桜の歌
流僕
春
「桜は好き?」
そう、君が言う。
「春は好きだ」
と、僕は答える。
「なんで、『春は』なの?」
という君の問いに。
「そのままさ」
と答える僕。
「じゃあ、『桜』見に行こうよ」
君の誘いに、
「いいよ」
頷く僕。
次の日、空が明るくなり始めるころ、僕と君は再会した。
僕は、小さなデジカメを持って来た。
君は何も持って来なかった。
「カメラ持ってこなかったの?」
そう問う僕に。
「カメラじゃ春は撮れないよ」
そう答える君。
「そのままか」
「うん、そのまま」
待ち合わせの駅から目的の駅までは電車で42分。
座席に座り「時」を眺める。
初めは薄暗かった車内に、
みるみる太陽が注ぎ込まれる。
眠たそうな君の横顔も朝日の輝きに包まれる。
鳥のさえずりをうとうと
布団の中で聞いていたいような、
そんな「暖かい朝」。
僕は立ち上がりドアに近づき、
遠ざかってゆく都心のビルをデジカメで撮る。
写真は少し手振れをしていたが美しかった。
目的の駅に着くと、
僕らは誰もいないホームへ降りる。
改札を出てすぐのところに地図があった。
「ここだよ。桜がある公園」
君の指が公園の場所を示す。
僕は君の指が作り出した影をデジカメで撮る。
登りつつある太陽の光に照らされて、
地図に斜めに入る影。
美しい写真が撮れた。
公園に着くと数本の桜の木は満開だった。
一つ一つの花が輝く。
木々の間から見える空が透き通る。
「すごいな」
そう桜を見上げながらつぶやく僕に、
「きれいだね」
そう目を閉じてつぶやく君。
僕らは満開の桜の下を歩く。
君の足元の土に散りゆく花びらが数枚。
僕はそのうちの一枚でも取りたくて、
左手を目の前に来た花びらに伸ばすが、
空をきるのみ。
冷えた右手はぎゅっと握りしめて
ジーパンの堅いポケットに押し込む。
僕は口を開く。
「君が桜が好きな理由がわかってきた気がする。
満開の桜はきれいだね」
「うん、でも一番好きなのは散る桜なんだけどね」
「なんで、散る桜なんだ?」
「儚いから」
「えっ」
僕は立ち止まり君の方を見る。
「儚いほうが美しい」
君はそう言いながら、立ち止まらずに先を歩いてゆく。
僕はあっけに取られながらその後ろ姿をデジカメで撮る。
日の光に照らされながら散りゆく花びらと君。
撮れた写真は美しかった。だが、やはり左手は空をきるのみ。
君が口を開く。
「春の良さっていうのがわかってきた気がする」
追いつこうともせずに、君の数メートル後ろを歩く僕。君は話続ける。
「桜はこういう公園とかに見に来ないとないけど、
春は目を閉じ目ればすぐそこにある。そんな気がする」
どうやら僕はずっと写真の中の桜ばかりを見ていたようだ。
一方君は、ずっと目を閉じてそこにあるはずの春を見ていたのだ。
どちらも美しく、そして同じくらい儚い。
「そのままか」
「うん、そのまま」
いつの間にか僕は君に追いついていた。
君が待っていてくれていたのかもしれない。
僕らはそのまま満開の桜に
見守られるように公園内を歩く。
僕らが歩いた後の土の上では、
花びらが茶色くなっていた。
うん。やはり、儚い。
桜の歌 流僕 @Ryu-boku
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