるから」


 龍種からの完全な攻撃無効化、それは龍神の権能のうちの一つでありそれを破る術は相手が龍神であることくらいだろう。

 だが邪竜は決して龍神になることはない、龍神は気高く高潔で知性あるものでなければならない。

 エルピスに気高さと高潔さを求めるのは無理があるが、知性に関しては多少とはいえ持ち合わせている。

 だが邪竜は知性を持っていない、他者を害するという行動理念でしか行動できないからこそかの存在は魔物なのだ、知性を望むべくもない。

 ならば他にどの様な方法があるかというと、エルピスに対して間接的に攻撃する。

 たとえば山を削ってそれを直接ぶつけるなどすれば、一応攻撃としては成立するのだ。


「分かった、状況はある程度理解した。クリムへの報告は俺がしておく、それとエルピス。悪いが全権を俺に戻すぞ、フィトゥス達以外の集めたやつは貰い受ける」

「元はと言えば父さんを信じてきてくれた人たちだからね、自由にしてよ」

「悪いな。俺は一旦家に戻る、エルピスは自由に動いてくれ」

「分かった」


 家の全権を掌握した事によって臨時的に当主となっていたエルピスはこれではれてただの息子に戻り、イロアスはアルヘオ家代表として返り咲くのである。

 基本的に一度譲り渡した地位をこうしてコロコロと入れ替えることはできないのだが、それを言い始めると様々な国に貴族位を手にすること自体基本的なものではない。

 イロアスがそうであると一度口にしたなら、それはそうなるのだ。

 転移魔法で飛んでいった父の背中を眺めながらエルピスはその場に腰を下ろすと、魔力で椅子を作り体を休ませているセラに追いかける。


「それでセラはどうすべきだと思う?」

「無茶をするなら次元の狭間を覗いてもいいけれど、下手に刺激して何が出てくるかわからないのは怖いわね」



 出てくるものの代表としてはまず水か。

 次元の狭間にある空間はこの世界にやってくると邪神の権能に近い性質の毒に代わる、エルピスならばどうとでも処理できるがあれはこの世界にあるべきではないものだ。

 次に時空の間に漂流しているゴミ、他の世界線の伝説の武具やそれこそエルピスが捨てている様なゴミもあるだろう、それに狭間の世界に生きている生き物もいるらしいという話を聞いた事がある。

 一番最悪のパターンは神徒と出会ってしまうことだ、破壊神に当たった場合は最悪を通り越して終わりだ。

 この中のどれにしろ二人では不安感が拭えない。

 直接戦闘、戦闘補助、撤退準備の計三人はどうしても必要だ。


「そうなってくると人数が欲しいな」

「──そういうと思って、僕だよ!」


 必要なときに必要な場所へ来るのがニルである。

 時空間に無理矢理開けた穴からひょっこりと顔を出し、自分の出番がやって来たとばかりにエルピスたちの方へとやってきたニルはいつも通りの顔でにっこりと笑った。

 疲労などは感じられずいくつかの技能でも問題ないという結論が出る。

 いたって健康体ということだ、大変素晴らしい。


「起きたんだなニル、寝込んでたけど大丈夫?」

「ちょっと無理した反動が来ただけだからすぐに治ったよ。エルピスが僕を必要にしている気がしてね、飛んできたんだ」


 その無理をしたちょっとというのが何なのか、聞いていないエルピスには分からないが桜仙種の村にいたころになにかをしていたのだろう。


「ありがとう、助かるよ。ニル以外はどうしてる?」

「アウローラ達はフィアちゃんと遊んでるよ。執事やメイドの人は多分今頃仕事してるんじゃないかな、フェルはなんかフラフラしてたけど」


 アウローラ達がフィアの対応に当たってくれているなら問題はない、目を離した隙にこちらに来るということもないだろう。

 フェルは実家が近いらしいのでそれで対応に追われているのだろうか、普段からふらふらとしている彼の行動はよく分からないところがある。


「おっけー。とりあえず次元の扉を一回俺が開けてみるから、ニルとセラで中を見れる?」

「いいけどエルピス、結構危ないよ?」

「リスクは承知の上でだよ。ほんの一瞬だけ開けて気配だけ確認するからそれが終わったらすぐに閉じる」


 両腕を捲り覚悟を決めたエルピスは、おそらく龍がいたであろう気配が最も強い場所に立ち数多の権能を発動させる。

 レネスと戦った時よりも更に多い権能の同時使用、それを持って次元の壁をこじ開けようとエルピスは周囲の魔力を全て吸い取り自らの力へと変換した。


「開けるよ」

「いつでも」


 次元の壁を開けるのはそう難しいことではない。

 幼い頃のエルピスがしていた様に穴を開けるだけならば簡単なことだ、だがそれでは意味がない。

 人体に例えるならば次元に開けた穴は皮膚の表面を切っただけ、エルピスたちが求めている情報を得るにはもっと奥まで切り進んでいく必要がある。


「無理! キッツ! ニル開いた!?」

「まだ開いてないよ!」

「権能の同時使用は身体に負担かかるから嫌なんだけどな──!!」


 たまらずに泣き言を口にしてしまうほど権能の使用は体に負担がかかる。

 鼻に溜まり始めた血を抜きながらそれでもまだ開かない次元の壁に嫌気がさし、無理矢理にエルピスはそれをこじ開けようと刀を引き抜く。

 次元に対しての物理的な攻撃は本来不可能だが、龍神の息吹を性質として乗せればそれもまた不可能ではなくなる。

 そうして出来たほんの少しの隙間を無限の魔力によって無理やりにこじ開けるのだ。


「エルピス!」

「──っ閉じ切った。いまほんの一瞬だけだけど感じた、狭間に確実にいたね」


 セラの声が聞こえたと同時にエルピスはこじ開けていた次元の扉を全て塞ぐ。

 傷口から血液が漏れ出すように大量の毒が狭間から落ちてくるが、隣にいたセラとニルがそれらを除去してエルピスへとそれが降りかかってくるのを防いだ。

 龍神の権能を持ってしてようやく分かる程度の微弱な反応、エルピスだけならば居たかどうか怪しいがセラもニルも視認したとなればこれ以上の確実性は期待できない。


「そうなってくるとこちらから手出しは出来ないか。でも向こうからどうやって引っ張ってくるつもりなんだろ」


 存在が確認できたとなれば次にするのは対抗策を考えることだ。

 一番良いのはそのまま次元の狭間に一生封印しておくこと、だがどうにかして敵はあれを完全復活した状態で引き摺り出してくるつもりらしい。

 エルピス達ですら先程の様にしてみるだけが精一杯であったのに、あれを楽に引き出せるだけの力があるのならばとっとと直接エルピス達を殺すなりした方がいくらか楽だろう。


「大規模な術式を使うか無理やり開けるか。後者を出来るならわざわざ起こす必要もないだろうし、祭壇だろうね」

「異世界転移の陣を応用したものでしょうね、それなら引っ掛けてくるのも無理じゃないはずよ」


 そうして悩んでいたエルピスに対して二柱の神から告げられた助言は、意外にも簡単な方法のものであった。

 転移魔法陣というのはいわば世界を繋ぐ道を作る魔法だ、それを用いて無理矢理次元の狭間にいる龍を引っ張ってくるつもりなのだろう。

 理性がある存在だとあの空間は生存する事ができないので、理性なき邪竜だからこそできる芸当だ。


「転移魔法陣か…それらしい気配がないってことはまだ書いてすら居ないのかな」

「そうなってくるとやる事無くなったね、どうしよっか」

「ひとまずは──なんだこの気配」


 魔法陣を手の中に描き出しこれからしようと思っていたことを中断せざるおえない様な気配が周囲から感じられ、エルピスは仕方がないと展開していた魔法陣を決して周囲への警戒を強める。

 人の気配は先程まで無かったはずだがいつのまにやら少し距離を空けてはいるものの取り囲まれている現状に少し驚いてしまう。


「囲まれてるね、悪魔かな?」

「数はそれほど多くないけれど、それなりに強いわね。エルピスまた何か誰かに喧嘩を売った?」

「酷いよセラ。まだこっちきてから何もしてないはずだよ?」


 街で多少暴れたがその程度、地主や国王に喧嘩を売った覚えはいまのところない。

 悪魔が個人的な恨みを抱いて攻撃してくる様な可能性も考えられるが、そうだとしてエルピスが何をしたというのだろうか。

 そうなってくると思い当たる節が多過ぎていったいどれなのか変わらないあたり、エルピスも業の深い存在だ。

 いつ戦闘が始まってもおかしくない自供教でありながらエルピスは落ち着いて言葉を発する。


「どこのどなたか存じませんが、こっちはこれから帰宅なんですよ。帰らせてはくれませんか?」


 声音にも表情にも怯えの様なものがないのは単純に彼我の力量差がはっきりとしてしまっているからだ。


「それは無理な相談だ。我々は貴様が本当に相応しいのか調べる必要がある」


 仲良くしようと提案したエルピスに対して、悪魔達は突き放すように言葉を吐き捨てる。

 相応しいかどつか調べる、そう口にしたのだからなにかとエルピスを比較していふのだろう。

 そして悪魔達がエルピスが相応しいか比較するためのものといえば、身に覚えがあるのはフィトゥスかフェルのどちらか。

 フィトゥスは確か集団に属するようなことはしていなかったと聞いているので、そうなってくるとフェルだと考えるのが普通だろう。


「また突拍子もない話だね、エルピスも姉さんも下がっててよ。僕が話つけてくるから」

「話つけるって言っても向こうは会話してくれそうにないよ?」

「そこはほら、僕も同じだから」


 軽く腕まくりをしながら前に出て行ったニルの背中を見つめて、まぁ半殺しくらいに抑えてくれるだろうと判断したエルピスは特に止めることもなくその後ろ姿を見送る。

 数秒後には阿鼻叫喚の地獄絵図が生まれると知っていたのなら、もう少し言い含めて置けたのかもしれないが。

 それももう遅い。


 /


 そうして半殺しになった悪魔たちから事情を聴いたエルピス達は、その足でフェルのいる場所へと向かった。

 魔界の街から少し離れたところにある山脈にいたフェルに対して何故そんなところにいるのかという疑問を投げ飛ばしてエルピスはフェルに対して事の顛末を説明する。


「それでエルピスさん達にボコボコにされたこいつらの口から僕の名前が?」

「そういう事。悪魔だからフェルの知り合いかと思って、魔力もどこと無く似てる気がするし」


 フェルの事を知っているような口ぶりも気になるところではあったが、それよりも何より魔力の質がフェルに近いことがエルピスとしては気になっていたのだ。

 魔力の質が近いという事はそれだけフェルに近いという事の証でもある。

 最高位の悪魔であるフェルに近いという事は先ほど目の前でぼろ雑巾のようにして扱われていた悪魔たちはおそらくそれなりに立場のある強者なのだろうということが察せられた。

 だからこそぼろ雑巾のようにして放置することもできず、フェルに対してエルピスは確認を取りに来たのだ。


「ふん…確かにみたことがありますね。ただこれと一緒にされるのは心外ですよ、彼等は死衣種デモニア、私からすれば別種です」

「その通りでございます。悪魔は他種族に一括りにされていますが、その分類は多岐にわたります。強さで種族の変化を分けている我々ですが、フェル様の種族は進化ではたどり着けぬものでございますれば、同一視はやめて頂けると幸いでございます」


 嫌そうな顔をしながらエルピスに対して文句をつけるフェルの後ろで、ボロボロになりながらもこれだけは言っておかなければいけないとばかりに最後の力を振り絞ってそんな事を口にする。

 進化ではたどり着けない種族というものはこの世界でも珍しい、上位種というのは生まれつきなれるかどうかが決まって居るのでもし後天的になれたとしてもそれは元から可能性があったのだ。

 進化してなることができないのは神人のような称号を手に入れることで初めて変化することができるような種族であり、それとそれ以外の差は確かに隔絶といってもいい程の差がある。

 確かにそれと同じにされてしまうと心理的な負担も相当なものだろう、同一視されて悪くなったフェルの機嫌が自分たちに向かってくる可能性を考えたら彼らの心配も相当なものだろう。


「そっか、聞いてなかったけどフェルの種族ってなんなの?」

「そうですね、改めて自己紹介をしましょうか。創世の神の手によって作られし最古にして原初の悪魔が直系、原初のレイヴン・ブラッド悪魔・アフターフェル・レイです。改めてお見知り置きを」


 意外なところで発見できた原初の悪魔。

 想定していたといえばそれまでだが、もしかしたらそうなのではないかと思って居たことが的中しこれは良かったとエルピスは頬を緩ませる。

 もう少し時間をかける必要があるかもしれないと考えていたが、この分であればすぐに終わることができるだろう。

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