第22話 ブラックフライデー

 ブラックフライデー。


 今ではちょっとだけメジャーになりつつあるこの言葉。私が留学していた時代は、日本ではブラックのブの字も知られていない頃であり、私ももちろん知りませんでした。


 サンクスギビングデー(感謝祭)の翌日の金曜日、11月の第4金曜日に開催されるセール=ブラックフライデーは、アメリカでは一大イベントなのです。小売店などで大規模な安売りが実施されるこの日は、まさにお祭り騒ぎの様相を呈しています。


 当然留学生たちの間でも話題になり、私も友人と参加することにしました。今はオンラインでのセールがこのご時世もあって盛り上がっているようですが、当時はリアル店舗でのセールがメイン。友人の一人が「San Ysidro駅近くのショッピングモールがすごいらしい!」というので、再びトロリーに載ってメキシコ国境付近まで行くことになりました。


 しかもね、このセール。なんと、午前0時開始だったのです。

 約束している友達は、なんか用事があるとかで(うろおぼえ)、現地集合にしたんですね。私は一人で、トロリーに載ってSan Ysidroに向かうことに。


 思えばアメリカでね、この時間(流石に深夜は怖いから午後8時くらいに出発)若い女の子が一人でトロリーのって、しかもメキシコ国境付近まで行くって、危ないのです。

 レイプされても、誘拐されて売られても、戯れに殺されても文句は言えないのです。


 皆さんは絶対やらないようにとだけ念押ししておきます。


 でもね、当時の私はそこまで頭が回らなかったの。アホだから。


 辺りは真っ暗な中、トロリーに乗ってぼおっと外をみていると、正面にいた目つきの悪いおばさんが話しかけてきました。


「あんた……どこへ行くんだい」


「San Ysidroまで」


「?! 今から国境を越えようってのかい? ヤメときな、殺されるよ」


「あー、いやーティファナじゃなくて。手前のSan Ysidroまで」


「こんな時間に行くもんじゃない、さっさと引き返しな!」


「あーでも友達待ってるんで(アホ面)」


「危ないって言ってるだろ! あんた……死ぬよ!」


「あぁ……でも友達待ってるんで(アホ面)」


 これまでを振り返ってみても、「あんた死ぬよ」と注意されたのは、いままでの人生でコレがはじめてだったかなあと思います。


 あ、でも、バンクーバーで誘拐されそうになったり、ニューヨークの鉄道で、前方にいた男に急に抱きつかれたり、ハーレムで黒人集団に取り囲まれたりと、色々危ない目にはあったけど……。


 そんなおばさんとのやり取りはありましたが。なんとか無事San Ysidroのショッピングモールで友達と落ち合うことができ、ブラックフライデーセールを満喫することができました。パソコンが数千円で売ってたりするんですよ。びっくり。


 よくよく考えれば、あのときのおばさんには感謝せねば。

 見知らぬアホの命を守ろうとしてくれてありがとうと。

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