青年期:修行編

第107話未熟さ

 目の前に並べられた多種多様な日本料理を眺めながら、男女混合の七人組は、かなりの人で賑わう食堂の中で嬉しそうに悲鳴をあげる。


 声の主人たちは最近王国にて徐々にその名を広めつつある異世界人。

 本日は首都防衛に成功した者達を祝う祝賀会が行われ、エルピス主導の元遥希達もその祝賀会に参加していた。


「寿司に天麩羅に唐揚げとか、マジでなんでもあんじゃんこの店!!」

「おい旬斗! あっちにはバイキングもあるらしいぞ! 早く行こうぜ!!」

「おっけー小林君も行こうぜ…って小林君それ水零してる! めっちゃ零してるから!!」

「そんなに騒がずとも、この程度の水ならタオルでどうとでもなるだろうが」

「まぁ確かに──って秋季!? それタオルじゃない! 俺の羽織ってた服!!」


 いくら騒がしい事の多い店内とは言え、一際目立つ騒ぎ方をしている異世界の勇者達。

 だがそんな異世界の勇者達に向かって、周囲の者達は嫌そうな視線を向けるのではなく楽しそうに見つめるばかりだ。


 何故なら周りに居るのは、亜人達に襲われそうになっていた街や村の住人達。

 国王の迅速な判断により人的被害は二つの村で済んだとは言え、それでも少なからずの恐怖心を抱いていた住人からすれば、亜人達を打ち倒してくれた黒髪の者達は英雄の様にも写っていた。

 だがそんな英雄とも言える者達に対して、声を荒げるものが一人。


「あんた達周りの迷惑も考えなさい! いくら晴人──じゃなかった、エルピスが貸し切ってしかも料理まで用意してくれたとはいえ、他の人達もいるのが見て分からないの!?」


 そう叫びながら男達に対して文句を言うのは、同じ綺麗な黒髪を携えた可憐な女性だ。


 周りの者達からすれば全然気にしなくて良いことかもしれない、だがそれとこれとは話が別、一般の常識は例え相手が許そうとも守るべきだと語り、それを肯定する様にして遥希が口を開く。


「確かに少し騒ぎ過ぎだぞ。ニルさんを見習え、静かに何時の間にか有り得ないくらいの量食べてるだろ」

「遥希さん、僕有り得ないって言われる程の量は、食べてませんよ!? 人の事大食いみたいな言い方するのやめてくださいよ、少食でしょ?」

「いやその積み上げられた食器の数は普通じゃないんだが──とは言え確かに麻希と遥希が言う通りだな、五月蝿くしてすいませんでした!」

「いやいや、気にすんな気にすんな! あんた達を見てるとこっちも元気が貰えるんだ、好きに続けてくれ!」


 酒を浴びる様に飲んでいた男が率先してそう言うと、それにつられる様にして周りの者達からも同意の声が上がる。


「そうだそうだ! エルピス様の奢りなんだし好きに騒ごうぜ!!」

「と言う事で騒ぐぞーっ!!!」

「あんたらは…あぁもういいや、好きに騒ぎなさい!!」


 周りの者達に影響されて再び騒ぎ出した旬斗を見て、麻希は頭を抑えながらヤケ酒を飲み始める。


 そんな先程よりも一際騒ぎ出した者達を遠巻きから眺めるのは、灰色に近い髪の毛をショートにし、いつのまにかさっきいた場所から移動して大量のご飯を食べるニルと、短い黒髪に飾り付け用のかんざしを付け日本酒と書かれた酒をゆったりと飲む紅葉だ。


 お酒に強い紅葉からすれば程よく酔える度数の日本酒を飲み、騒ぎの中心をぼーっと眺めていると、食事の手を止めニルが口を開く。


「紅葉さんはあそこに入ってこないんですか? 随分と楽しそうですが」


 ニルが敬語を使う相手はそれほど多くはない。

 相手との距離感を重視するニルは積極的に相手と仲良くするためにフレンドリーな口調を使う事が多く、こうして敬語で話すニルを見ればエルピスも珍しいものを見たような顔をするだろう。

 そんな彼女の言葉にた明日苦笑いを浮かべながら言葉を返したのは紅葉だ。


「私はああいうのは苦手やもんでなぁ……そう言うニルはんは入ってこんでええん?

 私らの監視すんのやったら、距離的にも少しとは言え、近い方がええやろ?」

「気付かれないように振舞っていたつもりでしたが、どうやらバレバレだったようですね。

 確かに見て来てくれとはエルピスに言われましたが、貴方達の行動を制限したりそう言ったものでは有りませんし。

 恐らくは貴方達になんらかの危害が及んだ場合に危険を排除する為の僕でしょう」

「確かにあんさんかなり強そうやしなぁ…私らがちょっと頑張ったくらいじゃ、絶対に超えられやん壁があんのが何となくわかるわ」


 そう言いながら紅葉は自分が飲んでいた日本酒をニルに対して渡し、ニルも数千年振りの酒に頬を緩ませる。

 ニル自身が今回の騒動前である状態ならば、紅葉達全員が力を合わせれば多少なりとも善戦は出来ただろう。

 だが今ニルの主人であるエルピスは龍神、魔神、邪神の称号を解除した状態にあり、エルピスの力に比例して強くなるニルは"神獣"と呼んでも差し支えのないほどの力を手に入れた。 

 世界を作ることの出来た全盛期には未だ及ばないとはいえ、人類が勝つには余りにも高すぎる壁と言えるだろう。

 それを少しでも知覚できた紅葉に対して少しばかりの敬意を抱きながら、ニルは話を変える。


「まぁ僕は強いですから。

 そう言えば話は変わりますが、委員長と呼ばれていたあの青年は、一体エルピスとどのような関係だったのでしょうか?」

「委員長さんは確か、エルピスはんとは昔からの友達やったと思うよ?

 私は高校からエルピスはんと会ったから、詳しい事は言えんけど、それでも家の関係で面倒事から逃げてた私とは違って、格別に仲が良かったんは記憶しとるよ」


 過去の自分に対して、怒りの感情でも持っているかのような表情でそう言いながら、紅葉は酒を煽る。


 休み時間だけではなく、休日も良く会っていると、委員長と同じで晴人と気兼ねなく喋ることが出来た舞妓が言っていたのを、なんとなく覚えていたからだ。


 舞妓の家はかなりの大金持ちで、雄二が親に舞妓を退学にしようと言ったところでそれが無駄に終わる事を知っていた。

 だからこそ晴人と平気で喋れていた舞妓の事を思い出し、紅葉はやるせない気持ちになる。

 自分がその立場だったら、もっと違う結末があったのではないかと。


(とかそんな事言い訳をいくら考えても、私が逃げた事には変わりは無いんやけどなぁ)


 思い返すのは教室の隅でつまらなさそうに頬杖をつきながら外を眺める晴人の姿、話しかけられればどれだけ楽だったか知らないが高校生の頃の自分では他人の目を気にしてしまい話しかけることすらまともにできなかったのだ。

 もしかすればもみじと晴人が仲良く過ごす別の世界線もあったのかもしれないが、それはもう既に過ぎ去った話だ。

 過去を変えられるのならば変えたいものだが、未来さえ見えていない今ではそれをしたところで何が変わるかすら分からない。


「委員長ですか……確かそう呼ばれていた子は王城の治療室に居たはずですね。

 少し席を外します、すいませんが見ておいてください」

「ええけど任されたのに離れてええん? 

 それにエルピスはあんまり委員長に会いたがってなかった見たいやし、あんさんも委員長にはあんまり興味ないんとちゃうん?」

「何ですかその偏見。

 確かに姉さんならエルピスが興味を持つものしか殆ど興味を持ちませんけど、僕は意外と色んな事に興味を持つタイプですから。

 なんかあったらこれを吹いてください、戻ってくるので」


 紅葉に笛のようなものを手渡し、そう言いながらニルは席を立ちその場から消える。


 おそらくは超高速で構築したであろう転移魔法に、ああいうのが化け物と言うのだろうと考えながら、紅葉は騒ぎを更に大きくしている遥希達の元へと静かに足を進めるのだった。


 #


「さてさて委員長さん、正気は保ててますか?」


 薬品の匂いが辺りに充満し、立地的に陽の当たらない暗い医務室の中で、委員長と呼ばれた男は静かに入ってきた小柄な女性に目を向ける。


 見たことはない、だがそれは幹からすれば当たり前のことだった。

 この数年間、具体的に言えば一、二年の記憶が全て曖昧になってしまっているからだ。


 もしかすれば知人か何かなのかと思いその綺麗な顔を見てみるが、その目からは優しさや友好的な雰囲気は感じ取れない。

 どちらかといえば見定めるような、敵に対しての視線のような、そんな雰囲気がある。


 だから幹は何の為に目の前の女性が来たのか疑問に思い声をかける。


「……どなたですか? 僕が殺した人の家族か何かでしょうか?」

「真っ先にそれが思い浮かぶと言うのは何と言うか…この世界もそこら辺は厳しく作ったんだなと実感できますね」

「厳しく作った? どう言う事でしょうか?」

「あ、そこら辺は気にしないでください。ただの独り言ですので」


 久方振りに会話という行為を行う所為で、少し言葉が出てくるのが遅いが、なんとか会話を出来る事に安堵していると、目の前の女性は幹が寝そべるベットに腰掛けた。


 その仕草は妖艶と言うには余りにも殺気と怒気を含んだ立ち振る舞いで、死と隣り合わせに生きていたこの十数年の中で最も死をハッキリと認識させてくる。


 一言を間違えればそこに死があるのがはっきりと認識でき、死んでも構わないと思っていたはずなのに手が無意識に震えていた。


「先ずは自己紹介から、僕の名前はニル・レクス。

 色々話を聞いて私の方は貴方の事を知っていますので、自己紹介は不要です」

「あ、はい。分かりましたニルさん」

「良い返事です。それでですが、貴方は一体どちらの味方なのか──聞いてもよろしいでしょうか?」

「どちらの……とは?」

「エルピスの敵かそうじゃないか、ただそれだけです。

 あ、嘘ついても直ぐに分かるので、下手な嘘は自分の首を締めるだけだと思ってくださいね?」


 文字通り返答次第では首が飛びそうな問いに対して、必死になって脳から言葉を選び出そうとする。


 幻覚魔法の応用によって一般常識全てを混濁させられ、何が良くて何が悪いのか理解出来なかったからと言う理由だけでは、目の前の少女には通じないだろう。


 だから寂しげな顔をしてベットの横に立ち、泣きながら去って言ったエルピスという名前の青年を見て思った事を素直に口に出す。


「味方でも敵でも有りませんよ。確かに出会った人に対して剣を向けたーーまぁこれも後から聞いた話ですがーー事は許されない行為です。だから彼の前には


 これは幹がこの数日間の間に考えて出した結論だ。

 いままで一体何人殺してきたのか、罪悪感すらけされて頭の中がこんがらがっている今では自分の罪を意識はできないが、それが悪いことであるというのは理解できる。


 だからこそ責任を持って、これで命を狙った事を許してくれるとは思ってもいないが、幹は二度と合わない決断をした。


「そうですか……今のは聞いていない事にしておきます。

 貴方の事は大体理解出来ましたので、私はここら辺で失礼させてもらいます」

「分かりました」


 静かな足取りで部屋を出て行くニルの背中を眺めながら、委員長は静かに言葉を漏らす。

 懐かしい友人を思い出しながら。


「あぁ怖かった。それにしてもこんな世界で、晴人は一体何処に行ったのかな?」


 唯一の心の救いにしていた晴人との約束を思い出しながら、幹はゆっくりと息を吐き出す。

 自身が心の支えにしていた物を、自分で突き放したとも知らずに。


 #


 龍の森の最奥、イロアスやクリムですら知らない秘境の地にニルは訪れていた。


 足元は少しぬかるんでおり、どうやら先ほどまで雨でも降っていたようで靴が汚れるのを気にしつつ、周囲から襲ってくる龍達をあしらいつつ進んでいく。


 比嘉の戦力差を分かっているはずなのに一心不乱に龍達が襲いかかってくるのは、この奥にいる人物を必死になって守っているからだろう。


「なんだ、やけに若い奴らがコテンパンにされていると思ったらニルじゃないか。

 お前ら通してやれ、龍神の番だ」


 いつの間に影からでてきていたのか、周囲の龍を押し除けて出てきたのはエキドナだ。

 普段はこうして表に出てくるのは珍しいのだが、周りの龍と同じでエルピスの感情に感化されて出てきたのだろう。


「ありがとエキドナ。思ってたより執念深かったからもうちょっとで実力行使しちゃうところだった」

「そうだろうと思って出てきたんだ。エルピスはこの先だ、少々荒れているから気をつけた方がいいぞ」

「分かってる。理由もね」


 ニル自身には言われたことがなかったが、セラから先程会ってきた委員長とエルピスは仲が良かったと聞いている。

 そんな相手に初対面の相手だの二度と合わないだの言われれば、落ち込んでしまうのも無理はない。


 思っていたより時間がかかりそうなので魔法を使ってセラに護衛の交代をお願いし、足早にエルピスの方へと向かう。


 この世界において最高峰の力が振るわれる目の前の空間に近づきつつ、ニルは大声を上げてエルピスに自分が来た事をわからせる。


「エルピス、僕が来たよーっ!!」


 ただ叫んだだけではあるがそれだけすれば十分で、目の前で行われていた破壊活動も一旦なりを潜め土煙が晴れてきたことでエルピスの姿がしっかりと目視できるようになる。


 特にこれと言って外見上の変化はないが、威圧感だけでいえば普段の数倍だ。

 周囲にある草木はその怒りの感情だけで枯れ果て、大地も使い物にならなくなってしまっている。

 爆心地で汗を垂らしながら怒りを隠そうともしないエルピスは、息を整えながらこちらになるべく優しい声を出すように気をつけながら話しかけた。


「どうしたんだニル。遥希達に何かあったか?」

「向こうは至って平和だよ、セラに任せてきたから特に問題もないと思う」

「それなら良かった、どうしてここに? よくここが分かったな」

「そりゃ完全無敵のニルさんだからね、好きな人が傷ついてたら助けにもくるよ」

「慰めに来てくれたのか?」

「うん。座るよ。よこ」

「ああ」


 了承を得てエルピスの横に座りつつ、ニルはどんな言葉をかけようか悩む。

 なんとなくエルピスが落ち込んでいる気がしてここに来ただけなので、はっきり言って無計画だしなにか慰めの言葉を思いついたわけでもない。


 だからとりあえず一番心に来ていることから解決させてみる。


「すっごい落ち込んでるところ悪いんだけどさ、エルピス」

「ん? なんだ?」

「エルピス自分が晴人だって事あの子に伝えた?」


 あの口ぶりからしておそらく言っていないのではないか、そう思っていたニルの考えは的中したようで、みるみるうちにエルピスの顔が納得したような表情に変わっていく。

 創生神の時から何も変わっていない、肝心な所でエルピスは抜けているのだ。


「そう言えば言ってなかった…!」

「ちょ、ちょまって。いきなり行こうとしない、向こうも洗脳が解けたばっかりでまだ不安定なんだから」


 いますぐにでも行こうとしているエルピスの手を掴みなんとか止めて、ニルはエルピスを静止する。

 言いたい気持ちは分かるが今行けばただでさえ混乱している頭がさらに混乱するだろう。


「確かにそうだな。ありがとニル」

「いやいや大丈夫だけどさ。それで悩みは解決した?」

「半分は」

「残りの半分は?」

「実力不足かな、みんなに実戦経験積んでもらおうと最初の方は手加減してたから良いとして、最後は本気でやったのに裕二を殺しきれなかった。それが心残りかな」


 確かに神の力を使っていたというのにしっかりと殺しきれていなかったのは、ニルも側から見ていたのでよく分かっている。


 殺す気でやったのに殺せなかったということは、単純に実力不足故だからだ。

 油断ももちろんあっただろうが、それでも神の力から逃げ切ったあの男の方が一枚上手だった。


「なるほど。そういう事なら僕と姉さんに任せてよ、確かに今のエルピスは神の力を使いこなせてないし、修行をつけないとダメだとは思ってたんだよね」

「助かるよ。委員長が落ち着くまでは真面目に特訓してみるか」


 一頻り納得して考えが落ち着いたのか、先ほどまでの荒ぶる気を抑えてエルピスは修行のために準備を開始する。

 こうして数週間にわたる地獄のような特訓が始まるのだった。

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