第7話

「たの、楽しいの」

 そんな事を言う彼女は峠を越えてやって来たのであるが、それを知る事は彼はなかった。そんな事を知る由もなかった。

「ねえ。こんなうわさを知っている? 月が出ている時には狼が出るのよ」

「狼男じゃなくて?」

「うん。狼」

「それは普通じゃないのかな」

「そうね。普通ね。普通が一番ね」

 会話がかみ合わないけれども、それはそれで男は楽しくもあった。けれども段々と飽きて来たので、ポケットの中でティッシュを弄り出した。彼は鼻を噛んだ時にポッケにそれを潜ませていていずれ捨てようと考えていたのだが、捨てる機会を見失っていて、ずっといや正確には一か月以上もそのまま放置していたのである。そう、つまりズボンを一か月洗っていなかった証明にもなるのだが。

「私はワサビが昔嫌いだったの」

「そうか。俺は好きだぞ」

「話を最後まで聞いて。昔って言ったでしょ」

「なるほど、今は好きなのだな」

「ううん。今も嫌い」

「この無駄な時間を返せ」

「時間は戻ってこないのよ。だから返せないの」

「知った上で聞いている」

「そう。それこそ無駄ね。無駄を反対にしたらダムよ。ダムは生活に必要だと私は考えているから、つまり対義語と言っても良いわね」

「そうなのか。御都合主義だな」

「良いのよ。さあそろそろ寝なくちゃね」

 おやすみ、と言って彼女はその場で寝だした。ちなみにここは林の中であり、林とは人工的に作ったもので森とは自然に出来た物だという情報をつい昨日知ったばかりであるが、自分で調べたわけではないので真偽のほどは未定である。

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