第106話転生者VS転移者

 音を置き去りにするは二人の人影。

 この世界では希少とされる黒髪を振り乱しながら、両者は物理法則を嘲笑う様な超高速の戦闘を繰り広げる。


 この場は戦地であって戦場ではない。

 もはやこの決戦の行方によって全てが決まることは誰の目にも明白で、だからこそ両軍小競り合いこそはあれど本覚的な戦闘はもはやなくただ二人の勝敗の行く末を見据えるのみだった。


「一体何人分の力を取り込んだら、そんな歪な能力構成になるんだ? 

 随分と防御面に関しては能力値が低い様だけどっ!!」


 神の膂力を持ってしても押し切れないほどの力をどこから得てきたのか。

 少なくとも雄二の体から感じる魔力の質は数千種類から下手をすれば数万、それはそのまま他人の力を雄二が取り込んできた回数を指している。


「ここまでお前の攻撃力が高いのは想定外だったよ、これなら何かに使えるかと残して置くんじゃなくて、あいつらの能力を全て吸い取って置くべきだったなッッ!!」

「俺の問いには答えてくれ無いか。国家級炎魔法〈燃乃神槌ヒノカグツチ〉!!」


 質問に対して答える気が無いと剣で示した雄二に対して、エルピスは自らが持ち得る能力の一つを早々に見せる。

 エルピスの呼びかけに答える様にして現れたのは、燃え盛る炎で形成された巨大な龍。


 部分によって違う色取り取りの色彩を持った炎の龍は、その巨大な口を開けるとそのまま雄二を飲み込む。


「援護遅いぞお前ら!!」


 半径数十キロの地面すら溶け出し、周りに居る全ての生物を焼き切るその力を前にしても雄二は余裕の表情を崩さず、周囲の森妖種エルフ達に氷属性の魔法を唱えさせる事によって、エルピスの魔法を無効化した。


 それによって防御が遅れた森妖種エルフ達の少なからずが死ぬが、それを一瞥すると何事も無かったかのように雄二は剣を抜きながらエルピスに接近する。


「随分と魔法が得意な様だがこれだけ近寄られたらどうだ──喰らえ〈神速〉!!」

「身体能力が近いだけでそれ以外は圧倒的に開きがある。効かないよそんなの」


 視覚すら出来ない程の速度によって放たれた剣撃をギリギリでよけると、反動で隙が生まれた雄二の体に剣による傷を少しずつつけていく。


 今回の亜人達が共同で戦えていたのは、間違いなく雄二の手腕によるもの。

 なら目の前の敵雄二すら倒す事が出来たのなら、この戦争は終結するだろう。


 本来なら犠牲を少なくする為なるべく雄二を早めに倒した方が良いのだが、エルピスは剣を出したまま斬りかかれず、お互い距離を離すことが出来る魔法しか使えないでいた。


(とりあえず接触は確定っぽいな)


 なぜなら技能〈強奪〉を持つ雄二は転生者や転移者の──いや、全ての生命体の天敵といっても過言では無い存在だからだ。

 力を奪い取られるという事はこの世界において死より辛い事であり、最も警戒すべき事柄と言える。


 そんな雄二に対して本来なら様々な対抗策が用意できてから戦うのが正しい選択だが、こうして予想していたとはいえ突発的な雄二との戦闘が始まってしまった。

 その為どうしてもエルピスは雄二に対して攻める事が出来ず、恐らくエルピスの情報──技能構成や耐性などをある程度把握している雄二は、エルピスからすればこれ以上ないくらいにやりにくい相手だ。


 だが裏を返せばそれなのに雄二がエルピスに対して攻めてこないという事は、なんらかの理由があるはず。

 つまり付け入る隙があるとするならそこだろう。


 思考を固めたエルピスは作戦を決行するためにまずは雄二を引き剥がしにかかった。


「大地の女神の憤怒に潰れろ。国家級土魔法〔土壌圧殺アース・ブレイク〕!!」

「また国家級魔法!? 厄介な魔法を連続で使いやがってーーッ!!

 森妖種エルフ!  俺を魔法で撃て!!」


 エルピスが放った魔法によって、街を除いて視認できる全ての範囲が陥没し、敵を地中に飲み込みながらその圧倒的な質量で押しつぶす。

 こちら側の兵士はメイドと執事達に頼んで既に避難させてある為、味方を魔法で巻き込む心配もなく、エルピスは全力で魔法を放つことができた。

 国級魔法の連続使用に流石に不味いと思ったのか、過去一度も見た事のない焦った様な表情を浮かべながら、雄二は森妖種エルフに対して自らに魔法を放つ様命令する。


 その瞬間自身を守る為に魔法を使おうとしていた森妖種エルフ達は、またもやその悉くが自衛の為の魔法の展開を辞め、命令された通りに雄二に対して魔法を放つ。

 それに対して雄二は右手を前に出しながら何かを唱え、魔法は雄二に反応する様にして森妖種エルフ達が放った物とは別の防御系の魔法となって雄二を守る。


 他人の魔力を使用して魔法の威力を底上げするという暴挙に出た雄二は、エルピスを見下しながら楽しげに声を張り上げた。


「ふふっ、はははっ、ハハハハハッ!!

 気分が良いから教えてやるよ、俺の強奪は全ての物を奪い取る事が出来る。魔法も力も関係ない、全てだ!」

「……良いの? 悪役がそう言う事を言ったら負けるのが相場だけど」

「俺が悪役程度で終わる様な奴に見えるのか? はははっ!!

 お前が俺の技能を見切れていない事も分かって居るし、お前の技能スキルは概ね把握して居る。

 負ける事は無いのさ、さぁ無様に絶望に悶えろ!!」


 そう言いながら雄二が手をこちらに伸ばし、エルピスは魔法を使用して元いた場所から全力で回避する。

 後にのこったのは巨人の一撃でも受けたかの如くくり抜かれた大地と、衝撃をもろに受けた街壁だ。


 亜人達の攻撃でもビクともしていなかった街壁は無情にも巨大な穴が開けられ、街に逃げた兵士達を守る物を消し去っていた。

 それによって攻めあぐねていた亜人達も街壁に穴が開いた事でそこに雪崩れ込む様に突撃を開始しする。


 もしエルピスが魔法を使って援護に回ればその隙を見逃さない雄二にエルピスは力を取られ、援護に回らなければ街に運ばれた負傷兵と魔法の影響を受けない為に一時退避した人達がその命を落とす事だろう。


 だがここからエルピスが動けば結果的に雄二がその力を振るい、少なくない数の人間が命を落とす。


 口調こそ荒々しいがやってくることは昔と変わらず性格の悪い二択、相手が辛いか相手の仲間を辛くさせるかの二択だ。


「セラ! ニル!」

「ええ。分かっているわよ、誰一人通さないわ」


 だがその二択を迫ることができていたかつてのエルピス晴人はもはやここにはいない。

 頼りになる仲間の存在があればこそエルピスは己の行動に迷いなど抱くことなく、ただ自らがするべきことをするだけでいいのだ。


「──強いな。抜けないか、残念だ」

「まぁお前と俺は売り飛ばされた場所が違うしな、そっちは相変わらずな様で…いっそ憐れみすら覚えるよ、雄二」

「遥希か。随分と懐いてるじゃないか、防衛の頭数にすら入れられていない分際で」

「当たり前だろあの二人より俺の方が弱いなんてバカでもわかる。それに自分がしなければいけないこともな」


 エルピスと雄二の間に割って入った遥希は、その問いかけに対して確かな表情で言葉を返す。

 どうやら崩せそうにもない、そう判断したのか少しだけ嫌そうな顔をする雄二だったが、すぐに立て直すと改めて構え直す。


 先程まで手にしていた剣はどこ行ったのか、もはや素手になってしまった雄二とエルピスの間合いはかなり広がっていた。


「──なぁ雄二」

「俺の名を呼ぶな。半人風情が」

「いいよ、もう分かったから。雄二の狙いは王都だ、悪いけど遥希頼んだ。

 エキドナ! 一緒に行ってあげてくれ」

「ちょ、扱いがざつぅぅぅぅ!!!」


 今回の戦闘では呼ぶつもりもなかったが、こうなっては仕方がない。

 エルピスが魔力を込めながら名を呼ぶと、エキドナはエルピスの影から飛び出してその巨体を空に浮かべる。


 こちらに声をかけるでもなくこちらを一瞥し下を眺めると、軽くブレスを拭いて下の性濁豚達を焼き殺して遥希を加えると王都の方へと飛んでいった。

 契約というのはこういう時に楽だなと思いながらも、エルピスは目の前で渋い顔をする雄二に剣を向けて交戦の意思を見せる。


「さぁ雄二、そろそろ本当の悪役が出てくるころか?」

「何が言いたい?」

「お前にはこんなこと出来ないって言いたいんだよ。カリスマ性も軍略も全てお前がやったこととは考えにくい」


 高度なものではないにしろ陣形を組む亜人種達、隠密行動を徹底させる用意周到さ、初手で今回の出来事を見過ごせば致命的になるだろうという一手の重みもある。


 10年あればこの程度の知恵を手に入れることは出来なくはない、だがそれは人相手に限定した場合の話であって亜人種を相手にするのであれば期間は全く足りていない。


「そんなに怯えるなよ」

「怯えているように見えるか?」

「ああ。いままで何度も見てきた表情だよ」


 戦闘に恐怖は感じない。

 もちろん命を狙ってくる武器やその意思は恐怖の対象たりえるが、それを相手にしても落ち着いて行動できる程度には慣れている。


 ならば何故エルピスはいま何かに怯えているのか。

 それは単に人が死ぬ所を見たくないからだ。

 自身が死んだなら他人が悲しんでくれるかも──いや、エラやセラ達なら間違いなく悲しんでくれるだろう。


 だがエラやセラが死んだなら、自分は一体どうすれば良い? 家族が死んでも涙を流せなかった自分に、二人の為に涙が流せるのか?


 そんな感情が頭の中をぐるぐると巡り、結果この戦場では誰も殺させないという暴挙にエルピスの思考を追いやっていた。

 だがそんな事が出来るのは一握りの人間のみ。


 そして神の力を持つエルピスならばそれだって細心の注意を払い続ければ達成可能な目標のはずである。


「怯えているお前にさらなるプレゼントをくれてやる。ほら、喜べ」


 それに対して雄二は何処からかかなり大きな袋を取り出すと、無造作にエルピスの近くの地面に落とす。

 ぼろい雑巾に包まれていようとも〈神域〉によってそれが人間である事を把握したエルピスは、視界にすら入れずにそれを包む袋を切り裂く。


 だがその瞬間エルピスので防身体が硬直するものの、その隙を逃さないとばかりに魔法を放つ森妖種エルフをまるで何事も無いと言わんばかりに邪神の障壁ぎ、エルピスは重たい足取りで横たわる人物に寄り添う。


「委員長!?  ……どうしてこんなとこに」

「その声は晴人…君? 本当に晴人なの?」

「声? 俺の声はもう変わって──いやそんな事はどうでもいい、いま回復魔法をかけ──いや、転移魔法でこの場から逃すから楽にしてて!」

「あ、僕の事は大丈夫。だから晴人は僕の為に早く死んで」

「一体何を言って……」

「何を? いまいちわかんないけど、今はただ晴人のお腹の中身が凄ーく気になるんだ」


 花が咲き乱れる様な笑みと共に飛んできた短剣による斬撃を、すんでの所で邪神の障壁が止めエルピスはその場からとりあえず距離を取る。


 その純粋過ぎる殺意はいっそ天然さを感じる程であり、過去に自分を助けてくれた幹との違いに吐き気すら覚えた。

 理性的にはそれが罠であることを理解している、それがクラスメイトであるかどうか判断するかどうかの基準として扱われていることも。


 だがそれは──それとして扱われているものはエルピスが家族と同じくらい守ろうとしていたものだ。

 家族を、友を守るために力を手にした神はこの日、自らの意識すら溶かしてしまうほどの激情をもって殺意だけをその身に宿す。


 同刻、世界が震える。

 神の力を持ってして怒りに染まるその存在は、かつて大陸を消し飛ばし数多の種を絶滅させた冒険者組合で最高難度とされる神災級カタストロフは吠える。

 己が殺すべきものの名を。


「雄二ィィィィィィィ!!!!!」

「怖い怖い、どうだ? 素敵なプレゼントだろう? 

 十数年間会えなかった親友が異世界で出会うなら、最も素晴らしい出会い方──彼の方に見せるに相応しい! なぁ晴人!!」


 雄二が叫んだ彼の方と言葉すら耳に届かぬ程の憤怒に身を包み、エルピスは怒りに身を任せて神の権能を使用する。


 三つの権能の同時使用に四つ目の神の能力も使用すると、全ての骨が折れた様な激痛が全身を襲い、頭の中が掻き混ぜられたような感覚に襲われるが、それを回復魔法で無理やり相殺し、エルピスは口から漏れ出る血反吐を無視して剣を振り抜く。


「無様に死ね」

「──雄二様ッ! 危ない!!」


 大地を切り裂き、余波で山すら吹き飛ばせる様な一撃から雄二を庇う為に前に出た亜人は、無情にもその身体を切り裂かれチリすら残さずこの世から消える。

 だが一瞬見えたその横顔は、心からの満足で満たされていた。


 だからこそエルピスは更なる怒りに身を焼かれる。

 自らを助けた者に対して、一瞥すらせずに感謝の念すら送らないという行為は、エルピスからすれば最早怒り以外の感情を生み出すに値しなかった。


「ここは我々が!!」

「雄二様はお逃げくだ──ガハっ!? な、なにが」

「毒だよ。昨日の生き残りがばらまいた毒、苦痛と死を与える毒だ。雄二、これでお前を守るものはない」


 だがその当の本人は、神であるエルピスの威圧を受けても動じる様子は無く、飄々とした態度で静かに告げる。


「そうだな。部下は全滅させられたし、王都もどうやら制圧出来なかったようだし……ここで俺は降りるかな。じゃあな晴人、俺はお前の相手をするより主人の言う事を聞く方が大事なんでね」

「逃げれると思っているのか? 数百キロ圏内の転移魔法は封じ、空間は全て固定化させ断絶できない様にした。

 しかも人類生存圏内なら今の俺は感知できる。

 もう一度言う、逃げられると本気で思っているのか?」

「そうか? ──魔法による転移が出来ないならスキルで逃げるさ。

 それも無理なら……お前達、時間稼ぎをしておけ」


 雄二が周りを一瞥しながらそう命じただけで、周りに残る全ての亜人達は無謀にもエルピスへと飛びかかる。

 ほぼその形状を保っていない亜人達、元がどの種族であったか判別がつかないほどの姿でありながら文字どうり魂を燃やしてエルピスにしがみついているのだ。


 ──無論そこには幹の姿も見てとれ、エルピスは一瞬躊躇いを見せると幹に防御魔法をかけ周囲一帯の亜人達を殲滅する。

 瞬間的に雄二の使った転移も場所を割り出し天災魔法を放つが、周囲の地形を変形させた手応えはあるものの殺し切ったとは思えなかった。


 そしてそれと同時にエルピスは確信する、序盤手を抜いてはいたが三つの神の称号を解放したエルピスの威圧にも耐え悠々と過ごしていた雄二の姿を見て。

 あいつは神の眷属となっていると。

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