第68話 深夜の起動戦士

ウォーズマンを失ったショックから立ち直った龍一。


『一度見たからいいんだ』


そんな自分を慰めつつも納得させる都合のいい一言で切り替えた。くよくよしないと言えば聞こえがいいが、実は切り替えきれないのが本心。当時そんなにポピュラーじゃないシークレット、なんならガチャガチャのカプセル内の紙に記載すらされていないものもあった、が故にショックは計り知れないのだ。


『一度見たからいいんだ』を何度も自分に言い聞かせながら深夜にファミコンの箱をベッドの下から引っ張り出す。パッケージを見ただけでウォーズマンの大失態は消え去った、計り知れないショックをファミコンが上回ったのだ。


お店側の仕業なのか、箱の全ての接合部分に透明なテープが張られている、缶のクッキーなどのテープを剝がすのは気持ちがいいけれど、箱のテープを剥がすのはワンランク上の難しさがあり、気持ちがいいなんて微塵も感じない。何故ならパッケージを剥がしたくないからだ。お店側はそんな考慮などもちろんしておらず、龍一の考察通り粘着力抜群のテープでびったりと貼られていた。


龍一の頭の中には2つの策が浮かんだ、1つは接合部分をカッターで切り、テープを残したまま開封する、もう一つはスーパースローでテープを剥がすと言う事。まずはスーパースローを試してみることにした、人生でこんなにゆっくりと動いたことはない動作、指先に全神経を集める感覚で剝がしにかかる。深夜の寝静まった無音の世界にピっ…ピピっとテープが剥がれる音が響く。


ジッ!『あっ!』


案の定パッケージの一部がビニールテープの粘着力に負けて剝げた。ゆっくりとそのテープを戻してキチンと指で撫でると『ふっ』と一息吐いた。呼吸をするのを忘れて集中していたのだった。


ここで1つの策が破綻したので、カッターを取り出す龍一。

刃を出す音に対しても気を配り、1秒間に1チキと言う間隔で伸ばして行った。4チキくらいで一呼吸置くと、刃をビニールに突き立てた。本来ならビニールテープも取りたいが、箱がメチャクチャになるのが嫌なので、甘んじてテープを残すことを選択したのだった。


数十分かけて刃物を入れる作業が完了し、いよいよ開封となった。ファミコンの箱の前に正座して『ふぅーーーーーー』と長い深呼吸をした。緊張と言う言葉が一番しっくりくる表現だろう、首を回したり目を閉じて天を仰いだりして自分なりにリラックスを装った。


いよいよ蓋の部分に指をかけた。爪を立てると箱に爪跡が付くのが嫌で、軍手を履いたのだが、滑って全く持ち上げる事が出来ない、上から被せるタイプだからそれもそうかと気が付き、仕方なく軍手を脱いだ。右を持ち上げては左、左を上げては右と交互に蓋をずらしながら上げないとピッタリと吸い付いて簡単には開かなかったのだ。やっとの思いでついに蓋を開ける事が出来た。


発砲スチロールで綺麗に形作られた仕切りに内容物がぴったりとハマっていた、それは夢にまで見たファミコン。まるでおせちのお重の蓋を開けた時の様に煌びやかだった。真っ白い箱に赤いコントローラー、ところどころが赤い本体と、バカでかいアダプター、龍一は感動していた、ファミコンを見て感動なんてとバカにする人間は多いと思うが、龍一にとってはやっと手に入れた宝箱を開けた気持ちなのだ。この先テレビの食レポで、海鮮どんぶりの蓋を開けた瞬間に目をひん剥いて『これは海の宝石箱や~!』と言う言葉として表現されそうだが、まさにそんな思いなのである。


ちびちび長い事貯金して、友人の為に使って遠のき、お年玉でやっと手が届いた宝物。クラスメイトのほとんどがとっくに手にしているファミコン、その悔しさ、羨ましさと言ったら、歯ぎしりで奥歯がへし折れる程だったのだから無理もない。


龍一は半べそをかきながら、意味は不明だが自然に手を合わせて目を閉じていた。ファミコンに手を合わせた人間はこの世にそうそう居るまい。それほど嬉しくもあり、有難くもあったのだ、簡単に手に入れたものは直ぐに飽きて雑な扱いをして大事にしないなんて聞いたことがあるけれど、今龍一はその言葉を噛みしめている。簡単じゃなかった入手までの道のり、雑になんか扱うもんか!罰が当たる!大事にするからね、そんな気持ちで手を合わせたのかもしれない。


ブランド品を扱う質屋の店員の様に、静かに箱から両手で優しく本体を取り出すと、床に置き、2プレイヤー用のコントローラーを見た。『マイクだ!』2プレイヤー用のコントローラーにはマイクが付いており、それをオンにして話すとテレビから声がするのだ、それを利用したゲームはまだなかったものの、これから開発されるのかと思うとワクワクが止まらない龍一なのだった。


しかし問題点があった、アダプターを差し込めば付くと思っていたファミコン、そこには大きな壁があったのである。


それがRFスイッチと言われる謎の機械。


アナログTVであるこの時代は、アンテナで受信した信号を同軸ケーブルと呼ばれる線を通じてTVに送り込んでいる、そのケーブルは中心に心線と呼ばれる銅線があり、周囲はプラスチックとゴムでコーティングされた姿をしている。ファミコンとTVをつなぐ場合は、この同軸ケーブルをRFスイッチに接続する必要があるのだ。こんなもん龍一にとってはバケモノでしかない。


『なんだこれ』


言葉を覚えた原始人の様に、龍一はこの言葉しか出て来なくなってしまった。


説明書を開くとざっくりとした説明が書いてあったが、イラスト解説しており、RFスイッチ本体にも丁寧に記載されていたので、それを頼りに作業開始。


『なんとかなるだろ、俺は戦士~』と歌いながら必要そうなニッパー、カッター、ハサミ、ビニールテープなどを用意する。それほど作業は好きではないが、工具が武器っぽくてカッコイイと言う理由で好きだったので、色々と工具箱に入れて持っていたのだ。


『俺は戦士~』


テレビを移動させてテレビと壁の隙間に入り込む。


『アンテナ…アンテナ…俺は…せんっ…しぃ~っと』


ぶつぶつ言いながらネジを外したり緩めたりしてアンテナを取り外し、RFスイッチへとセッティングするが、肝心の心線が届かない、良く見るとプラスチック部分を切って線を出せることに気が付いた。アンテナで感電は無いが、念には念を入れる龍一は線を抜いてからカッターで作業を始めた。完成したアンテナ線をRFスイッチに接続して、全てが繋がった事を確認した。


『よし!これで間違いない』


時刻は午前3時


翌日にするかどうするか悩む龍一、ファミコンが付いたらやってしまうのは間違いない、今寝れば約4時間は睡眠時間が確保できる。


『あー悩ましい、でもちょっとだけ…』


ゲームをすることを選んだ龍一だったが、とんでもないことに気が付いた。


『あ、ゲーム買ってない…』


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