第8話 試合に出ようぜ

 入部してからふた月くらいたった頃、「試合があるから、イチカも出ようぜ!」という言葉に流されて、あれよあれよという間にエントリーすることに。


 なんか、近所の学校とやる、気軽な大会かな? と思っていたら。

 この試合、思ってたよりでかいやつだったのです!


 よくわからぬまま、車に乗せられ、連れてこられたのはロサンゼルス。ん……? ロスに来ちゃったよ?


 案内された会場は、結構立派な体育館で。

 ここで気づいたのです。「結構ガチのやつでは」


 しかもパンフレットを見せられて驚いたのは、私がエントリーされた部門「Upper 1-Dan」になってる!!


 つまり、うちの部だけじゃなくて、アメリカ全土で、女子の有段者は希少なわけで。結果、段持ちは無差別級扱いだったのです。


 Upper 1-dan の部での出場に衝撃を受けつつも、「まあ、やるしかないかー」的な感じで準備をする私。


 アメリカの剣道事情など知る由もないので、対戦相手の情報など気にもかけず、のんびり準備運動をしていると、剣道部のコーチである、トニーが興奮気味に声をかけてきました。


「イチカ、お前の対戦相手、すごいぞ! 頑張れよ〜」


 すごいのか。まあ、無差別級だもんね。

 と思いながら、トニーの熱のこもった対戦相手の解説に耳を傾ける。


 で、固まった。




 ア メ リ カ 代 表 だ と……?




 こちとら、二段は持っているけど、運動神経は下の下、試合で勝った経験もほとんどない。


 そんな人間が、世界大会に出場する選手と対戦するだって?

 まじかよ。しかも五段だってよ。前年度の優勝者だってよ。


 まあ、今更そんなことを言ってもしょうがないわけです。

 なんとか冷静を保とうと必死になりながら、試合に備えていると、今度は前方敵の陣地で、怪しい動きが。



「……あの選手、知ってる? 」


「聞いたことない」


「日本から来た子みたい! タレネームに(剣道の防具に装着する名札)ガムテで『〇〇 University』って書いてあるってことは、助っ人?」


 アメリカ代表はアメリカ代表で、突如現れた素性のわからない日本人選手に、戦々恐々としていたのです!


 なお、タレネームは、半年ちょいの留学だったもんで、所属道場名入ったのを買わなかったんですね。親に防具を送ってもらったので、昔の道場名が入ったタレネームに、ガムテで大学名貼ってたのですが。


 それがさらに謎の選手感を増していたようで……。


(まじでポンコツ選手なのに!  ほんとみんな、私に注目するのをやめて!)


「構えだけは強そう、動くと残念」という評価がもっぱらの駄目剣士だった私は、立ち姿だけは立派だったので、結果無駄な注目を集めることに。


 ええ、もちろん、瞬殺でしたとも。


 自分がトイレに行ってる間に、すでに惨敗していた私に向かって、トニーは「まじかよ! 頑張れよ日本人!」と、笑い転げていました。


 この時ほど、トニーをタコ殴りにしたかったことはありません。





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