第99話編成

 もう一つの村の火葬も終え、多少の戦闘で返り血にその身を染めながらも一旦やれる事を終えたエルピスは、再び王都へと戻ってきていた。


 外出ついでに敵の詳しい居場所も探したかったのだが、それを差し置いてでもエルピスが王都へ戻ってきたのは頼りになる人物達がここにいるからだ。

 エルピス一人でも解決できない事はないだろうが、力のある人間が多い方が安全性は高い。


「──という事でお前達にも手伝ってもらうぞ」


 場所は王都にあるアルヘオ家別邸、なにかと便利使いされているこの場所は、今回も今回で便利に使われていた。


 有無を言わせぬ口調でそう口にしたエルピスの目の前には、この世界ではあまり見られないような行動をしている男女が多く座っていた。


 どこから取り出してきたのかマニキュアを塗っているものや、ガンプラもどきのようなものを作っているそんな彼等からしてみればエルピスの提案は突然のことであり、作業を中断して突如やってきたエルピスに疑問を投げかける。


「手伝う分にはそりゃこんだけ良くしてもらってるから全然良いんだけどさ、何をどう手伝うか言ってくれないと何も出来ないんだけど」

「簡単だよ、困ってる人達の救助に力を貸してほしいんだ。

 相手は性濁豚オーク人卵植インセクト、あと粘触種テンタクルの三種類が今のところ確定してる。

 目下の目標は亜人種の対軍による王国襲撃という未曾有の危機の回避、みんなに任せたいのは一般市民の護衛が主かな。

 この袋の中に必要経費を置いて行くから、各々で足りない物は揃えてくれる?」

「なにそれ、結構この国もはピンチね?」

「そうなんだよ、大変なんだ。島崎さんにもぜひ協力してもらいたいね」

「亜人種の大群か……俺の能力構成は基本的に対魔物用だから効くかどうか不安だな」


 そう言いながら手をふらふらさせてどうしようも無いと主張するのは、この王都を拠点として活動している遥希だ。

 なんらかの指示は出した方が確かにいいのだろうが、エルピスは人に対してどうこう言えるほど指揮能力が高いわけでもない。


 そもそもの話このニ年間色んな調査をしている間、一度もこの王都にある別荘に来ていないので、遥希たちの力量もどれほど上達したのかわかっていないのが現状だ。


「そこら辺は一回詳しく聞いた上で考えた方が良いかな。他にも休んでるクラスメイトとか居たら呼んできて、話するから」

「それは良いけど時間押してる感じじゃ無いのか? なんかいつもより焦ってるみたいだけど」

「時間は──まぁたくさんあるわけじゃないけど避難活動も終わってるし今のところは大丈夫だよ。

 一応時間の流れだけは遅くしておくか」


 エルピスが魔法名を唱えると、手の中にいくつもの魔法陣が不規則に構築され、部屋全体を一瞬のうちに覆ったかと思うと不意に搔き消える。

 本来ならこの世界に時を完全に止める魔法というものは存在せず、かなり優秀な魔法使いであれば自身の体感時間のみを伸ばす事などが可能という程度なのだが、魔神の魔法を作り出す権能を使って無理やり生み出した。


 原理としては簡単でセラが使っていた結界魔法を使い、周りと一旦切り離してから時魔法を使い無理やり止めている。

 その代わりにこの魔法の範囲内から出る時に身体が外と中の時間差に合わせようとして強烈な吐き気に襲われるが、まぁそれは仕方のないものだと諦めて欲しい。


 そんな事を後で廊下で吐いているであろう遥希を想像しながら、なんとなく思う。

 エルピスは神人なので吐き気にも襲われないが、相当きつい吐き気に襲われるのはこの前アウローラに使った時でわかっている。


「消費魔力がかなり多いから余り使用したくなかったんだけどまぁ良いか」

「すごい魔法だね晴人、見たことも聞いたこともないよ」

「最近開発されたばかりだからね。前山君は嶋崎さんと情報伝達係をして欲しいんだけどお願いできるかな?」


 最近開発されたばかりだと言うのは嘘ではない。

 この世界には元から存在しない魔法体系ではあるが、エルピスが考えて作り出したのだから間違ってはいないだろう。


 わざわざ情報伝達係をエルピスが前山君に任せたのは、島崎さんを出来るだけ自分から離してもらおうと言う思惑があってのものだ。

 たださすがにあまりにも露骨すぎたのか、我慢ならないとばかりにエルピスに対して島崎が食ってかかる。


「厄介払いってわけ?」

「おい、花梨やめとけって」

「いいよ別に前山君。島崎さんも悪気があって言っているわけじゃないと思うし」

「それ本気で言ってんの?」

「本気だよ、少なくとも俺は悪気を持って言わせてもらってるけどね」


 普段ならば落ち着きを見せる場面だと言うのに、エルピスが強い言葉で相手に対して返すのはただただなんとなくと言う理由だけである。

 他人を好きになる理由は探さなければ見つける事は出来ないが、他人を嫌いになる理由は探さなくとも見つかるものなのだ。


 お互いに睨み合うものの口論以上のことに発展させるわけにもいかず、そんな状況に耐えきれなくなったのか近くでそれを見ていた安保が言葉をこぼす。


「──空気悪いね」

「あははーっ確かにそうだね安保くん。換気する? 最近王都で風邪流行ってるらしいよ」

「──ッ! 風浴びてくる」


 だがそんな安保の助け舟さえも担いで島崎にぶち当てるのが彼女に対するエルピスの態度である。

 これ以上この場に長くい続ければ手を出す可能性があったからだろう、エルピスもその雰囲気を感じ取っていた上での行動だったので特に何も口にする事はない。


 だが少しずつ時間が経っていけば気まずさもエルピスの中で生まれ始め、なんとかするかと口を開く。


「ごめんね前山君、島崎さんお願いして良いかな?」

「良いけど……悪いけどもう少し優しくしてやってくれないか? あれでも晴人に感謝してるんだ」

「ごめんね前山君。多分元から合わないんだよ、だから無理に合わせようとしない方がいいと思う。

 前山君は島崎さんを追いかけてあげて」


 日本にいた時のエルピスと彼女との関係は、良かったとは口が裂けても言えないがこんなにも悪くはなかったはずだ。

 少なくとも会えば悪態をつくような険悪な間柄ではなかった事は確実である。


 だとすればいまこの様な雰囲気になっているのは、エルピスが自らが自覚していないうちに少しずつ変わっていった結果なのだろう。

 この世界で生きてきた中で決定的な何かがエルピスの中で変化を起こし、その何かが彼女の行動を否定しているのだ。


「連れてきたぞエルピス」

「ありがと。それじゃあみんな座って」


 少しすれば頼んでいた遥希が戻ってきて数人部屋の中へと入ってくる。

 顔を見てみれば確かに思い出せる様な出せない様な顔をしている人物だらけで、同級生であるだろうと言う証拠はこの世界では珍しい黒髪だけだ。


「俺の事については知ってる?」

「一応は聞いているが…」

「それなら話は早いね、良かった。……なんだよ? もしかして信用してないの?」


 落ち着きなく椅子に腰をかける彼等に対して、エルピスはまずはどれくらい信用を得られていそうかと軽く問いを投げかける。

 それに対して帰ってきた彼等の返答は言葉にこそしていないものの、確実にエルピスの事を晴人だと認識していないことを教えてくれた。

 

 信頼されていないのは想定内ではある、彼等に対して自分がクラスメイトであることを示せる証拠などそれほど多くはない。

 もしエルピスが逆の立場であったとして、果たしてどれくらい信じられるものだろうか。


「そこら辺はおいおい信じてくれたらいいか。まず君達──連合国に居た人達は何人?

 全員の名前は……まぁ良いか。それと能力試験構成は?」

「分かってると思うけど名前も言うぞ? 俺の名前は吉井和人よしいかずと

 連合国に居た人数は10人、そのうちここに来たのは俺含め6人。

 あと俺の能力構成は〈抜刀Ⅱ〉と〈閃光Ⅲ〉、それと〈領域〉だ。一応覚えておいてくれ」


 この世界では見慣れない短い黒髪に簡素な受け答えをしたのは、エルピスと日本で全く喋ったことのなかった和人だ。

 連合国に居たのは10人で王国に来たのは6人──内2人はエルピスが直々に殺し残りの一人は空の手で爆殺されているのでこの場に居ないのは分かるが……1人だけどうやら数が合わない。

 となると誰か1人がなんらかの理由で、逃げたか死んだかしたわけである。


 それを誰か聞きたいが、まだエルピスの事を晴人だと信じ切っていない和人が答えてくれるかと聞けば雰囲気からしてそうでも無さそうなので、後から来た人に聞こうと判断を下す。


 それから数分して遥希が数人の男女を連れてきて、エルピスに会釈してから部屋に通す。

 この部屋は一応応接室なので、数十人程度なら入るのだがやはり強い者が集まると威圧感も相待って何処か狭く感じる。


 だが空間を広げる魔法はセラの専売特許でエルピスの苦手分野、これ以上魔法を使うとアウローラ達の援護に使っている魔法が切れそうなので我慢してもらおうと諦める。


「じゃあ俺から……かな? 俺の名前は相川旬斗あいかわしゅんと

 俺の能力は基本的に援護系統で構成されている。よろしくな晴人!」

「次は俺だな。俺の名前は西郷秋季さいごうしゅうき能力は筋力増加系──まぁ要するに自分の身体を強化して、敵を殴るのが得意だ」

「私は波賀麻希はがまき。能力は催眠系よ、名前くらい覚えてなさいよ晴人」

「まぁそうは言うても晴人君だって、この世界に生まれてからえらい色々あったそうやん?

 ならしょうがないと思ったらんと。

 あ、私の名前は浦原紅葉うらはらもみじ

 能力構成は殆ど刀にふってあるから、言うたら剣士みたいなもんやと思てくれてええよ」


 目の前で各々の武器を取り出しながら、何処か決めポーズの様な物を決めて楽しそうに自己紹介をする同級生を見て、エルピスはどうしようかと思案する。

 能力構成的には思っていたよりも偏りもなく、本来の予定なら何人かの城兵を率いて戦ってもらうつもりだったのだが、なに分全員が全員揃いも揃ってキャラが濃い。

 紅葉さんなんか三重か京都か忘れたが、そこら辺から転校して来たから方言が強すぎので、おそらくこの世界の人は誰も彼女の言葉を理解できないんじゃないだろうか。

 そう思いながら彼女の顔を見て居たのがバレて、紅葉さんは顔を少し紅くしながら口を開く。


「なんや晴人くん随分けったいな顔しとるけど….あぁ私のこの方言が気になるん? ごめんやけどこれは治せそうに無いんやわ~ほんまごめんな?」

「いや、別にそれは構わないよ。うちのクラスって全国から人が集まって来てるの忘れてた俺が悪い。取り敢えず紅葉さんは後で部隊を決めるから、そこの武器でも物色してて。他の人達は後で得意な武器を教えてほしい」

「ほな、そうさせてもらうわ」

「いや、俺らの使えそうなのもあるから別に構わないぞ」


 そう言いながら紅葉は、テーブルの上に無造作に投げ捨てられたエルピスが余った時間で自作した武器を物色し始める。

 それを見て目の前の3人も少し早足で武器を選び出し、エルピスは空いた時間で収納箱ストレージから白い紙を取り出しながら、エルピスは必死になって部隊構成を思案する。

 今回の事件はかつてエルピスが王国在住中にあった大臣反逆事件とは物が全く違う。

 それは相手が魔物である事や、その裏で魔物達を操っているであろう個人もしくは複数人がいる事もそうだが、一番の問題は指揮系統の違いだ。

 大臣反逆事件は気配察知や魔法の能力が一番高いエルピスになんと無くで命令権が回って来て居たが、今回はそうもいかない。

 王国兵士の統括であるアルや、宮廷魔術師長であるマギアよりーーましてや王族よりも上の命令権など、いくら非常時であろうとエルピスが本来持てるものでは無いのだ。

 だがアルヘオ家の長男であるエルピスに対して命令する事もまた手順を考えると面倒くさく、一度間にエルピスの両親を挟む必要が有るのだ。

 それならとグロリアスが特別に作ってくれた枠が、今こうして作っている最中のエルピスの部隊という事になる。

 百人くらいはこっちで選別するから後は適当に見繕ってこいと会議前にアルキゴスに指示をもらったので、長年王国内で動いてもらっていた同級生達に声をかけた訳だがーー


「この武器なんか光ってね? 魔力に反応して光ってんのかこれ」

「んな訳ーーめっちゃ光ってんな。もうなんかめっちゃ光ってんな」

「だろ? これかっこよくね? 虹色に光らせようぜ虹色に」

「ばっかやろうお前ら虹色なんかより赤一択だろ。光量ももっと多くしようぜ」

「赤色? まぁ試しにやるか、おっけー任せろ! おらっ!」

「ーー痛ったいわね! どんだけ光出してんのよ目が潰れるわ!!」


 本当にこんなアホ達に声をかけて良かったのだろうか。

 中身高校生のまま進化したとかそんな次元を飛び越えて、むしろ退化しているまである。

 そう思いそうになる心を、あいつら一応勇者だからという魔法の言葉で押さえつけ、再び編成の書類とにらめっこする。

 エルピスが今自由に動かせる事がーーまぁ動かせると言う言い方には語弊があるがーー出来るのはフイトゥス含め元から支えてくれて居た人達二十数名と、目の前にいるクラスメイトに天使と悪魔が数十体と言った所だ。

 天使と悪魔に関しては、エラを助ける為に召喚した者達が未だに残っていて、忠誠を誓ってくれて居たので数として数える事にした。

 何故元は数百も居たのに数十体まで減ったかと聞かれれば、天使と悪魔が一対一で戦い、負けた方は天界や魔界に帰るという条件で、かなりの大規模戦闘を繰り広げ、その末にこの人数まで減ったという訳だ。

 セラとフェルは悪魔と天使の最上位らしいので、2人に天使と悪魔関連は全て任せている。

 フィトゥスよりもフェルの方が立場上は上位な事に疑問を感じこの前聞いて見たのだが、どれ程種族的に進化しようとフイトゥスよりフェルの方が偉いのだと説明され何となくそんな物かと理解した。


(とは言っても限界まで進化したら、フイトゥスも同じ種族になれるんじゃ無いかな…? フイトゥスには悪いけどこの件が終わったら魔力ありったけ渡してみようかな)


 そんな事を思いながら編成を終えたエルピスは装備を整え、同級生達に組分けの紙を渡しながらその場を後にする。

 情報収集から何から、やる事は山のように積もっている、久々に真面目に仕事をしようと意気込むエルピスだった。

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