第147話無力

 世界すらも巻き込んで雄二がエルピスに戦いを挑んだ少し前、レネスによって安全な場所まで連れてこられたアウローラは声を張り上げて不満を漏らしていた。


「出してレネスさん! 私もみんなと一緒に戦わないと!」


 アウローラが今いるのはエルピスの部屋。

 数多の防壁が貼られ神が長時間滞在したこの場所はレネスにとって全力を出しやすく、アウローラを守るためには最も有効的に動ける場所である。

 優雅に席に座り紅茶を飲むレネスとは対照的に、アウローラは焦った様子で立ち上がりながらレネスへと詰め寄っていく。

 そんなアウローラに対して手で落ち着くように静止しながら、レネスはとりあえず冷静にさせようと座ることを勧めた。


「まぁ座りなよ。これはもう人がどうにか出来るような話じゃない、人間が逆立ちしたところで、いや逆立ちするまでもなく勝てる戦いじゃないんだ。もしこの戦況を返せるとしたら勇者か英雄だけ、転生者ごときじゃまったくもって役不足なんだよ」


 転生者は確かに強い。

 尋常ならざる魔力量、特化した技能スキルの数々、あまつさえも数十年の鍛錬が必要である特殊技能ユニークスキルを生まれた時からいくつも所持しているのだから弱いわけがないと言ったほうが適切だろうか。

 だがその強さの基準も最上位に位置するほどかと言われればそれ程ではなく、せいぜいが国の騎士団長クラス、近衛や最高位冒険者には勝てる見込みもない。

 戦術級まで扱えるアウローラの実力は確かに最高位より一つ下であるところのヒヒイロカネに近いものの、近いというだけでヒヒイロカネにすら及ばないアウローラでは今回の戦闘に加わるのでは役不足だ。


「ならせめて貴方だけでも! エルピスに勝った貴方なら戦況をひっくり返す事だってーー」

「ーー無理だね。私が彼に勝てた理由はまぁいくつかあるが、一番大きな理由は戦闘範囲の違いだ。彼は対大勢の戦いにのみ有利を示し、私は対個人の戦いに有利を示す。外の敵との戦いならば彼の方がよほど適任だ」


 それにレネスは戦いに参加できない理由があるのだ。

 仙桜種は基本的に見守る事を主とした種族であり、その特性上今回のような出来事があっても自分が直接的に攻撃でもされない限りは戦闘に参加する事を許されない。

 それが彼女がこうして今ここにいる理由の一つであり、エルピスが戦力になるレネスを下げた理由でもある。


「……無力ね分かっては居たけれど」

「力がないことは別に悪いことではない、君が彼の近くにいる理由は間違いなく存在する。それが今この状況でははっきりと視覚できていないだけさ」

「分かってる。それなら心配してもらわなくてももう乗り越えたから」

「余計なお世話だったようだね。そうだな……ここからでも出来る事はあるんだ、君は君なりにこの戦況を動かせばいい」


 そう言ってレネスは複数の魔法を同時に発動する。

 魔法が得意ではない彼女だが、敵に邪魔されず集中して使用できるなら並列でかつ無詠唱の魔法使用も難しいことではない。

 レネスが使用した魔法のうちの一つの効果が早速現れ、この島の状況がいくつかのカメラのようなもので確認出来るようになる。

 見てみればおそらくエルピスだろうか、敵の飛行船に小さな光が飛んでいったかと思うと爆音を上げながら数十隻単位で飛行船は落ちていく。

 それでも終わりが見えないほどの敵の数にアウローラの顔も一瞬曇るが、すぐに表情を元に戻すとレネスが言わんとする事を把握しじっくりと画面に見入る。


「レネス、私に力を貸して」

「お望みのままに。直接戦闘はできないけれどね」


 アウローラが出した手に対してレネスは躊躇することなく手を重ねる。

 するとレネスとアウローラの手に小さな紋様が刻まれ、それと同時に先程のレネスと同じようにアウローラも複数の魔法を同時に発動した。

 これで視点の数は完全に島の状況を把握できるまで増加し、魔法を使って避難誘導を始めたアウローラの背を眺めながら再びレネスは席に座る。


特殊技能ユニークスキルかな……? それも王に関わるタイプの本人が気づいていない能力か、面白いなぁ)


 にやりと笑みを浮かべたレネスの見抜いたアウローラの能力は、指導者と女帝の特殊技能ユニークスキル

 エルピスが初めてアウローラに出会ったその時からエルピスは既に知っていた能力だが、アウローラはこの二つの能力についてのことを何も知らない。

 まず理由として一つ目はアウローラはクラス転移ではなく実際に地球で死にこの世界にやってきて居るのでローム地球の神に出会って居ないというのが一つ。

 二つ目はこの二つの特殊技能ユニークスキルは使用中でないと鑑定技能に映らないという特徴があることも関係している。

 アウローラの持つところの特殊技能ユニークスキル〈ステータス開示〉もその例外に漏れず、これが更に上位互換である完全鑑定などの鑑定技能で有れば問題なく見つけられて居たのだが周囲に持っている人物がエルピス以外居なかったので仕方がない。

 指導者の効果は今回副次的な物なので説明は省くとして、女帝の特殊技能ユニークスキルは数あるユニークスキル特殊技能の中でも特に珍しいものである。

 そもそもこの世界の王族は直接の血統だけで数えるならば千に届かず、二つ離れた親族まで入れても二千に届くかと言ったところだ。

 女帝の特殊技能ユニークスキルを得る条件として王になることが最低条件であることを考えれば、さらに数は少なくなり100と少し程度。

 その中で皇帝の特殊技能ユニークスキルを得られるほどの手腕を持つ人間が一体何人いることか。

 神より長い年月を生きてきたレネスですら、皇帝の特殊技能ユニークスキル持ちを見るのはこれが二度目である。


(まぁそれはそれとしてやっぱり戦闘慣れはしてないみたいだけれど)

「ーーうっ」


 頬杖をつきながら避難誘導を行なっているアウローラを傍目に見ていると、最初の爆撃によって見るも無残な姿になってしまった生徒を発見しアウローラは膝をつく。

 皇帝の特殊技能ユニークスキルが持つ効果は、大まかに分けて三つ。

 一つ目は自身を慕っているものに対しての持続的な強化と、慕われているものからの魔力と身体能力の譲渡。

 二つ目は精神にかかる負担を軽減すると同時に、適切な判断が可能になること。

 三つ目は月に一度だけの魔力を使用しない無条件での国級魔法の発動だ。

 レネスの魔力を借りているのは一つ目の効果だし、吐き出さず泣き出さず気丈に振る舞うアウローラの姿は二つ目の効果だ。


「大丈夫かい? 気分がすぐれないようだけど」

「大丈夫、こんな事で凹んでる暇ないし」

「強いねアウローラ」

「自分に出ることをしてるだけよ。そう言えばなんで私だけ名前呼びなの?」


 魔法によって避難誘導を行いながら、ある程度の余裕が出てきたのかアウローラはレネスに疑問を投げかける。

 レネスが名前を呼ぶのはアウローラだけ、エルピスの事は弟子と呼ぶしその他の事は基本的に身振り手振りで話しかける事が多い。

 アウローラの疑問に対してそう言えばそうかとレネス自身自分が名前を呼んでいたことに驚きながら、手を軽く叩くと自分自身で納得した理由を説明する。


「きっと気に入ったからだね。他人の名前を呼ぶのってなれて居ないのだけれど、なんだかアウローラの事は気になったんだ」

「え? それって……」

「何を勘違いしてるか知らないけれど恋愛感情では無いからね?」

「そ、そうのね! まさかそんな勘違いなんてしている分けないでしょう!?」


 自分の勘違いに頬を赤らめたアウローラは、何事もなかったかのように耳だけを赤くして作業に戻る。


(恋愛感情か、一体いくつの時に捨てたんだったかな)


 仙桜種は感情の起伏が少ない。

 無限の命と無限の寿命を持つ仙桜種は、自らが追い求める物のためにそれらに関わる物以外の一切を捨てるからだ。

 レネスが自らに残したのはたった三つ、他人の気持ちが理解できる共感力、敵を殺すための研ぎ澄まされた殺意、そして今まで自分が培ってきた技術に関する記憶だけである。

 つまるところレネスには感情というものが存在せず、目の前の相手がいま自分に対して抱いている感情は理解できるものの、それを自らの感情とする事はできない。


「ーーっ召喚陣反応、来るよアウローラ」

「そこに居る人たち逃げてッ! 早くッッ!」

「ばーか間に合わねーよ!!」


 転移魔法ならば存在するはずの転移前の空間の揺らめき、ある程度の実力者で有ればその存在を感知する事は可能だし、さらに実力があればその揺らめきを感じさせないことも可能だ。

 いま目の前に現れた敵は、アウローラからすれば何も無い空間から突如現れたように思える。

 どこから現れたのかその敵はアウローラが避難誘導を行なって居た生徒の腹を軽く撫でると、それだけで人の身体が綺麗に分担され生命活動を停止させられた。


「出る気はなかったのに雄二の奴がうるせぇからよぉ! 俺が相手してやるよクソガキどもッ!」


 男が軽く手を振るうと周りの瓦礫が全て吹き飛んでいき、少しひらけた空間が出来上がる。

 体内から発生した魔力を外に無理やり放出しただけで、魔法ですら無いその威力は人を簡単に殺せる程のものだ。

 そんな人物が八人、アウローラが確認出来るだけでもこの島に転移してきていた。

 技能が存在するこの世界において強さの指標は確実性を持たないが、アウローラより強いのは確実、エラが技術面において勝っていれば同じくらいの実力かと言ったところである。

 エルピスが動けない以上、この八人をなんとしてでもアウローラ達で封じ込めなければ、なんとか逃してきた生徒達も皆殺しにされる事だろう。

 通信魔法を開こうと魔法を発動させようとした瞬間、隣の部屋から鼓膜が破れるのではないかという程の爆音が轟く。


「な、なに!?」

「ーーチッ」


 爆発に驚くアウローラと〈水鏡〉に映し出された男が舌打ちをするのは、ほぼ同時の事であった。

 男は不機嫌さを隠そうともせず手の中に無属性の魔力の塊を形成すると、その鬱憤を晴らすようにして周囲に破壊をもたらし始める。


「設置系の爆発技能かな? 対象者の魔法発動に使われる魔力を使用して爆発する魔法か、品がないね」

「うるっせぇなぁどこの誰だかしらねぇがよぉ? まさかそんな馬鹿みたいに硬い障壁があるとはな、お前らは後回しにしてやるよ」

「おっと、聞こえていたとは失礼したね。まぁ精々死なないように頑張ってくれたまえよ」


 自分の持ちうる能力では決め手にかけると判断した男に対して、レネスはにっこりと笑みを浮かべながらそれならばと手をふらふらしながら気持ちのこもっていない応援を行う。

 その間にアウローラがセラ、ニル、エラと連絡を取り合い現場に急行してもらうが、それでもたったそれだけの間にかなりの人数が犠牲になっている。


「レネス私も出るわ。代わりにここ任せられるかしら」

「お任せあれ。存分に役目を果たすとしよう」


 返事を聞くとアウローラは軽く頭を下げ、急いで外へと向かって行く。

 レネスの見立てからしてアウローラが対処できるのは良くて一人、エラが防戦一方でいいなら二人、ニルとセラが三人といったところだろうか。

 生徒達の救助とそれ以外の敵の対象に加えて、このレベルの敵と対戦するのは非常に苦しいだろうが、いま走り去っていったアウローラの背を見ている限り不安はなさそうである。

 セラとニル、あの二人に関しての心配はもとより無いしアウローラが辿り着くまでの時間稼ぎ程度はあの混霊種メディオならば簡単にこなせるだろう。

 任された仕事をこなす為に席から立ち上がったレネスは、〈水鏡〉に映るアウローラを見ながら小さく応援の言葉を呟くのだった。

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