第170話帝都へ向けて
「それで兄さんの次の行先は帝国だっけ?」
一週間という長い時間を超えてエルピス達は王国からいままさに旅立とうとしていた。
移動方法は転移魔法を使用してからの馬車での移動であり、全て馬車で移動していたグロリアス達と比べれば帝都につくまでの速度は比べ物にならないだろう。
見送りに来たヘレンに対してうなずくと、エルピスは世界地図を広げる。
「そうだね。ここに飛んでから……ここだね。大体二日くらいかな」
「転移魔法を使用するって話だけど、兄さんいったいどれだけ魔力あるの?」
「無限にあったりなかったり。まあそんなことはどうでもいいじゃん、ヘレンも戦術級魔法使えるようになったんだしさ」
「いまだに信じられないわ。こんなに早く魔法が使えるようになるなんて」
最近になって気づいたことだが、魔神の称号を持っているエルピスにかかわった人物は魔法の特訓が非常に効率的に進むことがわかっている。
戦術級魔法の修練には少なくとも十年以上の歳月がかかるはずで、元からあるだろうイリアの才能だけでは説明がつかないほどの成長速度にエルピス自身も目を見張るものがあった。
それから少し喋ればもう出発の時間になり、寂しそうな顔をしながらこちらを見つめるヘレンにエルピスは優しく言葉をかける。
「それじゃあ行って来る。またな」
「うん、またね兄さん」
そうして見送られるままに馬を歩かせてゆっくりと王都から進んでいけば、数々の思い出がよみがえる。
今までも何度か王国から遠ざかったことはあるが、今度に関して言えばこの王都も無事にその原型をとどめているかどうかすら不安なところで、だからこそほんの少しだけ感傷に浸ってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
気が付けばいつの間にか王都はかなり後ろの方へと行ってしまい、小さくなった王都を眺めながらエルピスはぽつりと言葉を落とす。
「なんか王国に来るたんびにこうやってあっち行ったりこっち行ったり、いい加減腰を落ち着かせたいなぁ」
独り言だがそれはエルピスの心から落ちた言葉でもある。
いまはまだ戦争前なのでそんな事をしている余裕はないが、いつかは自分の家を持って庭でゴロゴロしながら灰猫やフェルと遊びエラ達とイチャイチャもしてみたい。
普段欲をあまり口にしないエルピスだってそれくらいの野望を持っているのだ。
「勝手に落ち着くんじゃないかい。人なんてそんなものさ」
「師匠って話し相手によって口調変わりますよね、やっぱり対象のイメージする自分に合わせて喋ってるんですか?」
「よく見抜いたね。感情もなければ口調の変化も生まれないから、私のこれは相手が想像している私の像を演じているに過ぎない」
「桜仙種全員がそうなんですか?」
「いや、これは私だけだな。他のみんなは感情を消す前の口調で喋っているよ」
桜仙種の性質についてどんなものかと質問を投げかけてみたが、改めて話を聞いてみるとやはり特殊な種族である
わざわざ自分の感情を消す必要性を考えるつつも、どうせいつかは村に行くことになるのだろうからその時に考えればいいことかと思考を先送りにしてエルピスは転移魔法を発動させる。
超長距離移動魔法陣、敵に使われたものとはまた違った本当の転移魔法がエルピス達を包みその身体を高速で帝国領へと飛ばす。
視界が切り替わればそこは森の中であり、何人かが草むらに突っ込んで無様な姿をみせているが、一応安全に注意して転移したので怪我を負っているものはいなさそうだ。
「帝都にそのまま行けないだなんて不便だねぇ」
「この人数で押しかけるのは流石にね。昔リリィが言ってた貴族たるもの大勢の家臣を連れて行くべきって言葉がいまさらながら思い出せるよ」
「さすが私です。今度から預言者にでもなってみましょうかね?」
「森霊種にそんな能力ないでしょうに—―危っ!? またそうやって武力に頼る!」
「どこ行っても二人は変わらないね」
いまエルピス達は家臣が65名、異世界人が8名そしてエルピスとレネスとニルの系76人という大人数で行動している。
全員が今回必要な人員であり、エルピスが行動するためにはなくてはならない彼らだが、何しろこれだけの人数の実力者が首都にいきなり入ってしまえば攻め込まれていると思われても文句は言えない。
だからわざわざ一週間もかけて事前告知を行い、会議の合間を縫って自由な時間にしたというのにそれでも帝都から百キロ以上離れた地点に転移してこいというのは皇帝の用心深さからだろうか。
そこまで考えて、だけれど違うのだろうという判断をエルピスは下す。
あの皇帝はそんなことを考えるような人物ではない、一応ほかの王達に配慮した程度の事だろう。
エルピスがそう思う理由は父から伝え聞いていた話から想像できる皇帝の姿がそういったものとは無縁の存在だったからである。
「でも私的には楽しいので良いですね、エルピス様と共に冒険ができるなんて少し胸躍ります」
「俺様としてもここら辺の景色は初めてみるからドキドキだな、早く帝都の飯が食ってみてェ!」
「老人の口から言わせてもらうが帝都は……そのなんだろうか、あまり飯はだな……」
「トゥームさんが言うのを躊躇うほどの味。料理人として私も少し気になりますね」
それぞれが連れてきた馬やエルピスが出した馬に荷物をかけていると、ふとリリィから始まって口々にいろいろな事を話し始める。
いつの間にか仲良くなった部隊のメンバーを眺めながら、エルピスは馬に乗るとゆっくりと歩を進めさせた。
料理に関していえばフィトゥスに一任しているのでエルピスは口出ししない、彼ならばきっとどこにいても美味しいものが出せるはずだ。
「エルピス様の後ろは私乗るです。ニル様はあっち」
ふと後ろを振り向いてみればいつの間にかトコヤミがエルピスの後ろにいたニルを引きずり降ろそうとしており、エルピスはどうしようかと苦笑いを浮かべる。
「僕からここを取ろうとは良い度胸をしているじゃないか小鬼風情が、たとえ隕石が落ちてこようとも僕はここから動かないね」
「妹の無礼を謝ることすら億劫になってきた私を許してくださいエルピス様、ああでももう許してもらえるという前提が私の中で生まれつつ……」
「全部聞こえてるからねアケナ。ニルは落ち着く、トコヤミはあっち」
恋愛的な感情では一切なく、兄としての扱いをエルピスはトコヤミから受けていた。
単純に構ってもらえる人物がいて嬉しいのだろう、エルピスの後ろが無理だと分かるとフィトゥスの馬の背中に飛び乗り満足そうに鼻を鳴らしている。
その間にも背中のニルは最大限に体重をエルピスに預けその存在を主張しており、嫉妬深さと執着心は彼女の良いところでもあるのだがこう言う時にはもう少し大人になってもいいと思うところだ。
「でもよォ、実際のところこれだけの戦力あれば帝国に裏切者が居ても一瞬だろ」
「それがそうでも無いのだな。今の帝都は最高位冒険者クラスが二桁に王直属の護衛更には暗部まで、エルピス様とニル様とレネス様を除けばイーブンどころがこっちが不利じゃの」
「まぁ確かにそうか。それでその内の誰を足したらイーブンになりそうだ?」
「そりゃ誰でもじゃろ。臨戦態勢に入ってからならまだしも不意打ちなら地図ごと帝都消し去れる人らじゃぞ」
「なんの話してるのかと思ったら。本人の目の前でそんな話しないでよ、他の人に聞かれたら誤解されるでしょ」
「……うっす」
暇だからと言って会話に花を咲かせるのは良いことだと思うが、その会話の内容を誰が聞いているともしれないのに悪い方向に持っていくのはやめてほしい。
エルピスが注意するとトゥームはにやりと、アーテは苦々しい顔で頷いて別の話に変わる。
こんな少しの事で罪悪感を感じるあたりアーテもまだまだ子供だなんて思いつつ、エルピスは帝都に向かうまでに事前に得た情報のリストアップを始めた。
「とりあえず向こうに着いたら一番最初に会うべきは最高位冒険者達でしょうな、癖は強いですが味方にできれば非常に強力です」
「イロアス様以外の人類最高位冒険者が勢揃いですからね、癖が強い人ばかりなので心配ではありますが」
最高位冒険者は人類だと五人、イロアスを除いた四人にはエルピスと同じく二つ名が付いている。
黒の令嬢と呼ばれ、歌姫の二つ名を持つ評議国のサラス・ライオネット。
帝国の王であり覇王の二つ名を持つモナルカ・マクロシア・センテリア。
後の二人はエルピスも風の噂程度にしか話を聞いた事がないので詳しくわからないが、とりあえずこの二人さえ押さえておけば帝都での活動もしやすくなるだろう。
「ライオネットさんにはある程度話つけてあるけどあの人浪費癖あるからなぁ……仲良くするのに費用が嵩むタイプだよあの人」
「それでいなくとも最近のエルピス様散財しすぎですよ、もう少し節制もしなければなりませんよ」
「経済回してるって言い訳じゃダメかな」
「通りません。とりあえず帝国では節制です!」
確かに最近お金を使い過ぎな気もする。
たまには他の人達と同じくらいの金銭感覚で過ごすのも良いだろう。
そんな事を考えてしまっている時点でもう戻せないくらいに狂ってしまったのだが、エルピスはそんな事を気にもせずゆっくりと馬を歩かせるのだった。
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