第97話作戦会議

「──そろそろかな?」


 木漏れ日が眩しい朝、出された食事を食べ終えてする事もなく、手持ち無沙汰にゴロゴロとしていたエルピスの耳に、ふとそんな声が聞こえてくる。


 声の主は窓に寄りかかりながら外を眺めているニルだ。

 視線は誰かを捉えているようではないが、彼女の言葉は何処か確信を持って発されたような雰囲気があった。

 その事についてエルピスが疑問を感じていると、部屋の扉を壊さんばかりの勢いで開けながらフィトゥスが飛び込んでくる。


「エルピス様緊急事態です! 亜人が王都に向かって侵略してきています!!」

「はぁ!?」


 珍しく汗を垂らしながら叫んだフィトゥスの言葉に対して、エルピスは信じられないと朝の眠気に誘われかけていた頭を叩き起こしてその意味を改めて理解する。


 王国が事もあろうに#侵略__・__#されている? それも亜人種に?

 もしこれが何処の誰とも知らない人物であったのならば、何か危ない薬にでも手を出したかそれとも虚言癖があるのではないかと疑ってしまうほどだ。


 だが報告をしてきた相手はエルピスが最も信頼する人物の一人、フィトゥスの口から出た言葉であればそれがどれだけ突拍子もない話であったとしても信じないわけにはいかない。


「情報の出所は? 王国側の対応はどんな感じ?」

「三日前にアルキゴスさん率いる特設部隊の演習地点にて大隊規模の亜人種と接敵、その後航空観測と魔法を用いての遠隔観測で敵二個師団に遊撃大隊を複数発見しています。

 王国の対応といたしましては非常事態宣言を発令、周囲の村民は街への避難を呼びかけており、確認されているだけではまだ村二つの犠牲で済んでいます」


(そんなに都合よくそんな所にアルさんが? ニルがフィトゥスが来ることを分かっていたようなところも気になるけど……)

 気になることは様々あるが、それを口に出す時間すらも惜しい。


「犠牲者が出てるのか……敵の規模も考えれば圧倒的に少ないけどそれでもだね。

 でもアルさん達が早期に接敵できてて良かったよ、とりあえず王城に向かおうか」


 現状を把握するためにも、そして敵がなんであることかを知る為にも王城には向かうべきだろう。


「ニル、悪いけど遊びに行ってるアウローラ達を呼び戻してきて。

 合流できたらフェルにアウローラの護衛をさせて、灰猫とエラはフィトゥスと一緒に家のメンバーを集めていつでも動けるように。

 要件だけ伝えたらセラとニルはルンタで待機しておいて」

「分かったよ。気をつけてねエルピス」

「そっちこそ気をつけて」


 /



 数十人程が対面で座れる長机に腰を置いているのは、エルピスと近衛騎士、そして宮廷魔術師達。

 更にグロリアス、ルーク、イリアまでもいる。


 軍務担当に財政担当、宗教の長に行政のトップまで出てくればさすがにエルピスも今から戦争が始まるということはさすがに理解できた。

 グロリアスからではなくアルキゴスから収集がかかったのはいつ以来だったか。

 確かかなり昔──エルピスが王国を主発する以前の──湖に出没した海龍種シーサーペントの討伐以来なので、緊張しつつも必然的に全員の視線が自然と招集者として名前が上がっていたアルキゴスに向けられる。


「全員集まったようですので、始めさせていただきます」


 自身に注目が集まったのを確認してから、アルキゴスは側に控えさせていたメイドに一枚の紙を配らせる。

 一般的に王国内で使われている書類よりもかなり上等な、王族貴族が執務用に使うような紙を手に取りエルピスはその内容に一通り目を通す。


 最初に渡された紙は聞いていた話と相違点は殆どなく、続いて流れてきた紙には兵力や装備についての今後の見通しや他国からの援助について記載されていた。


「一部の情報網を持っているもの達や王族の方々には先程移動中に伝えたので既知の情報かと思いますが、一応今回の件についてまとめさせて貰ったので一通り目を通してください」


 ついで流れてきた紙に書いてあることは、おそらくエルピスが今年一年間で見る報告書の中で一番最悪の内容だと思えるようなものだ。


 要約すれば今回の大侵攻の原因は、性濁豚オーク人卵植インセクト更に粘触種テンタクルが大量発生したが故であるという報告書だった。

 性濁豚はこの世界においても前の世界と同じような扱いになっており、おおよそイメージ通りの種族である。


 二つ目の人卵植インセクトは人、もしくは亜人種の身体に卵を植え付け脳を餌として人間を苗床にする生命体。

 粘触種は要するに触手の生物。

 対象の体液を自らの力に変える事で自身の身体を大きくし、止めない限り無限に成長するという厄介なものだ。


 この三つの種族には人間を襲い無理やり犯すという共通点があり、男女関係無く行われるおぞましいその行為は人としての尊厳を強制的に捨て去る。


 それをこの場にいる全ての人間は知っている、故に身体が冷めたと勘違いする程に静かな怒りに燃えているのだ。


「既に2つの村と1つの街が襲われました。街に関してはその場に私とルードスにオペラシオンが居合わせたので、誰も攫われては居ません」

「アル、逃げる敵の後は勿論付けたのじゃろうな?」

「そうしたかったのは山々だが、俺達がわざと取り逃がしたオークはこの弓で絶命した」


 疑問を投げかけたマギアに対して、これが答えだとばかりにアルキゴスは矢を机の上に置く。

 それは王国内で一般的に使われている鏃だが、先端には毒が塗られ若干ながら矢の羽の部分が切り裂かれて居た。


 そんな事をして真っ直ぐ矢が飛ぶのだろうかと疑問が湧くが、若干ながら残っている魔力の残り香からして、どうやら魔法を同時使用しながら放った一撃であるようだ。


 そんな事が性濁豚に出来るとは到底思えないが、一番できそうな森霊種は性濁豚達と非常に仲が悪いので裏に誰かの影がちらつき始める。


「エルピスさん、この矢が何処のものでどう言った毒でどんな魔法がかけられて居たか分かりませんか?」

「王よ、それは少々無理が──」

「出来るぞ。貸してみろ」


 グリロアスの問いに対し、否定的な意見を浮かべたルークを遮る様にしてエルピスはそう答えた。

 何故かエルピスがそう言うとかわかって居ましたと言わんばかりの顔をしているグロリアスを除き、驚きの表情を見せるもののそれを気にせずエルピスは渡された矢を眺める。


 使う技能スキルは鍛治神の技能スキル〈鉱物鑑定〉と盗神の技能スキル〈毒物鑑定〉更に魔神の技能スキル〈魔法感知〉だ。


 毒物や鉱物は完全鑑定で見れないこともないのだが、完全鑑定の場合専門的な物に対して応用系の情報まで得られる訳では無い。


 権能ほどでないにしろ少々神の力を使うのはしんどくもあるが、泣き言を言ってられないので技能を並行して鑑定していく。


「エルピスさんは少々時間がかかりそうなので、僕達は他の事を決めておきましょう。

 まずはイリア。君の権限でしっかりと王国内の全ての支部に今回の件のことを伝えてくれ。

 ルークは兵士達の士気をしっかりと高める事。それ以外の者達は、大貴族から順にこの話を流して来い。

 だがフェンデェル公には伝えなくて良い、俺が直接伝えてこよう」

「宮廷魔術師からは、被害が起きた近隣の町全ての住人を既に転移させる様手配しております。

 アルヘオ家にもご協力頂き、既に転移を開始しているでしょう」

「ありがとうございます老師。財務担当の意見も聞きたいんだが、聞かせてもらえるか?」

「資金自体は問題ありませんね、今回の遠征も非常用金から賄える程度のものですし。ただ出来るだけ早期解決をして欲しい所ですが」

「そうか。ルーク、被害を受けた周りの村には調査員を送っておいてくれ」


 誰かが何かを言う度に飛び交う紙やら何やらを見て内容を適当に理解し、会話を頭の中で軽く流しながらエルピスはようやく鑑定を完了させる。

 その事にアルキゴスや近衛兵が最初に気付き、他の人もエルピスの方を見始めたので矢を机の上に置きながら、その横に昔エキドナが作った王国内を正確に記した地図を置く。


「取り敢えず限界まで色々と探った結果、グロリアスが聞きたがって居たことは全て分かったよ。これを見てくれ」


 誰もエルピスが王国内を正確過ぎる程正確に記録した地図に対し怒らない事に意外だと感じながらも、収納庫ストレージからコンパスを取り出し綺麗な円を東の方に小さく書く。


 地図を作る技術があまり発達していないこの世界において、正確な地図はそれだけでも十分すぎるほどの価値がある。

 だが正確すぎるが故に軍事的に利用された場合、ここまで正確な地図があるといろいろと厄介なので、どこの国も国が指定した人物以外の地図作成は基本的に違法として扱うことが多いのだが、どうやら不問にしてくれるらしい。


「良くこんな正確な地図が書けたな……後で複製して回せるか?」

「分かりました、まぁこれなら数秒もくれればいけますよ。

 ──さてこの円何か分かりますか?」

「確かここら一体は、呪鉱石カースストーンの生産地っすね。

 昔の戦争で死んだ人達がここの近くに埋葬されているはずっす」


 確かいつかの作戦で行ったっすよね~とか何とか言っている近衛兵のプロムスに同意する様に、何人かの同行したメンバーが頷く。


 エルピスが居ないニ年間の間に、権能はなくとも邪神として辺りを納めていたエルピスが消えたことで、ここでアンデットがかなりの数湧いて問題になって居たので、他の人物達も軽くは知っている。


やじりに使われていた鉱石はここの物。

 塗られていた物はここの近くにある沼地の物のようで、使われていた魔法に関しては炎属性付与と貫通性能向上のみ」

「となると…今回の事件を裏で操っているのは、アンデットもしくは人の可能性が高いか」

「弓の得意なエルフは炎属性の付与魔法を嫌うし、それ以外の弓を使える亜人種はこの国周辺で確認されていないから、それが妥当ね」

「ではおおよその目星もついたことですし、皆さん行動を開始してください」

「一ついいかな? さっき言っていた調査員だけど、俺が行くよ。下手に人を行かせて逆にやられたら困るし」


 基本的には性濁豚達はやる事をやれば殺すか巣穴に持ち帰るか、はたまたミンチにしてその場に残し後々の食料にする。

 そんな物を見たい人間がいるとは思わないし、それに誰かが行けば残していった食料を取りに来た性濁豚と鉢合わせしないとも限らない。


 その点エルピスならば多少のグロ程度ならば耐性があるし、それに性濁豚が居たところで何万匹いようと敵ではない。

 さらに言えば死んでいった人達の魂を成仏させてあげることができる。

 この国にいる誰よりも適任だと言えるだろう。


「分かりました、そちらはエルピスさんに任せます。では皆の者解散!」


 グロリアスからの指示を受け、全員一斉に立ち上がり各々自分がすべき事をしに行く。

 今回の敵も大方予想はついたし、後は見つけて捕まえて刑にかけるだけだ。

 ゆっくりと確実に捕まえよう、そう決断しエルピスは村へと向かうのだった。

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