第二十一話「秋穂に見つかったら、せん馬の危機ですよ」

 翌日――。


「父さんはやっぱり警戒心がなさ過ぎると思います」


 荒れた裏庭へと繋がる石畳を歩きながら、メイド服姿のミコトが唇を尖らせた。


「秋穂に見つかったら、せん馬の危機ですよ。去勢の危機。僕としては目的が果たせるので別に構いませんけど。……やっぱり構います。夏希に脅迫されてっていうのが気にくわないです。とっても気にくわない」


 夏希ちゃんと相当に馬が合わないらしい。相変わらずの無表情だけど、恐らく仏頂面になっているミコトの髪を、俺はくしゃりと撫でた。


「夏希ちゃんは千鶴ちゃんと仲良くなりたくて、なりふり構わず俺たちを頼ってきたんだ。目の前で困っているやつがいるんなら、助けてやるのは当然……だろ?」


「またですか。昔からの口癖ですよね、それ」


 昔から……と、いうのは未来の俺もよく言っていたということだろうか。ミコトに盛大にため息をつかれて俺は苦笑いした。

 昨日は夏希ちゃんの部屋で事情を聞いているうちに、秋穂さんが大学から帰って来てしまった。計画は今日から。夏希ちゃんと千鶴ちゃんが高校から帰ってきた、今から本格的に開始される。

 ミコトと顔を見合わせて頷くと、裏庭と荒れた裏庭とを仕切る鉄柵の扉をくぐった。

 夏希ちゃんたちが高校に行っているあいだは、秋穂さんに言われた通りに荒れた裏庭の片付けを進めていた。とはいえ、絡み合ったツルを二人で、三日ほどですべて刈り取れるわけもなく。荒れた裏庭は荒れた裏庭のままとなっていた。

 道具がしまってある物置に向かうと、千鶴ちゃんがジャージ姿で柔軟体操をしているところだった。


「トウマさん、ミコトちゃん!」


 千鶴ちゃんは声を掛けるよりも先に俺たちに気が付いて、パッと笑顔を浮かべた。


「や、千鶴ちゃん。トレーニング中? これからホットケーキを焼こうと思ってるんだけど、いっしょに食べない?」


 ホットケーキという言葉に目を輝かせた千鶴ちゃんだったけど、すぐさまうつむいてしまった。


「でも、秋穂姉さんの耳に入ったら……。そのせいで、このあいだも追い出されそうになったわけですし」


「それなら、大丈夫です」


 暗い表情をしていた千鶴ちゃんがミコトの言葉に顔をあげた。


「……大丈夫?」


「はい、夏希もいっしょなんです」


「夏希、さんも……?」


「夏希ちゃんが使用人のみんなにも口止めしてくれたから、秋穂さんが大学から……」


「や、やめておきます!」


 予想外に大きな声で、食い気味に断られて、俺は思わず口をつぐんだ。


「えっと……あの、その……」


 俺が驚いているのを見て、千鶴ちゃんは気まずそうな表情で目を泳がせた。かと思うと、


「お、お腹いっぱいなんです! ……そう、お腹いっぱい!!」


 きっぱりと、ない胸を張って言い切った。


「わかりやすいうそですね」


 ミコトがぼそりと呟いた。

 そう思う。そう思うけど――。


「……ぶにゃ!」


 とりあえず俺は、ミコトの額を平手でぴしりとはたいた。


 ***


 次の日も――。


「これからゲームをするんだけどプレイヤーがもう一人、必要なんだ。だから、千鶴ちゃんも来てくれると嬉しいな!」


「えっと、あの……」


「ちなみにメンバーは俺とミコトと夏希ちゃ……」


「宿題が時間掛かりそうなので、えっと、その……あ、あと一人はノエルにお願いしてください!」


 ***


 その次の日も――。


「今日、数学の宿題が出てるんだよね?」


「えっと、あの……」


「夏希ちゃんの宿題を見てあげることになってるんだけど、千鶴ちゃんも……!」


「大丈夫です! 休み時間に終わらせました!」


 ***


 さらに、その次の日も――。


「夏希ちゃんの部屋でお菓子とお茶を……!」


「お、お腹の調子が悪いので!」


「なら、夏希ちゃんに薬を持ってきてもらおう!」


「大丈夫です、治りました! 失礼します、ごめんなさい!!」


 ***


 こんな調子で千鶴ちゃんに避けられ続けていた。

 今日だって、そうだ。

 夏希ちゃんの部屋で作戦会議をして、夏希ちゃんとミコトといっしょに部屋を出たタイミングで千鶴ちゃんも自室から出てきた。

 夏希ちゃんの部屋から階段をはさんで、突き当りが千鶴ちゃんの部屋だ。


「千鶴ちゃん……!」


「ち、千鶴……」


「バウッ、バウッ」


 俺が大きく手を振ると、千鶴ちゃんはびくりと肩を震わせた。夏希ちゃんがぎこちなく手を振ったことにも、視線の動きからして気が付いたと思う。ノエルもいつも以上に大きな声で吠えて、存在をアピールしてたし。

 俺とミコトは揃って夏希ちゃんと千鶴ちゃんの顔を交互に見つめた。二人の強張った表情に俺まで緊張してしまう。

 ミコトの眉間にも皺が寄っている。……って、この野良猫はなんでこんなに渋い顔してるんだ?

 なんて、考えているうちに千鶴ちゃんはおろおろとあたりを見回して、


「……っ」


 勢いよく頭を下げると自分の部屋に引き返して、バタン! と、ドアを閉めてしまった。

 何を言っていたのかは聞き取れなかった。でも、口の動きからして〝ごめんなさい!〟と言ったのだろう。

 ジャージが入っている巾着袋と陸上用だろう靴を胸に抱えていた。荒れた裏庭で走るつもりで自室から出てきたのだろう。なのに、俺たちの顔を見るなり引き返した。

 あきらかに、あからさまに避けられている。

 俺は手を振るポーズのまま固まっている夏希ちゃんの肩をがしりと掴んだ。


「作戦会議……!」


「…………」


「バウ……」


 俺とミコトと固まったままの夏希ちゃんと、それから心配そうな声で鳴くノエル。三人と一匹は、たった今出てきたばかりの夏希ちゃんの部屋に引き返した。

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