第49話 三者面談
龍一にとって最も嫌な日が来た。
『三者面談』である。
仲の悪い父親と一緒に担任と進路の話をすると言う、龍一にとっては鬼畜の所業。願わくば開催して欲しくないイベントであるが、このイベントは雨天中止はおろか、天変地異でも来ない限り中止になる事は無い。
『12日にしてくれ』
担任から渡されたプリントを見て、父親の康平がぶっきらぼうに答えながら、プリントを龍一に、スナップを利かせて返した。
『あ、そう』
ぶっきらぼうに対し、喧嘩を売るように少し小ばかにして答えた、人を怒らせることに関しては天才的だと言うのに、肝心の勉強に生かされていない。
しかしそんな龍一の策には乗らず、康平は静かにテレビに目を向けた、怒りを納めるかのように。
部屋に戻ると龍一は考えた、三者面談の事ではなく、勉強の事、いや、試験の事。自分のランクはF、これは今から死ぬほど頑張ってもランクはもう変わらない。前に吉田と話したように、試験で頑張るしかないのだ、同じ試験を受けるにしてもEとFとではまるでスタートラインが違う、RPGゲームで説明すると同じゲームを始めたのに、Eのプレイヤーは最初から鋼の剣を持っている、通常なら洞窟のボスを倒さなければ手に入らないはずなのに。一方Fのプレイヤーは布の服にこん棒と言う装備と言う事だ、ランクの違いは1つでも持ってる武器は段違いにEの方が強いと言う事なのである。
『当日試験会場にいる奴全員に漂白剤を塗りつけたクッキーを配ろうか』
考えると言ってもこの程度だ。
全力で勉強に取り組もう!で止めておけばいいものを、テロを起こそうとするなんてもはや思考が悪の組織レベルとなっていた、それもそのはず、もともと漫画を描くのが好きで、頭の中は常にこういう空想、つまり物語の一端を考えては仕舞い込むクセが付いているのである。
『は!』
と我に返り、この夜も過去に戻って勉強を開始するのだった。
夜食のラーメンの作り方を考えながら。
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翌日の放課後、続々と父兄がやって来た。
舞踏会か何かと勘違いしたようなケバケバしい化粧をして、ギラギラに着飾った誰かの母親。どう見ても輩だろうって言うパンチパーマに上下違うジャージの誰かの父親。一体何をしに来ているのかと言う話である。教室の外、つまり廊下に椅子を並べて順番を待つ父兄と生徒、あいつの父親かよアレは・・・あいつの母親なんだあれ気持ち悪いなぁ・・・生徒の間ではそんな会話が飛び交い始める。
『龍一』
康平が龍一に声をかける、その姿は見たことのないスーツ姿だった。紺色のスーツにえんじ色のネクタイ、真っ白なシャツ、髪の毛も整髪料を付けて櫛を入れてきたようだった。
『変じゃないか』
『え?』
龍一は耳を疑った、こんな事初めて言われたからだ。自分の容姿に対して変じゃないかと尋ねるなんて今までの康平とは思えない。そう、尋ねた事などないのだ、野球で言えば絶対的エース、自分の容姿には人一倍気遣い、完璧に仕上げるのだ。が故に人に自分の格好がどうか、おかしいところは無いか等と尋ねるはずがない、髪を整え始めると鏡の前に1時間は居座る人だから。
『いや…別に…』
『そうか』
絶妙に微妙な空気が流れた、これを気まずいと言うのだろうが、龍一にはわかるはずも無かった、気まずいと感じるどころか関わる事も無ければ皆に避けられていたのだから。変な空気で会話の無くなったこの時間は地獄だったが、その永遠に続きそうなほどの地獄を担任が切り裂いた。
『桜坂さん、どうぞ』
康平が先に教室に入り、龍一が後に続く。
促されるままに座りなれた教室の椅子へ腰かけた。
担任の前に縦に2つ横に2つ繋げてほぼ正方形に組まれた机を挟んで面談が始まる。
『桜坂、志望校は決まったのか?』
たかがFランクでどの高校を目指すと言うのかを楽しみにしているかのように、担任は少しほくそ笑んでいるようにも見えたので、一気に答える気が失せる龍一。
『答えなさい龍一』
康平の静かな圧力に負け、一瞬だけ康平を睨みつけると、龍一は静かに答えた。
『工業高校のインテリア科です』
『工業高校はEランクだぞ、例えFランクのお前が全教科満点取ったとしても、Eランクの生徒が満点を取れば自動的にお前の負けになる、それが内申点だ。前にも言っただろう、しかもインテリア科の倍率は今年は2.4だ、えーっとだな、24人の志願者がいたとしたらそのうちの10人しか合格できないと言う事だ。』
『その10人になればいいんですよね?』
『簡単に言うな桜坂、お前のランクは何度も言うがFだ、工業高校はEランクで、戦う前からお前は負けているんだ、受ける事は出来るが望みは最初から薄く、狭き門と言う事、もっと言うとだな・・・』
『先生、ちょっと良いですか』
康平が突然割って入る。
『戦う前から負けているとはどういう事でしょうか』
『いや、ですからお父さん、内申点と言うモノがありましてね』
『それはわかっています、受ける事は出来ると言いましたよね、つまり戦えると言う事ですから、戦っても居ないのに負けているとは意味が分かりません、勝敗は戦ってから決まるものでしょう』
『いや、ですから』
『戦う前から負ける事を考えるバカがいるかよ!』
『わ、わかりました、それでは工業高校インテリア科で、私立高校…いわゆる第二希望はこの街には1つしかないので、有帝(ゆうてい)高校でよろしいですね』
『帰るぞ』
康平の驚くべき切れっぷりに清々しさすら感じ、それと同時に少しばかり嬉しさも感じていた龍一に対し、階段を一緒に下りながら康平が言った。
『すまなかったな』
『あ…あぁ』
『まずあれだ、全力でやってみろ龍一』
『あ…あぁ』
またもや気まずい空気が流れ、沈黙と言う名の悪魔が舞い降りる。
その悪魔は2人を包み込み、互いに声を発する機会を封じられてしまうのだった。
階段を一段一段降りる靴の音だけが鳴り響く。
今言わなくては・・・そんな気持ちが龍一を突き動かす。
心の底から湧き上がる熱いものが喉元を過ぎ、やっとの思いで言葉となって口の中からその顔を覗かせる。
『ありがとう…』
康平がその足を止めた。
深く深呼吸し、上を見上げて康平が言った。
『はじめて…聞いた…』
龍一が見上げると、康平は涙を流しているよう見えた。
その父親の姿を見て、龍一は自分が聞かされた生い立ちを思い出す。
雪山に捨てられた自分を必死で探したと言う康平。
本当の自分の子供ではない龍一。
言わば書類上の親子。
所詮拾った親と拾われた子供、分かり合えることなどないと思っていた。
なのに龍一の『ありがとう』の一言に対して泣いている。
分かり合えない、分かり合いたいと思っていたのに縮まらない距離に康平は悩み、苦しんでいたとでも言うのだろうか。
龍一の一言で救われ、報われたとでも言うのだろうか。
親の心子知らず。
それは当然子の心親知らずとも言えるわけで。
『おやじ…』
『なんだ…』
『戦う前から負ける事を考えるバカがいるかよって台詞さ、アントニオ猪木の言葉だよな、親父プロレス嫌いじゃなかったっけ?』
『うるさい!行くぞ』
この親子の距離が少しだけ縮まった三者面談だった。
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