第176話晩餐会

 

「それにしてもエルピスじゃなくて僕を呼びつけた理由ってなんなんだろうねー?」


 帝国第一皇女に呼び出され、城へと向かっているニルは乗っている馬の毛並みを撫でながらそんな事を口にする。

 この世界でのニルは名声もなく実績もなく、言わばエルピスの近くにいるナニカ程度の存在でしかないはずだ。


 天使である事を隠そうともしていないセラとは違いニルは自らが神獣である事をひた隠しにしているし、故にそんなニルに対してニルに接触しようとしてくると言うことは何か目的があると考える方が自然だろう。


「実力に魅力を感じたか、はたまたエルピスとの接触に必要だと感じたのか……謎だねぇ。レネスはどう思う?」

「私は剣しか振ってこなかった身です、人の考えて居ることはどうにも分かりません」

「それもそっか」


 聞いてみておいてなんではあるが、ニルも彼女がこの問いに対して答えを返せるとは思ってもいない。

 自身の中にあるいくつかの可能性を口に出して疑問定義する事で、それらに対して違和感を感じないかどうか自分に確かめているのだ。


 考えを深めれば深まるほどに意味のない言葉が頭の中をよぎり、それらを煩わしく感じて振り払った頃にはニルは城の一室にいた。

 豪華絢爛、装飾過多、目に悪いほど使われた鉱石類は皇帝の力の象徴か。


 やけに広い部屋の中央には丸いテーブルが取り付けられており、その近くにあった椅子に腰掛けていると少女が落ち着き払った様子でやってきて上座に座る。


「あらあら、お待たせしてしまい申し訳ありません。いつもなら絶対に遅刻なんてしないのよ? でも今日は遅刻をしてしまったの、貴方達を軽んじている訳ではないわ、それは分かってほしいの。人を軽んじるなんて人と仲良くしようとする人の態度ではないものね?」


 黒髪をツインテールにし、少女にも思えるほどに小さい手足をバタバタとさせて汚れた目をこちらに向けるのは話に聞いた第一皇女か。

 善性や悪性といったような人間的な部分は感じられず、あるいは人でもないのではないかと思える所もある。

 転生前の魂の影響か、もしくは産まれた後に何か誤算が生まれたか、人のありようとしては狂った存在なのだろうが、ニルからしてみれば所詮はただの生物だ。


「僕がいうのも何だかなぁって感じだけど、なかなかキャラが濃いね。いいよ別に今日は暇だったし、それで話って?」

「貴方の恋人、エルピス・アルヘオについて」

「……ほう」


 おそらくは人生で一度も話されたことがないような、さも友達でもあるかのようなニルの言葉かけに対して皇女は不快感を示さない。

 目的を口にした彼女の言葉の裏を考えながら、ニルは舌戦が始まるのを感じとる。


「私って長話が好きなのだけれど、だってそれってお互いの意見をぶつけ合う為の最も最初の足掛かりだと思うからなんだけれど、とは言え今回に関して言えば私の中で既に議論の答えは見つけられて居る訳で、だから貴方には私が導き出した答えがあって居るかを教えて欲しいの」


 狂愛を吐き出すニルと同じ、思考の濁流に侵され整理することを放棄してしまった言葉達は、崩れた語彙によって外へと放たれた。

 狂いとは自らの感情を制御できるほど生易しい欲求ではない、止めどなく溢れる感情の制御は不可能だといっていいだろう。


 それを分かっているからこそ、ニルは改めて冷静さを手に入れる。

 目の前の人間を侮るのはよそう、そういった判断からの行動であるのは側に控えているレネスからもはっきりと分かった。


「考察? というと」

「私は考えた、考えに考えて、考え抜いた結果一つの答えに辿り着いた。それがエルピス・アルヘオは前世では晴人という名前で活動してたって考察なのだけれど」

「なるほどね。エルピスの前世か、私は特に知らないや」


 投げかけられた言葉に間髪入れずに嘘をつき、ニルは自らの無知さをアピールする。

(エルピスの前世の名前を知っているのは分からない話ではないけれど、それを僕に言うのはきな臭いな)

 異世界人から話を聞き、かつエルピスが転生者である事を事前に知っていればエルピスが転生者と同郷もしくは親しい関係である事を考察するのは難しい事ではない。


 あるいはクラスのメンバーが何人なのか、そしてラスの中から唯一消えている人物がいるのであれば分からない話ではなかった。

 だがそれをニルに伝えることになんの意味があると言うのだろうか。


「いいえ、貴方は嘘をついて居るわ。私は嘘を見抜けるギフトがあるの、貴方の嘘は全て見破ることができるの。

 だから貴方が嘘をついて居ることもわたしには丸分かりなのよ」

「なら逆に僕だって君のそれが嘘であることを見抜くよ」

「ふふっ、流石ね。確かに私の能力はもう少し違うもので、しかも貴方が嘘をついて居るようには私には見えないわ。

 でもだからこそ貴方が嘘をついて居ると思うの、だって貴方必要のない情報ならば漏らしても構わないと思うタイプの人だって思うの。

 もちろんこれは私の主観的な貴方に対する評価でしかなく、実際のところ貴方は全ての事柄を厳正に管理する正確なのかもしれないのだけれど、でも私は私の直感を信じて貴方が嘘をついて居ると思うわ」


 もはやエルピスが晴人であるという妄言は彼女の中で事実へと変貌し、初めから話を聞く気がなかった目の前の人物に嫌気がさす。

 ふとニルが隣を見てみればレネスはその整った顔を不動のまま紅茶に手をつけており、自分はなんの関係もない事を表しているようだ。

 下手に話に入られてボロを出されるよりは良いかと正面に向き直ると、ニルは膠着しそうな話を一歩前に進める。


「長いよ話が。嘘をついて居ると思うなら、それが本当だとしてどうするの」

「ごめんなさい。長くするつもりは無かったのよ。ただ私の新しい遊び相手が見つかりそうなことが嬉しかっただけなのよ」


(遊び相手ねぇ、人の恋人を遊び相手扱いか]

 人の大事な人をまるでおもちゃのように言われるのは気に食わないが、直接的な悪意でないのならばまだマシか。

 沸き上がりそうになる殺意を一旦脇に置き、ニルは深く考えをまとめていく。


「そう。君みたいなのが何を考えてるかさっぱりだよ」

「もうすぐ私のおもちゃが帰ってくる時間よ。そしてエルピスが私の手駒のところに到着した時間でもある。

 ああ楽しみだわ、壊れてしまわないと良いのだけれど」


 だが思考の海に浸かろうとしていたニルの意識は、そんな彼女の言葉で浮力を得たように浮き上がる。

 企んでいるとは思っていたが、どうやら警戒するほどの相手でもなかったらしい。


 聞いた話が事実であれば、学園での被害を生んだ原因の一つは目の前の少女にもある。

 ニルの愛ですら壊れず変わらず過ごす彼を本当に壊すことができるのであれば、それはもとよりニルがどうこうできる問題でもない。


「知らないよ、勝手にすれば良いさ。こんな事で僕を呼ばないで馬鹿らしい。

 君が誰を手元に置いてるかなんてもう知ってるし、それをエルピスに伝える気はさらさらない。

 勝手に一人で人形遊びをしてる気にでもなりなよ」

「──そう」


 だからこそニルは怒りを見せない。

 差し出されたお茶を飲みながら、ニルは今頃到着しているであろうエルピスの事を想像するのだった。


 /


「遠路遥々よくお越しくださった」


 道のりで言えば四時間ほどだが、朝食や道中休憩も入れて六時間ほどの時間をかけて移動したエルピス達は、早くも日が沈みかけた街に到着していた。

 出迎えてきたのはエランデリック・フローデン・テイレン、豪華な装飾に身を纏い胸を張って立つ姿は貴族にふさわしいだけの貫禄がある。


エルピス達を見つめる両の目はどこが遠慮がちであり、多少の引け目は感じているようであった。


「本当に遠い道のりでしたよ。一日の間にこんなにも移動したのは久しぶりです、しかも当日のお誘いだと初めてですね」

「おっとこれは手厳しい。確かに急な要請をしたこちらに非があります、申し訳ない。

 ですが出来る限りのおもてなしはさせていただきます故、平にご容赦を。おい、案内をしろ」


 貼り付けた笑みによって口からこぼされた謝罪の言葉を受け取り、エルピス達は案内されるがままに屋敷の中へと入っていく。

 屋敷の中には大きく皇帝の自画像が置かれており、絵画や彫像に刻まれている刻印はもちろんこの家の物も多いが皇帝家の刻印が刻まれたものの方が目に着いた。


 皇帝の刻印は本人しか押すことを許されていないのでおそらくは皇帝自身からの贈り物なのだろうが、それを考えるとどうやらこの貴族よほどあの皇帝に気に入られているらしい。


「なァんか辛気臭ェところだな」

「アーテはあんまりこういう貴族の家には来た事ないの?」

「エルピス様の周りはどうかしらねェが、基本的には執事達は全員他の家には入らねェ決まりがあるから入れないんだ」

「問題事起こす人もいれば起こされる人もいますから。

 フィトゥスなんかこの前四十超えたおばさんに連れ去られそうになってましたし」


 リリィがふとそんな事を思い出したように口にするが、一体いつそんな面白そうなことがあったのだろうか。

 王都の叔母さま方にも人気なことは知っていたが、知らないところでもフィトゥスは常に苦労性らしい。


 長い廊下を歩きながらエルピスがふと横にいるトコヤミを見てみれば、なんのことか分かっていなさそうな表情を浮かべていた。


「みんな可愛いしかっこいいからねぇ。トコヤミちゃんも夜道には気をつけるんだよ? どんな奴が襲ってこないとも限らないし」

「私は大丈夫です。どんな奴が来ても倒せるです」

「うん、俺が間違ってたわ。そりゃ倒せるよね」


 目にも留まらぬ速さでシャードボクシングをするトコヤミを見て、エルピスは認識を改める。

 トコヤミの種族は鬼人、東の国で主流とも言える種族で元は鬼神の末裔であるとされている彼らは、膂力こそ亜人種の中では平均的だが人間からしてみれば十二分の脅威だ。


 そこらへんにいる男達が束になって彼女に挑んだところで、拳だけで瞬殺されて終わりだろう。

 ようやく長い廊下も終わり、屋敷の奥にある待合室に通されるとエルピス達は疲れを癒すようにして椅子に腰掛ける。


 長い間馬に乗った事で固まった腰がゆっくりと溶けていくのを感じていると、前に座ったリリィがふと疑問を口にした。


「それでエルピス様、今回このメンバーで来た理由は何でしょうか? 

 貴族相手ならばヘリア先輩やフィトゥスの方が上手く立ち回れると思うのですが」

「んーここの領主の話は聞いていたけどおかしな事をするような人物ではないって認識してるし、実際会ってみたけど俺もそんな感じはしなかったからさ」

「だッてェのにニル様が連れてかれたりと、この件はあまりにもおかしい事が多いってェ話で良いんだよなエルピス様」

「補足ありがとうアーテ。そうだね、人相手ならばまだしも僕達相手に武力勝負を挑んでくるとは思えないけど、威圧できる人は多いに越した事ないし」


 こちらに、帝国に来てから、エルピスは考える事が多い。

 目下の目標は雄二が差し向けてくるであろう亜人種を撃退し、人類に不安と死をもたらさない事である。

 破壊神の復活条件はおそらくこの二つ、これさえなければ雄二を相手にするだけで問題事は解決するのだ。


 だが人間相手に今から破壊神が来るのでなるべく死なず、怯えず、普段と同じように暮らしなさいと言うのは無理がある。

 だからこそエルピスは面倒な手順を踏みながら人類を救う英雄という役割を担おうとしているのに、貴族相手の交渉をサボってきたのがこんなところで回ってきたのだ。


「それなら私にお任せくださいです。邪魔なやつは切り捨てて良いです?」

「本当にやばいやつと攻撃してきたやつはお構いなく。戦いにならないに越した事は無いんだけど」


 いまのエルピスにとって最も大切な事は家族が生きるこの世界を守ること、それ以外の全ては雑事であり敵対する勢力は全て排除すべき弊害だ。


 トコヤミに殺害の許可を下しながらもエルピスは緩み始めた兜の緒を締め直す。

 いつだって大きな失敗が起きるのは油断している時だ。


「それで……晩餐会って何するの?」

「はァ?」


 真剣な顔をしたエルピスから一体どんな言葉が飛び出てくるのかと唾を飲み込んだ執事達に、驚くような言葉が飛び込んでくる。


 15を超えた年齢の貴族の子供であれば、晩餐会などもはや慣れていて当然で出来ない方が大問題だ。

 だとすればもう20も近くなったエルピスが晩餐会にてなにをすれば良いかすら分からなくてはアルヘオ家の恥である。


「いやさ、仕方ないじゃん。だって俺基本的に礼節を必要とされる環境に身を置いていなかった訳で。

 も、もちろん帝国領にきてから何度も呼ばれてある程度の礼儀は知った訳だけど──ね

「これは私の…いえ、本家組全員の失態ですかね」

「ううっ」


 言い訳を重ねるエルピスの姿に凛々しさはなく、そう言ったところはイロアスによく似ているように思える。

 大きくため息を吐いたリリィは、意を決したように言葉を吐き出した。


「とりあえず晩餐会の開始までには何とかできるよう励ませていただきます」


 /


「それでは本日の主役、エルピス・アルヘオ様です」


 パーティー用に作られた本体から少し離れた大きな屋敷。

 そこには周辺貴族含め数百人に近いほどの爵位を持った人間が並び立っており、エルピスは後追いの形にはなるものの大きな扉を開けてその中へと入っていく。

 黒を基調とした豪華な礼服は、リリィがデザインしてエルピスが急拵えで製造したものである。


 龍神の鱗、魔神の魔力によって編み込まれた糸に、考えられるだけ豪華な素材を用いて作られた礼服はこの世にあるどんな服よりも上等な品だろう。

 正に神が着飾るべき服装、この場にいる全ての人間がその瞬間彼我の立場を把握した。


「ご紹介に預かり光栄です。皆さま本日は是非よろしくお願いいたします」


 帝国式のお辞儀、右手を前に左手を後ろにし上体を崩して軽くお辞儀をしたエルピスは、にっこりと笑みを浮かべると人並みをかき分けてすすんでいく。


 向かう先はもちろん領主のところ、手渡されたワイングラスに注がれた液体を一口で飲み干すと、領主もにっこりと笑みをうかべる。


「ご機嫌ようエルピス殿。また素晴らしい服をお持ちだ、いやはや、来ていただいて助けられた思いですよ」

「文字通り、ですね。これだけの人物を集めるのには相当な手間と費用がかかって居るでしょうに」

「この程度ならばまだ何とでもなりましょうよ」


 エルピスの予想とは違って余裕と答えた彼ではあるが、ならば先程の言葉の意味はなんだったのだろうか。

 考える間もないままに領主はそれだけ言うとエルピスに背を向けてどこかへと歩いていく。


 要件が終わった、と言うよりは逃げるようなその背中に訝しさは徐々に確信へと変わっていった。


「ご機嫌ようエルピス様」

「ご機嫌よう。申し訳ありませんが帝国式の挨拶には不安があり、王国式の挨拶で返させて頂きます」


 先程までの挨拶とは違い慣れた王国式の挨拶は貴族達から見ても堂に入ったものであった。

 もちろん王国でエルピスがこのような挨拶をする事などほとんどなかったのだが、エルピスが王国を優先視しているのを帝国の貴族に知ってもらう狙いがあったのだ。


「まずは心からのお礼を。おかげさまでうちの子供が助かりました、しかも丁寧に対応していただいているようでなんとお礼をしたものか……本当にありがとうございます」

「私のところもです。一人息子が心配で夜も眠れませんでしたが、先日無事を知らせる手紙が送られてきた時はほっと胸を撫で下ろしたものです」

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。これくらいの事ならばいくらでも」


 どうやら学園に子息が居た貴族だったらしく、彼がそう言って取り出した手紙は確かに王国由来のものであった。

 救えなかった命があるとはいえ、目の前の人物の大切な宝物を救えたのならそれだけであの戦闘に価値が生まれる。


 それから少し会話を交わし過ぎ去っていく背中を眺めていると、時間に少しだけ余裕が生まれた。


「…少し余裕ができたかな? どう周りの様子は?」

「周囲の警戒は怠っていませんが、特に異常は見られませんね」

「こッちも異常はないぜ。本当に敵が来るのかエルピス様」

「来ないなら来ないでいいんだよ、トコヤミは外の警戒大丈夫?」

『問題ないです。任せろです』


 鬼人の目の良さは亜人者の中でもピカイチで、夜目に関しては並ぶものが居ないほどである。

 周囲を警戒してくれているトコヤミ達に感謝しながらも、エルピスは夜までになんとかして手に入れた社交術で投げかけられる言葉達をゆっくりと捌く。


 どれくらいの時間がたっただろうか、かなり長い間喋っていたように思えるが、帝国に来てから買った時計を見てみればまだ三十分とたっておらず、どっと疲弊が体を襲う。


「どうですエルピス殿。ここいらで一つ、踊りでも」


 そんな中でいつの間に帰ってきたのか領主が含みのある笑みを浮かべながらそんなことを口にした。

 会話だけで疲労困憊になっている人物にそんなことを言うなんてなんとも残酷な話だが、リリィからも踊りはあるだろうと言う事を聞いている。


 練習にかけた時間はそれほど長くはないが、見れる程度の出来栄えにはしてきたつもりだ。

 出来る事ならしたくはないが。


 断れるものであれば断っておこうと、エルピスは手を振りながらなるべくそれとなく答える。


「もちろん…と行きたいところですが、残念ながら相手が居ません。今回は見送らせてもらいましょう」

「──でしたら私がお相手に」

「ほうほう。なるほどなるほど?」


 貴族同士の会話に割って入るのは晩餐会においてまぁない事ではないと聞いていたエルピスは、その声の人物が誰なのか目線をずらし、今回の一連の行動が何の為にあったのかようやく理解する。

 紅い目にをたなびかせ、白を基調としたドレスを身にまとったその姿は彼女の狙いを顕著に表している。


「なるほど……そう来ますか」

「会うのは初めて、でございますね。センテリア帝国第二皇女エモルナ・ミクロシア・センテリアでございます」


 先日喋ったあの皇帝の娘、だと言うのに雰囲気は全く違い第三皇女の様な物腰の柔らかさも感じない。

 エルピスの第一印象としては蛇だろうか、こんな事を言ってしまっては失礼だが隠せない狡猾さが体から滲み出ているように思える。


 もはや珍しくもないのではと思い始めた黒髪に注視していると、エモルナが笑みを浮かべながらエルピスに対して手を差し出す。

 皇帝の第二皇女からの誘い、観衆の前に立つエルピスにはそれを断る術もなく、苦々しい顔をしながらその手を取る。


「では僭越ではありますが。踊らせていただきましょうか」


 エルピスがそう口にすると先程まで流れていた音楽とはまた違った音楽が流れ始め、エルピス達意外にも数人ダンスを踊り始めていた。

 主役の踊りを邪魔してはいけないとばかりに真ん中を綺麗に開けられているが、エルピスからしてみれば勘弁して欲しいものである。


 軽やかな音楽に合わせて規範的なダンスを行っていると、エモルナの方から口を開いた。


「意外とお上手ですね、姉からは下手だろうと言われていたのですが」

「直球的なのは素晴らしき事です。ですがあまりに過ぎる口は災いの元ですよ?」

「脅しですか? 怖いですね」

「ならちゃんと怯えてくださいよ」


 押しても引いても効果はなし、そもそもの話エルピスにはここから先の展開を予想できるほどの頭もない。

 第一皇女がこうしてエルピスと第二皇女を引き合わせた目的は、他の帝国貴族に対してエルピスとモルナの関係性を印象付ける為である。


 エルピスもなんとかそのくらいの答えには辿り着くことができたが、その先にある狙いに気づくであろうセラもニルもこの場にいなかった。


「それはまた次の機会にでも。本日の予定は果たせましたから」

「無茶振りをさせられたここの領主様が可哀想ですよ、お姉さんの無事を心からお祈り申し上げます。心からね」

「ええ。姉にはしっかりと伝えておきます。いまは踊りを楽しみましょう」


 黒の英雄と白のお姫様は音楽に乗せて円の中を踊り回る。

 それはきっと新たな話の幕開けなのであろう、本人達が何を望もうとも願おうとも、大衆の目は客観的な視点でしか物事を捉えない。

 数度の踊りを終えた二人が別れていき、エルピスは領主と再び会話を始める。


「お疲れ様でした。可哀想ですね貴方も、あんなのに引っ掻き回されたら堪りませんよ」

「わかっていただけたのなら幸いです」


 笑みを浮かべているがエルピスからしてみればこの領主も曲者だ。

 邸内に置かれていた皇帝印の物品、訪れている貴族達の面々も合わせれば嫌々ではなく積極的に今回のことに関わっているであろう人物だからだ。


「ではまだまだ夜は続きますので、本日はごゆっくりとどうぞ」


 過ぎ去っていく背中を眺めながらエルピスは近くにあったワインを一気飲みする。

 酔いは回らないが気分は少し楽になる。

 長くなりそうな夜に疲れながらも晩餐会を楽しむのだった。

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