悪魔のいる天国 剣の杜
@Talkstand_bungeibu
第1話
私は86歳で天寿を全うした。その生涯では人を陥れず、酒を飲まず、女性関係も妻一筋で浮気などもっての外、日曜にはかかさず教会のミサに通っていた。その結果、私は死後に当然のように天国へと招かれた。
天国は聖書にあるように清い空気が流れ、光が皆を照らし、そこに住む人々も穏やかで明るく、まさに理想郷のようだ。私の姿は80過ぎの老いた姿ではなく、20歳過ぎの最も充実していたころの姿だった。戸惑っていると、法衣を纏い、背に純白の翼を生やし頭の上には光の輪を浮かせた伝承通りの天使が天より舞い降りてきた。
「驚いてるようですね」
女性とも男性とも呼べる声で天使が話しかけてくる。
「天国では肉体の年齢と容姿に関係はありません。望みたい年齢の姿になることができます」
なるほどと思い、試しに40代の自分を思い描き、近くの池に映る自分の姿を見てみると、確かに40代のころの私の容姿だった。その様子を見てなのか天使が言葉を続ける。
「あなたの愛した人を探して、再び夫婦生活を送るのもいいと思いますよ。では、私はこれで。天国の生活を楽しんでください」
そう言って、天使は空へと帰っていく。それを見送って、私は叫びたい衝動にかられた。生きていた間、片時も忘れなかった天国での生活。それがいまここにある。もう、
無理にいい人ぶることもない、天国にさえ入ってしまえば、あとは生前出来なかったことをするだけだ。さぁ、なにから始めようかと考えていると、ドスの利いた声が背後からかけられた。後ろを振り向くと、目に入ったのは山羊の頭に背には蝙蝠の翼、獣の体を持つ悪魔の姿だった。
「な、なんで、悪魔が天国に!?」
「お前みたいな奴がいるからだよ」
悪魔はこちらの心を見透かしたように笑みを含みながら言う。
「最近の人間は浅はかというか、頑固がすぎるというか、天国に入ったとたんにタガが外れてしまうのが多いんだよな。この前も、天国で強姦殺人が起きてるし、生前欲望を抑えつけていた分、目的が達せられたら抑えが利かなくなるんだろうねぇ。まぁ、そういった奴を地獄ないし煉獄に連れていくのが我々悪魔の役目。人間界で言う警察の役割を、何故か悪である俺ら悪魔がするなんて皮肉なもんだよねぇ」
悪魔は私の肩にポンと手を置くと、そっと耳打ちをしてきた。
「考えるだけなら俺らは見逃す。行動に移したら地獄で俺たちとショータイムだ」
悪魔はそうとだけ言うと、天国に似合わないその姿で歩いて姿をけした。あぁ、結局生きていたころの窮屈な暮らしを続けねばならないのか。これでは、天国も地獄と変わらない。私は嘆いた。
悪魔のいる天国 剣の杜 @Talkstand_bungeibu
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