第16話 情報収集
その日のボクは、エルフたちから様々な話を聞かせてもらっていた。
「じゃあ次の質問です。いいですか?」
「……は……ぃ」
虚ろな表情をしたエルフが、こくりと頷く。
彼らには自白剤を投与してあった。
というのも小癪にも
自白剤も薬には違いないし、交渉は成立している。
大体ボクは、まどろっこしいのは嫌いなのである。
自白剤を打たれたエルフたちは、とても素直になった。
問えば、知る限りの情報を包み隠さずに提供してくれる。
やはりこうでなくてはね。
ボクは質問を続ける。
「えっとー、それじゃあお尋ねしますねぇ。この世界ってどんな世界なんです?」
「……? せ、せ、かぃ? ……ぅ……ぁ……」
ちょっと質問内容が曖昧すぎたようだ。
たしかにいきなり世界について問われたりしたら、誰だって答えにつまるよなぁ。
そもそも『世界』なんて曖昧な概念が、この異世界に存在するのかもわからないし。
この辺りの匙加減は少し難しかった。
けれどもボクは根気強く、彼らにも理解できるよう内容を噛み砕きながら次々に質問をして、貴重な情報を引き出していく。
例えば、この世界の地理について。
他にも歴史、文化、宗教について。
国家はあるのか。
あるとすればそれらの勢力関係は?
貨幣経済は確立されているのか。
文明レベルはいかほどか。
そもそも魔法ってなんだ?
魔物とは?
ボクは時間を掛けて、丹念に、思いつく限りの質問をした。
そして色んなことが分かった。
実に有意義な時間だったと思う。
この異世界においても情報とは掛け替えのないものだ。
けれども、さすがにちょっと情報過多である。
得たばかりの膨大な知識の中には、一部ボクの理解が追いつかないものもあったし、これから少しずつ焦らずに整理していこうと思う。
◇
ところで教えてもらった情報のなかに、こんなものがあった。
この世界には多種多様な
そしていまボクがいるハクアの樹海には、このうちエルフと獣人の二種族が生息しているとのこと。
またここから東の方角にずっと進んで樹海を抜けた先には、広大な平野や山岳地帯なんかが広がっており、そこでは
その事実にボクは高揚した。
だってそうだろう。
この世界には先々ボクを愛してくれるかもしれない、様々な知的生命体が存在していたのだ。
こんなに嬉しいことはない。
◇
ボクはエルフたちに、この里についても尋ねてみた。
そうしてわかった。
この里はなんでも妖精国(エルフたちが建国した国で、ハクアの樹海を北側に抜けた先にある)の政争に敗れて逃げ延びてきた氏族が拓いた里らしい。
その負けた氏族の長というのが、プレナリェルの父親であるこの里の族長だ。
プレナリェルの母はすでに亡くなっていた。
族長は妖精国に帰りたがっている。
けれどもエルフたちの現女王であるアゥグラレィスは、そんなに甘い性格をしていない。
帰れば一族郎党皆殺しにされるだけで、現実的には無理な復権に固執してるのは、統合失調症の発症一歩手前のあのバカ族長だけ。
若いエルフたちはそんな彼に呆れて、ずっと前にプレナリェル以外みんな里を出てしまっていた。
だからいまこの里に残っているエルフたちは、見かけだけは若いものの、平均年齢三百歳ごえの老人ばかりなんだとか。
そして、なんでも年老いたエルフは徐々に他人への興味を失っていくそうだ。
魔力|(なんてものがある)ばっかり膨大に溜め込んで、精神活動はもう自分の内側にしか向かなくなる。
族長みたいに何かの妄執に取り憑かれた者は別としても、基本的にはそういうものらしい。
つまりだ。
何ということはなかった。
この里はいわゆるエルフの限界集落で、里人の誰も彼もが他人に興味を持てなくなった、ボクにとっては最悪な地獄のような里だったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
里のエルフたちが愛してくれない理由はわかった。
けれどもボクは、まだ諦めてはいない。
愛を強制できる可能性を捨てきれない。
だから今日は洗脳に再挑戦していた。
新たに思い付いたアプローチは、脳の改造だった。
実現性はひとまずさておき、考えている手段はシンプルである。
ごく微量のショゴス細胞をエルフの脳に植え付けて、記憶を改竄したり、感情を操作したりするのだ。
まぁロボトミー手術みたいなものと考えればよい。
だが改造を施すにあたり、ボクは必要となる脳に関する知識をあまり持っていなかった。
というかそもそも脳に詳しい人の方が稀だろう。
けれどもボクは、なんとか前世の知識を振り絞って考える。
えっと……。
記憶、記憶。
たしか新しい記憶は脳の海馬というところに保存されて、古い記憶は大脳皮質に保存されるのだっけ?
そして感情を司るのは前頭葉だったか?
わずかに思い出せるのは、何処かで聞き齧ったこの程度の知識くらいである。
いやこれだって正しいのかは定かではない。
だからきっとこのアプローチを成功させるには、たくさんの実験と検証が必要になるだろう。
でもそれはもう仕方がない。
気長にやっていこうと思う。
◇
簡素な手作りの手術台に、全身麻酔を施したエルフの女性を座らせる。
剃髪はすでに済ませてあった。
「さて……。では
ボクは眉をキリッとさせつつ、真剣な表情を装いながら執刀直前の脳外科医の真似事なんてしてみる。
鋭利なメスに変化させた指をサクッと脳天に突き入れた。
まずは開頭作業だ。
「……慎重に、慎重に。中身を傷つけないよう、ちゃんと気をつけて……」
メスにした指で、エルフの頭蓋骨をすっとなぞった。
ボクの身体は精緻で繊細に動く。
さして苦労もなく頭部を丸く切り取り、お弁当箱のフタを開けるみたいにパカリと開頭した。
「うひゃあ……」
被験体のエルフがビクンッと肩を揺らした。
彼女の頭部の奥に厳重に秘されていた血色を帯びた桃色の脳が、外気に晒される。
柔らかそうにふるふる揺れて、まるでプリンみたいだ。
「うーん、これが脳みそかぁ。綺麗だけど、なんかグロいなぁ。それはともかくとして、早速……」
感想を呟きながら、脳にショゴス細胞を植え付けようとした。
そのとき――
◇
背筋がざわつく。
小屋の外に設置しておいた小さなボクの分裂体から、警戒信号が届いたのだ。
それと同時に、ボクは複数の人間が気配を殺しながらやってきたことに気付いた。
ボクは慌てて見張りの分裂体と視覚を共有する。
すると里の族長であるプレナリェルの父が、幾人ものエルフたちを引き連れて、ボクのいるこの小屋を取り囲んでいく様子が映った。
「あーあ、バレちゃったかぁ」
ボクは頭上を仰ぎながら、手のひらで目を覆った。
これは襲撃だろう。
ボクがエルフたちを使って様々な実験を試みていることに気づかれたのだ。
どうやら潮時みたいである。
でもまぁ仕方がない。
考えるまでもなくそりゃそうだ。
ボクはこの短期間で、随分と大勢のエルフを攫って使い潰してきた。
だから異変に気付かれない方がむしろおかしい。
とはいえちょっとは愚痴りたくもなるのが、人情というものだろう。
「ちぇー! ほんっとタイミング悪いなぁ」
深くため息をついてから、なおも毒づく。
「どうせバレるにしても、もうちょっと待ってくれても良いのにさぁ。だってせっかく上手く開頭できたのに!」
ボクは感覚を鋭くした聴覚で、近づいてくる外のエルフたちの足音を余さず捕らえながら、そんな風に漏らした。
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