第53話大人達

  王城の最上層、そこには前国王ムスクロルの自室が存在し、メイドや執事さえ不用意に立ち入ることが許されて居ない完全なるプライベートゾーンであった。

 そんな国王の秘密の部屋に今日は人影が二つ、王国内でも知らない人物を探すのが難しいほどの有名人であるその二人はムスクロルの対面に座りゆったりとくつろいでいた。


「アウローラがエルピス君に着いていって王国から出るって聞いてから、主人がずっとこんな感じなんですよ。

どうにかしてくださいませんか?」


 そう口にしたのはアウローラの母親であるネロン・ヴァスィリオである。

 青を基調としたドレスに身を包み、綺麗な金髪と釣り上がった蒼目が特徴的なネロンに対して、ムスクロルは言葉に詰まってしまう。


 エルピスが王国から出ていくのは想定内ではあったが、ヴァスィリオの一人娘がその度に同行すると言うのは完全に想定外だ。

 ムスクロルとしては娘であるイリアがついていこうかどうか本気で悩んでいるのをなんとか説得しているところなのに、他所の家の事情まで持ち出されてしまったらさすがに手に負えない。


「俺にはなんとも……イロアスがいればなんとでもなったんだが」

「うちの娘はまだ14なんだぞ? 分かっているのかムスクロル! うちの! 娘が! 旅に出るんだぞ!!」

「あー分かった分かった、うるさいから静かにしてくれ。14なら旅にも出るだろ、俺たちだってそんなもんだったし」

「お前と一緒にするな筋肉ダルマ……はぁ」


 普段の冷静で温厚な姿はどこにいったのやら、ムスクロルを怒鳴りつけたビルムは口から魂が漏れ出てしまうのではないかと言うほどに溶けきってしまう。


 大貴族であり王国を支える柱でもある彼のこんな姿を観れるのはある意味幸運か、そこまで考えてそんな事はないなとムスクロルは軽く頭を抑える。

 どうやら自分も多少動揺しているらしく、このままでは建設的な話し合いなど永久にできそうにもない。


「まぁなんでも良いが、聞けば部屋に泊まったそうじゃないか。イリアが朝落ち込んでいるのを見かけたぞ」

「—―は? 俺聞いてないよそれ?」

「私のところで止めて居ましたから。だって貴方、そんなこと聞いたらエルピス君に殴りかかるでしょう?」

「そんな事をするわけがないだろう、私は大人だ。冷静に話をつけなければならないこともある」

「ならその握り拳を解け」


 14.15といえばムスクロルだって遊んだ年だ、度が過ぎた女遊びは確かに誉められた行為ではないが、好意を抱いてきた女性に対して男側が一夜を共にすることも若さゆえの過ちとして許容するのはそれほど悪いことではないように思える。


 ムスクロルだってもしイリアがエルピスの部屋に行き、朝帰ってきたのだとすればそれを責める事はしないしむしろそうなっていないことに疑問すら感じて居た。

 転生者とこの世界で生きるものの価値観の違いなのでこれに関してはとやかく口を挟む事はできないが、エルピスに向かっている怒りの矛先を変えてやるくらいはムスクロルとしてもやぶさかではない。


「雑談はこの辺にして—―今日来てもらった理由を話すぞ?」

「ああ。イロアスから報告書が上がったか?」


 数秒前までは友として語り合って居た二人だが、いまは国王と大貴族の当主として言葉を交わす。

 そこに感情が入り込む余地などなく、ただひたすらに効率と利益のみを優先する。

これができるからこそビルムはこの国で最も重宝される頭脳足りえるのだ。


「今のところは大丈夫そうだって話だ。俺もそのうち向こうに行かないと行けないだろうが」

「将来的にはエルピス君も向こうに?」

「それは無いんじゃないか? 力だけで言えば俺以上、才能で言えば世界中の誰よりあってもおかしくない。

イロアスがそうしたいのならもう今ごろ連れていっているはずだ」


 そうムスクロルが語るのは彼が持つ祝福ギフトが関わっている。

 彼が手にするギフトは他人の才能の視覚化。

 他者が何に対してどの程度才能を持っているかを見極める能力であり、ムスクロルが武力を得意とする王でありながら国力を急速に増大させた要因でもある。


 そんな能力のおかげで、ムスクロルはエルピスがいままで出会ってきた全ての人物の中で、最も才能に溢れる人物であることが分かって居た。

 だからこそ初対面でエルピスの隠した力を見抜くことが出来たのである。


「ならイロアスの目的は別にあるのか?」

「目的が別にある……と言うよりは解決し損なった問題を解決しに行ったという方が正しいだろう」

「そうか。エルピス君にはなんで説明してあるんだ?」

「魔界の治安調査をお願いしたことにしてある。偽造書類も山のように作ってあるからな、今ごろ騙されてくれているはずだが」


 ムスクロルがイロアスに頼まれた依頼内容は、魔界出立に際して会えなくなるエルピスの保護と教育を行う事である。

 彼が自らの最も信頼する執事やメイド達を王国に置いていったのは、エルピスが安全に成長できる為でもあった。


 その点で言えば家庭教師という役職は、ムスクロルがこの依頼をこなす上で非常に有利に働いてくれていたのだ。

 基本的にエルピスら王城から出ないし、出ても常にそばに誰かがいるのでムスクロルが気をつける必要もない。


「気付いてないのか気付かないふりをしてるのか、どっちでも良いがうちの子を連れてくんだから危険なところには行ってほしくないところだな」

「目的地は共和国だったか。あそこだったら……まぁ問題はないだろう」

「そうだと良いがイロアスもよく問題ごとを引き寄せる体質だったからな」

「その話は勘弁してくれ」


 とりあえずはこれから先監視の目をつけるつもりではいるが、それでもエルピス達の旅がこれから近隣諸国にどういった影響を与えるかはムスクロルにも予想はつかない。

 ただ一つ言えることがあるとするならば、きっとこの世界を大きく変えてしまうような変化をもたらす事だろう。

 かつての自分達の旅を思い出して少し懐かしさを感じたムスクロルは軽く笑みを浮かべるのだった。

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