第44話思い

「……終わったか」


 誰に告げるでも無く、戦闘の終了を実感する為にエルピスはそう呟いた。

 神の称号、その称号全てに付いている神特有の技能《浄化〉によってエルピスが殺した者達は様々な魂の色を見せながら、光の粒子となって空へと消えていった。

 だがそれでも戦闘の後は隠せない程に酷く、適当に魔法で地面をならしはした物の、まだ血生臭さが残り先程までここで命のやり取りが行われて居たのだと、嫌でも実感する事ができる。


「エルピス、無事終わったのか?」


「うん、怪我もないし問題なく敵は倒したよ」


「……そうか。よく頑張ったな」


 急に優しい声になった父は、丁寧に大切な物を扱うようにして、優しくエルピスを抱きしめる。

 それだけで自然と目から涙が溢れ、自身が生き残った安堵感から嗚咽が取れる。

 目尻から流れ落ちる流れる涙が、血に濡れた手を洗ってくれるとは思えないが、それでも涙は止まろうとしない。


「エルピス。お前は良くやったよ、良くやった」


 そう言いながら父に背中を優しく叩かれ、少しづつエルピスも落ち着きを取り戻して来る。

 それでも少し嗚咽は漏れるが、それは気にせずに父に1つの疑問をぶつけた。


「父さん…っ…アウローラ様はどこに?」


 自然に溢れる涙と鼻水を我慢しながら父にそう問うと、イロアスは驚いた様な顔をした後に、少し苦笑いをしながらエルピスの質問に答えた。


「アウローラちゃんなら、クリムが森の中に引っ張ってった筈だ」


「森の…っ…中に? 随分遠くまで行ってるみたいだけど…大丈夫?」


「大気中の魔力の濃度が高いから、回復魔法を使う為に森の中に入ったんだろう。クリムなら森の中に行っても危険がないしな」


 森の中に視線を向けながらそう言った父の言葉に、エルピスは確かにと納得する。

 龍の森ですら敵のいないクリムに勝てる様な生物が、この小さな島に居るとは到底思えない。


「確かにそれもそっか。お母さんに襲い掛かれるモンスターなんて、そう居ないだろうし」


「特に龍化した時のクリムのおっかなさと言ったら、俺も逃げ出すのがやっとだよ」


 身振り手振りを添えながら会話を弾ませる為に、父は面白可笑しくお母さんの真似をする。

 だがそれを不意に辞めたかと思うと、静かな声でエルピスに囁いた。


「行ってこいエルピス。後の処理はしといてやるから」


「大丈夫だよお父さん。アウローラ様ならお母さんが見てくれてーー」


「心配なら、自分の目で確かめてきたら良いさ。アウローラちゃんだってそれを望んでいるだろうしな」


 少し乱雑に頭をくしゃくしゃと撫でられ、森の方に向かって軽く背中を押される。

 まさか見破られてるとは……そんな事を思いながらも、エルピスは改めて気持ちを入れ替えた。

 緩んだ気持ちを引き締めるにはこれが一番丁度いい。


「じゃあ行って来るよ、父さん」


「あぁ。行ってこいエルピス」


 満面の笑みでそう言った父を背に、エルピスは森に向かって走り出す。

 さて、不安がってるだろうお嬢様に会いに行くとしよう。


 /


 ーー森に入って数十分。

 エルピスが持つ技能の内最も使い道がなかった〈鉱石探知〉という技能を使い母の跡を追いかけていた。

 名の通り鉱石の場所を探し、そこまでの最短ルートを脳内に地図として展開するので、それを頼りにして暗い森の中を、まるで何度も通った事のある場所の様にエルピスは迷い無く進んでいく。

 母の内側のポケット、そこには何時も入っている小さなお守りがある。

 エルピスが6歳の時にこの技能の存在を知って作り出したお守りには、魔神の魔力によって擬似的に作り出された世界に一つの鉱石が入っているのだ。

 それが目印となってくれている。


「あ、いた」


 自分の身長程もある草をなんとか掻き分けて進んでいると、不意に草木が途切れ目の前に湖が見え、母らしき人影が見える。

 全身真っ赤に染まっているが、見て直ぐわかるのはそれが全て返り血であることだ。

 目立った外傷は無く、魔法で敵を全滅したイロアスと違い拳で敵を倒すクリムには、エルピスでさえも驚いてしまうほどの血が付着している。


「ーーエルピスッ! 無事だったのね!!」


「か、母さん! ギブギブ! 死ぬ! 死ぬから!」


 目があったかと思うと、反応出来ない速度でエルピスを抱きしめた母に必死の抵抗を見せるが、それすら許されずに抱きしめられる。

 ーー不意にエルピスの顔に水滴が落ちた。


 雨が降り出したのではない。

 母の涙だ。

 その涙は不安からか、はたまた安堵からか。

 父とは真反対と言っても差し支えのない反応にエルピスは少し戸惑いを覚えるが、されるがままに黙って抱きしめられる。


「こんなに怪我もして…! 大丈夫なの?」


「うん。お母さんも大丈夫だった?」


「……私なら大丈夫よ。それにアウローラちゃんにも怪我は無かったわ」


 そう言われて辺りを見回すが、どうやらもう既に終わったのかこの辺りにアウローラの姿は見えず、エルピスはおそらく執事達に任せたのだろうと納得し母との話に戻る。


「なら良かった。お父さんが『クリムなら森の中に入った程度じゃあ怪我すら出来ないだろ』とか言ってたから、僕も心配はあんまりしてなかったけど、やっぱり気になっちゃって」


「もう! イロアスったら、最近私の事を女の子として見てるのかしら!」


 ぷりぷりという擬音が似合う様な、可愛らしい怒り方をしている母に対して少し苦笑いをすると、母もつられた様に笑い出した。


「ふふっ。エルピスはお父さんみたいになっちゃダメよ?」


「……頑張ります」


「絶対だからね? 私はちょーっとイロアスと喋ってくるから、フィトゥスに後のことは任せてあるからアウローラちゃんはエルピスに任せたわね?」


「うん。任せておいて」


 エルピスが返事をし終えるのとほぼ同時に、目の前から母が消える。

 母は確か転移系の魔法が使えなかったはずだから、多分ただ全力で走っていっただけだろう。

 母程の実力者なら、そこまで不思議では無い。

 〈神域〉を使い軽く気配を探れば付近にフィトゥスの気配を感じとり、エルピスも同じく徒歩で移動を開始する。


「……酷い匂いだな。鼻が曲がりそうだ」


 少しして巧妙に隠されていた洞窟の中に入ると、鼻が曲がる程の異臭が辺りに漂っていた。

 思わず顔をしかめるほどの臭いに魔法で空気を製造し、なんとか臭いを避けながら進んでいくと、牢の中に横たわる人間が見える。

 手足の欠損や眼球を失っている者も少なくなく、中には他の生物と混ぜられでもしたのか、人間には見えない人物も数名ほど見受けられた。

 ただ廊下を歩くだけで吐き気を催すような感覚に襲われ、吐き気を抑えながらエルピスは先へと歩いていく。


「お疲れ様でしたエルピス様。アウローラ様はこの先に」


「ありがとう、お疲れ様フィトゥス、敵の捕縛もしてくれたんだっけ?」


「はい滞りなく。また後でその事については、今はアウローラ様を優先してあげてください」


「もちろん」


 執事達と別れてある程度歩くと視界が開け、また森に出る。

 この先にある湖のほとりにアウローラが居るらしく、邪魔な木々を折りながらエルピスはアウローラの元へ歩いていく。


「こんばんはアウローラ様、お身体の方は大丈夫ですか?」


「……ええっと、その声はエルピス? ごめんいまちょっと前が見えなくてさ」


「ーーーーそうですか、お隣失礼します」


 湖のほとりにある石の上に座っていたアウローラに声をかけると、エルピスもその隣に腰をかける。

 アウローラの周りで回復魔法などをかけていた執事達はエルピスが来たのを見ると、一礼して洞窟の方へと駆け出していった。

 あの洞窟内で怪我をしている人達は、彼等が助けてくれるだろうと思いながら、エルピスはアウローラに服を渡す。

 王国祭の時に着用していた服はどうなったのか分からないが、いまのアウローラの服は奴隷が着るような質素な服で、真夜中の寒さは堪えるだろうという判断からだ。

 エルピスが渡した上着を文句も言わず受け取り、軽く羽織るとアウローラはエルピスの服の端を小さく握った。

 はっきりと分かるほどに震えた手で。

 そんな怯えたアウローラに対して、エルピスは躊躇うことなく言葉を投げかける。


「……暴行されましたか?」


「……そう思う?」


「本音を言うなら実はそうは思ってません。僕が貼った障壁がまだ生きてますから」


「ーーそう。やっぱりこれ、あんたのだったのね」


 そう言いながらアウローラは大きく手を振りかぶり、自身の頬に振り下ろす。

 だがその手は肌に当たる直前で、壁にでも当たったかの様に止まる。

 エルピスが王国祭でアウローラ達と戦闘していた際に、万が一でも死を招くような事にならないよう貼っておいた障壁だ。


 その強度は龍神のエルピスでさえ破壊するのに手間取るほどで、今日エルピスの魔力がほとんどないのもそれが原因だ。

 完全に透明な障壁は一見するとアウローラの身体に当たっている様にも見え、この障壁の事を知らないものならば攻撃が当たったと勘違いしてもおかしくない。

 それ程までにエルピスがアウローラに付与した障壁は薄くーー邪神の能力の内の一つなのだから、相当の強度を持ってはいるがーー頼りなかった。


 だが彼女はそんな頼りない物でも、嬉しかったと言わんばかりの笑顔を見せながら、感謝の言葉を口にする。


「ありがとうね。わざわざこんな事してくれて」


「いえいえ、かまいませんよこれくらい。僕は貴方に買われた身、ならば主人の為に仕事をするのはやぶさかではありません」


「気の利いてないジョークね。そこら辺はあのお父さんには負けてるわね」


「あれれ、そうですか?」


 軽口に軽口を返す。

 表面上で見るならば、言葉だけで感じるならば、お互いが落ち着いて会話できているように見えるだろう。

 だが内心は穏やかではない。

 言葉にできない違和感。

 強いて言うのならばどこか違う気がするという程度の、本当に些細な違和感がエルピスの胸を軽く刺す。

 ここで選択を間違えてはいけないというように、いつかも経験した痛みを伴って。


「さて、そろそろ帰りましょうかアウローラ様。みんな心配していますよ」


「そうね。わざわざ来てくれたエルピスにご褒美も上げたいし、早く帰ろうか」


 ーーー違和感の原因が分かった。

 きっと彼女がその言葉を直接口にしていなかったから分からなかったのだろうが、とは言えこんな簡単な事を分からなかったとは少々自分に対して嫌悪感が湧く。

 それと同時に怒りも。

 それは彼女の事をこうしてしまった環境にか、それとも彼女をこう考えなければいけないほど追い込んだ敵にか、はたまた彼女の事を救ってやれなかった自分にか。


 自分の生存を安堵するのではなく、他人の労力と生存を安堵する。

 なるほど確かにそれは素晴らしい行いだ、人としては何も間違っては居ないだろう。

 だがたった十数歳の少女が、 例え前世の記憶を受け継いでいたとしてもまだ幼い少女が。

 ーーー攫われ、脅され、もう少しで陵辱されそうになり、あまつさえその目を潰されて。

 それでもなお他人を気遣い自身の身体を犠牲にし、明るく振舞おうとするその姿はーーもはやエルピスの目からは狂気に染まっている様にすら見えた。


 前から不安定さは感じられたが、エルピスの抱えるものとはまた別物だった為確証が得られていなかった。

 だがそれがいま、確証に変わった。


「褒美? そんな物必要ありませんよ」


「……じゃあどうして? どうして私を助けたの? 」


「どうして? そんなの理由なんてありませんよ。ただただアウローラ様を救う為にここに来た。それは僕も他のみんなも同じはずです。だから褒美なんて他人行儀な事は言わないでくださいよ」


 何故かアウローラに対して文句を言って居る側の筈なのに、エルピスの目には自然と涙が浮かぶ。

 思い出すのは自らが殺めた人か、それとも人の肉を切った時の感触か。

 ただ自分が彼女アウローラを救う為に犯した、殺人という拭い切れない一生の罪を、彼女自身に金のためだと言われた気がして。

 理不尽だと分かっていても、その態度に自然と怒りの感情が湧く。

 だからエルピスはその感情を分かって欲しくてーー感じて欲しくて、精一杯声を苛立たせない様にしながら、アウローラに諭す様に語る。


「みんなアウローラ様が大切なんですよ。危険を犯しても助けたいと思う程に。貴方の口から安堵の声を聞いて、それを冗談めかして、つまらない事でふざけて、たわいも無い会話をして、そんな普通の人生を貴方に送って欲しいから皆頑張ったんです」


 /


『ーーみんなアウローラ様が大切なんですよ』そんな言葉が私の頭の中で、まるで暗示の様にぐるぐると意味もなく思考を埋め尽くしていく。

 結局はこの男の子も私では無く、が必要なんだと、心の底で暗い感情が芽生えた事によるものだ。

 所詮私はアウローラと言う子供の立場を借りているだけの、醜く汚い大人なのだ。


 例え誰がどんな言葉を私にかけたところで、その事実は変わらない。

 ーーそんな事は無いと、彼の言ってくれた通り、みんなが心から私の事を助けたいと思ってくれたのだと。

 どれ程自分に言い聞かせようと、どれ程信じたいと願っても、心の何処かでそれは嘘だと。

 お前なんて役職が無ければ、貴族の娘として、転生者としてこの世界に産まれなければ、ただの何処にでも居る必要の無い生き物なのだと、着せ替え人形にすらなれないただの傀儡なのだと。

 何度も何度も何度も何度も! 心の底からナニかが語りかけてくる。


 きっとそれに手を出せば一生戻れない、この男の子との関係性もおそらく修復など考えるまでもないほどに壊れるのだと、頭の中では分かりながらも、その感情に突き動かされた様に勝手に唇は動く。


「私が大切? 冗談は程々にしてよ、結局はアウローラ家の金が、力が欲しいだけでしょう?」


 自分でも何を言って居るか分からない。

 ただこの状況がーー思った事がそのまま思考すらされずに、言葉として出されるこの状況がーーただただ小さき身で自らの事を守ってくれた英雄に対して、罵詈雑言を吐くきっかけとなった事だけは確かだ。

 歯止めされていた感情は止まることさえ許されずに、失望の色を、落胆の表情を、それら全てを混ぜ合わせた表情を浮かべて居るだろうと思いながらも、目が見えない事を言い訳に何もかもを無視して、心の底から叫ぶ。


「もう何年も何年も何年も何年も! ーー何年も頑張った! 必死にみんなが理想とする少女に! 物語の中に出てくるお姫様の様に! 必死になって振る舞った! ーーそれで残った物は何? 助けられる人達を見捨て、助けられた命を見捨て! そんな風に生きてたけど、いざ自分が捕まれば、プライドなんて捨てて必死になって! ーーこんなの馬鹿じゃ無い! 馬鹿よ馬鹿! こんな! こんな私なんて!! そんな私が必要? 褒美なんか要らないからただ感謝の言葉だけが聞きたい? 私が安心すれば感謝なんか要らない? 意味がわかんないっ!!」


 自分に問いかける様にーー自分が出せなかった答えに、答えを求める様に。

 少女は震える身体と溢れる涙を必死に抑え、吠える様に叫ぶ。

 それを少年はただただ下を向き、噛みしめる様にしながら聴き続ける。


「一体どうすれば良かったの? 何が正解なの? どれが私が生きなければいけない道なの!? 教えてよ! どんな能力を手に入れたら! どれだけの力を手に入れたら! 私は正解に辿り着けるの……?」


 少女が胸の内をさらけ出し、溢れる涙さえ気にしなくなった頃。

 少年は静かにその顔を上げる。

 不気味な程に整った顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れ、喉からは押し殺しているであろう嗚咽が聞こえた。

 そんな少年の嗚咽を耳にして、少女は掴みかかっていた手を離す。

 罪悪感からでは無くただ単純にーーそれを続ければ本当に自分が自分で無くなる気がしたから。

 離された手を気にすることもせずに、ただ少年は小さく呟いた。


「よく……頑張りましたね」


 ただそれだけのーー時間にしても一瞬にすら満たない。

 体感で言えばもっと短い時間に発せられた、ただそれだけの言葉で、少女は泣き崩れる。

 それは自らの事を認めてくれる人が現れたからかーーそれとも安堵からかーーはたまた別の何かかは分からないが、先程とは違う安心からくる涙が、先程流した後悔の涙を洗い流す様に流れていく。


「…っ…私は…っ! 貴族の娘だから! 我慢しないと…っいけないからぁ!」


「ーー我慢なんてしなくて良いですよ、アウローラ様。今だけは一人の友達として胸を貸しますから」


 優しく、それでいて力強い声音で彼はそう言った。

 溢れる涙とそれを超えるほどの言葉にする事すら出来ない想いを、ただ少年にぶつける。

 辛かった事、悲しかった事。その全てをこの子ならーーならば受け止めてくれると信じて、ただただ純粋な気持ちで。


 背中を軽く手で叩かれるたびに、受け止めきれないほどの優しさを感じ、頭を優しく撫でる手には、心からの安らぎを覚えた。

 そして彼は少女が落ち着いたのを確認してから、ゆっくりと口を開く。


「きっとこれから先、アウローラ様はーー」


「ーーアウローラ様は辞めてくれない…っ? アウローラで良いわよっ。後タメ口も」


「で、ですがーー」


「もう決めたから絶対にそうして!」


 未だに敬語を使って自分に喋りかける彼に、何故かちくりとした胸の痛みを覚え、少女は一歩踏み込んだ関係を築こうとする。

 それを何と無くで感じ取った彼は、少し戸惑った様な気配を出しながら優しく応えた。


「そうか、ならそうさせて貰うよ。っで話は戻るんだが…アウローラ」


「ーーふぇ?」


 まさか素直に呼んでくれると思わずに、彼に名前を呼ばれ少し驚くが、その驚きにどこか喜びを感じたことに気付きながらも、少女は彼の言葉に反応する。

 いろんな感情が混ざり合って、まともな思考ができていないせいで、少し返しが可笑しくなっている事にも気付かず、彼女は真剣に彼の顔を見つめる。

 たとえ目が見えなかろうとも、彼の言葉を一つでも多く記憶する為に。


「これから先もアウローラは、色んな国の色んな奴等に狙われるだろう。共和国もそうだし、他の三つの大国にだって狙われるかも知れない」


 諭すように彼にそう言われ、少女は気づきたくなかった事に気づく。

 そして彼と自分の関係も、助けには来てくれるが所詮友達としてのものなのだと。

 また先程までの様に暗い感情が、心を支配しようとしていく。

 だがその考えを否定する様に、少年はアウローラの手を握り力強く語る。


「だから俺はいまここに、君を永遠に守る誓いを立てよう。

 勇者だろうと悪魔だろうと、王にも皇帝にもーー神ですらも君に悪意を持つものには指一本触れさせない。アルヘオ家長男としてではなく、一人の君の友人として」


 貴族同士のしがらみからくる物ではなく、自身のーー個人の想いで貴方を生涯守りきると少年は宣言した。

 それが今にも踊り出したいくらいに、たまらなく嬉しくて楽しくてーーだから彼女は涙を止めて満面の笑みを作る。

 初めて出来た友達に、助けてくれた英雄に、自分の事をこれ程までに考えてくれて居る人の為に。


「じゃあこれからよろしくね。エルピス!」


「あぁ。よろしく、アウローラ」


 何時の間にか現れた湖の精霊が顔を出し、森の妖精は嬉々として彼等の周りを飛び回る。

 幻想的という言葉で表す事すら不敬だと思える程の美しさに、少女は知らずの間に息を呑み、隣に居る少年の手を強く握りしめる。

 例え何があろうとも。今以上の苦労と更なる恐怖が待っていても。

 この手を繋いでいれば打ち破れると信じて。

 ただ強くその手をーー握りしめた。

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