第85話天使の倒し方

 建物の外から魔法を使い、敵を炙り出す作業に勤しんでいたセラは、敵がまるで自ら気づけとばかりに大声を上げて近づいて来たのを察知し、魔法を使う手を止める。


 セラが与えられた使命はエルピスがエラを助けるまでの時間稼ぎと、敵の足止めもしくは殺害だ。

 如何なる理由があろうとエラを連れ去ったクズ相手に足止めなどする気は無く、セラは元より全て殺害するつもりで動いている。


 ならば魔法で殺すよりも直接殺した方が確実だ。

 それに大切な友達を傷つけ、主人を間接的にだろうが傷つけたクズを殺すには、そちらの方がスカッとする。


「──あらぁ? 魔法を撃つのやめちゃうのォ?」

「魔法で殺すより直接殺した方が、いくらか気も晴れると言うものです」

「ふふっ!! そんな事言われたらゾクゾクしちゃう!」


 取り出したナイフを逆手に持ち替えながら悠々と歩く敵は、ゆっくりと影からその姿を現わした。

 全身に多種多様な生物の骨で作られた鎧を纏い、フルプレートにも近しい格好をしながらもその手に握られているのは不格好な短剣。


 腰には長剣背中には大斧を背負っているのに、まるで軽装の様な軽々しい動きだ。

 まさに異形と言っても差し支えのない防具を着用する彼女を見て、セラは冷静に状況判断を開始する。


(殺してきた生物で作った鎧、呪いはどうやら森霊種の特性で弾いているようね。また随分と趣味の悪い)


 まず周囲を見る限り敵はどうやらもう既に居なく、目の前の敵とエルピスが向かう先に二人だけと言ったところだ。

 あちら側では既にあらかた戦闘も終わっているだろうし、どう考えてもエルピスが負ける要素がないので急を要している訳でもない。


 防御力だけは高そうな敵だが三神分の力をいまセラは貰っているので、倒すのに時間もかからないがここは一つ敵の戦法を見てみる事にする。


 森霊種と戦うのはこれが初めてだ、セラはエルピスの戦闘経験をよこから拝借してなんとなくで動けるのだが、森霊種相手はエルピスがまだ模擬戦でしかしたことが無いのでエラに戦闘法を教えるという観点からも観察しておきたい。


「貴方の武器は何かしら? 素手? 剣? それともさっきまでみたいに魔法?」

「どれでも良いですよ。ご希望があれば合わせますが」

「んーなんだか拍子抜けね、もっと怒ってるのかと思ったけれど。

 なんだか知らない間に主人が疲弊して倒れたって聞いてない? すんごい間抜けよね貴方の主人」

「ふふっ、あはははっ、ははは!」


 予想外の角度から物を言われて、セラは驚きと同時に笑い声を上げる。

 一体自分がこんなに笑ったのは何百年ぶりだろうか、エルピスが近くにいないからこそできる笑い方ではあるが、なかなかどうしてスッキリとするものだ。


 確かにエラを助けたかったのであれば、セラとフェル両方の魔力を遮断すれば良かった話ではあるが、それに気づかない間抜けさがエルピスは可愛い。

 おかげで瀕死の重傷を負ってしまったが、死ななければセラからすればただの笑い話で済む。


 本人に言ってしまうと怒られそうなので言わないが。


「あら、怒るかと思ったのに意外ね」

「はーっ面白かった。怒る? 貴方に? また笑わせたいんですか?」

「いえ別に。ただ笑いたいなら笑っておいた方がいいわよ、貴方今から死ぬんだから」

「死ぬんですか私? 面白い冗談ですね」

「あらそう? 冗談かどうか分らせてあげるわ」


 そう言うが早いか女は体勢を低くし、あらん限りの力で地面を蹴り飛ばす。

 余りにも直線的な動き、だが音速を超える速度で近寄られれば如何様な生物であろうとも反応が一瞬遅れる。


 そしてその一瞬が対象の生死を分けるのだ。

 会話中の不意打ちに加え相手は自らの能力を加算する事で力を増す天使、強化が施される前であれば勝算は十分にあ──


「──ッがはっ!?」


 身体を分断するのでは無いかと思えるほどの衝撃が、女の腹部を容赦なく襲う。

 何度か地面に直撃してはまるで水の上を跳ねる石の如く地面の上を飛ばされ、先ほどまで自分がいた執務室に突っ込んでいく。


 身体がようやく止まった事で、女は自らが何をされたか気づいた、走り出した速度よりも更に早く、セラがこちらに近づいてきて女の事を蹴り飛ばしたのだ。


「あらごめんなさい力加減を間違えたわ。

 開放されてからまだ時間が経っていないから、私も力加減がイマイチ分らないのよね。申し訳ないわ」


 その声からは申し訳なさのかけらも感じない。

 もちろん敵同士なのだから心配するのもおかしな話ではあるが、顔だけ見れば明らかに心配しているのにそう感じるのは声に心が乗っていないからだろう。


 天使の身体能力の高さは何度も戦っているから知ってはいるが、上位天使ですらこれ程の力を感じる事はなかった。

 回復魔法を自身にかけなんとか身体を接着させ、上半身と下半身がおさらばするのを防ぐ。


 森妖種の頑丈さがなければとうに死んでいた事だろう。


「さすが、さすが天使ね。良い一撃だったわ」

「あらそう? お褒めに預かり光栄ね、今度は力任せにせずしっかりと戦うから安心して」

「そりゃ良かった──っ!!」


 とりあえずは現場から逃げるのが先決である。

 家が倒壊する程の威力でその場から緊急離脱すると、何度か空中で身体を回転させながら先ほどの辺りまで戻っていく。

 ここが平地であったなら難しかっただろうが、ここは市街であり隠れる場所も山ほどある。


 自分だけしか知らない裏路地を駆使して辺りを移動し、まるで隠れる必要もないと言わんばかりに道路の真ん中で立っている天使に向かって弓矢を放つ。

 数十年ぶりに使うものではあるが、森妖種にとって弓は呼吸と同じ程度の難易度しかない。


 つまり出来ない方がおかしいほどのものであって、数十年使っていなかったところで外れるはずがないー──のだが矢は何故か天使に一本も当たらない。

 視界の隅から放たれる渾身の一撃を、天使は見てから避けているのだ。

 身体能力に物を言わせた戦い方に嫌気がさすが、今度は失敗しないようにとフェイクを作ってから女は天使に突撃する。


「なるほど分身系の技能は想定外でしたね」

「残念ね知識不足で死ぬなんて、じゃあね!」

「まぁだからと言って見抜けないわけではないのですが」

「──痛ッ!? なんなのよこれっ!!」


 膝に鈍い痛みが走る。

 見てみれば小さい鉛筆が二本、天使の手によって森妖種の足に突き刺されていた。

 八割ほどが既に足に侵入しており、抜くのも一苦労なほどである。


「なんなのよこれって、さっき置いてあったので拾ってきたんですよ」

「よけないことばっかして、さっさと死にな──」

「はい、目潰し」

「──ギャァァァァァッ!?」


 振り上げた短剣を下ろすよりも先に、どこから取り出したのかまだあった二本の鉛筆が森霊種の目に深々と突き刺さる。

 赤い血飛沫が目から吹き出し、余りの痛さに森霊種は顔を押さえながら地に伏して敵がいるのにも関わらず回復魔法をかけ始める。


 だが原因となる鉛筆が抜けていない以上再生を繰り返しては傷を作り、なまじ生命力があるだけにそれが何度も何度も続く。


「痛そうですね、痛覚があると大変そうです」

「痛い痛い痛い痛いっ!!! ふっざけんなよこのクソ天使がッ!! 

 このサイコパス天使、生きて帰れると思うなよっ!!」

「サイコパスって、酷いですね。倒すために効率的だからしているわけじゃないですか。

 目を潰され機動力もなく身体能力も私より劣る。貴方今詰んでいますよ」


 そういうところがサイコパスなのだと言いたいが、痛みで叫んだ事により喉が枯れいちいちそんな事をいう気力さえ湧いてこない。

 だが森妖種とて長年暗殺者として生きてきたのだ、膝と目に刺さった鉛筆を抜き取り回復魔法をかければなんとか視力と機動力を回復できた。


「これで詰んでないわね。次からは私の──」

「はい、目潰し」

「──っづ!! ほんっとふざけんなよこのクソ天使がぁぁぁっ!!!」


 なんとかギリギリのところで回避はしたものの、頬と右目にまた深々と鉛筆が突き刺さる。

 それを抜き取り怒りのままに拳を振り上げるが、圧倒的な身体能力の前に全てがいなされろくな攻撃にならない。


 かといって剣を使って攻撃すれば、まるでどこに隙があるか忠告しているかのようにミスをすればするほど鉛筆を体の何処かに突き刺してくる。

 何度も何度も何度も、気が狂いそうなほどの痛みが身体を襲う。


「落ち着いて深呼吸ですよ。隙を探してください」

「うっさい!」

「はい隙一つ。もっと効率的に動いてくださいよ、エラの参考にできないじゃないですか」

「痛ッッ!! さっきからちょこちょこと、良いわ本気でやってあげる」


 怒りの限界値を超えて一体どれくらい経っただろう。

 普段ならば奥の奥の手であり余程の敵相手でないと使用しないのだが、この敵が相手であるのならば使用するのも仕方がないだろう。


 森妖種は自らの呪いに対する抵抗を意識的に低下させ、その身をわざと呪いに蝕ませる。

 かなりの寿命があり得ないほどの速度で削られていく中、森妖種の身体能力はそれと比例して急上昇していった。

 この世界で身体能力を急上昇させる方法の内の一つ、寿命を対価としての強化だ。


「ほらほらほらっ! さっきまでの威勢はどうしたのッッ!」

「──っ!」

「あーきっもちぃぃ! その顔の皮早く剥いであげるわっ!」


 両手に一本ずつ短剣を手にし、一切の反撃の隙を与えず斬りつけ続ける。

 その度に確かな肉を切る感触に高揚感が増し、それと同時にさらに速度も上がっていく。


 手元があまりにも早すぎて見えなくなり、さらに腕、肩と徐々に見えなくなっていき最終的には体全体が視認できないほどの速度で動き始める。

 斬られている方がどうなっているのか、おそらくは想像したことも無いほどの惨状が広がっているのだろう。


 技能を使用しての数分間の斬撃は、だが天使がおもむろに手を二振りしたことで終わる。

 ぼとりと生々しい音を立てて森妖種の肩から先が落ちたのだ。


「えっ…? はっ…? なん…っ……で?」

「文房具拝借するついでに、物差しも借りておいたんですよ鉄製の。

 全力で振ったせいで折れちゃいましたが、仕事は出来ましたね」


 見てみれば確かに天使の手には鉄製の物差しが握られていた。

 なんのことはない、これがこの世界における力の差だ。


 ただ今回は相手が悪かっただけ、復讐者を殺す事が趣味だったから絶対者と呼べるようなものと戦ってこなかったツケだ。

 自らの力を過信しすぎていた、自分ならなんでもできると思っていた。

 思い込んでいた。


「がんばったけれど無理だったわね、私って強かったつもりだったのに」


 驚くほどに呆気なく、心は折れてしまった。

 逃げようとも考えてはみたが、いまさら逃げたところで逃げられるとは思えないし、もし偶然逃げられたとしてこれから先まともに戦えるとも思えない。


 一度恐怖に駆られて逃げたが最後、その時点で戦士ではなくなってしまうのだから。


「強かったですよ凄く。ただ相手が悪かっただけです」

「それもそうね。最後にあんたの顔を殴れなかったのが残念よ」

「そんなに簡単に殴らせてあげられるほど女は捨ててないんですよ。では貴方の来世に祝福があらんことを」


 今度は手刀が振り下ろされる。

 鉄製の物差しを使った時よりもはるかに鋭利な切断面で、森妖種の首は地面に転がった。

 その顔はどこかやすらかで、最後は狂気の中に落ち着きを見出したらしい。


「壮絶な過去があったんでしょうが、来世が良いものであることを祈っていま──」


そこまで言おうとしてセラは数メートルほど吹き飛ばされる。

 首を切り落とされたと言うのに、森妖種は気力だけで動いてセラの顔を殴り飛ばしたのだ。

 一瞬何をされたか分らず頬を押さえながら、セラは少し笑みを浮かべる。


 状況が敵対関係でなければ良い話が出来そうではあったが、残念なことに敵だったのだからしかたない。

 次はもう少しいい人生を送れるように、セラは改めて祈るのだった。

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