第47話 修学旅行を終えて

部屋に戻った龍一とクズ組。

他の部屋ではプロセスごっこなんかが始まっているが、流石にこの部屋でそれは始まらない、全員プロレスは好きだがテンションが違いすぎるのだ。

しかし何もしないってのもなんだなぁと思い、こんなこともあろうかと用意していたトランプを出した龍一。


『なぁ、トランプでもしねぇ?』


『いいねぇ、ババ抜き?』


『シチ並べ?』


『三浦も藤枝も地味だなぁ、ジジ抜きでしょうよ!』


『中本のジジ抜きも含めて地味だよ、大富豪をします!』


『大富豪!いいね!』


『ルールは知ってるよね?ローカルルールだけ確認してから始めよう』


ローカルルールもしくは地方ルールとは、ある特定の地方、場所、組織、団体、状況などでのみ適用されるルールのこと、つまり大富豪においては友人間でのルールが非常に多く、勝手に生まれたオリジナルルールも存在する為、革命を認めるのか?や、贈答行為を行うのか?など、試合前に取り決めを行わないと決まってもめ事になるのだった。


一通りルールを確認し、全員が納得したので、龍一がカードを配り始めると、三浦が龍一にふと呟いた。


『桜坂君、手ボロボロだね』


『あ、うん』そう言いながら傷が残る手首を内側にすると、手の甲が手荒れでボロボロだった。それは小学生の頃からだった、度重なる虐めや嫌がらせによるストレスなのだろう、ガサガサしてひび割れを起こし、痒くて掻きむしると血が流れて翌日には手荒れの範囲が広がり、治る暇などなかった。その手を人に見られるのが嫌で隠しながら過ごしていたのだった。汚い、気持ち悪い、そう思われるのではないかと思って。


『いいクリームがあるから塗ってあげるよ』


そう言うとリュックから手荒れクリームを取り出した三浦が龍一の手の甲に丁寧に塗ってくれた。


『気持ち悪くないのか?』


『なんで?ただの手荒れでしょ?これ塗ればよくなるから』


『お前のリュックなんでも入ってるんだな』


『うん、リップクリームもあるよ』


『それはいらねぇよ』


手荒れを恥ずかしいと思っていた龍一だったが、気持ち悪いと思うどころか、その手にクリームを塗ってくれる人間がいるなんて思っても見なかった。

『しみないか?良くなればいいな』

『俺の家の方が気持ち悪いだろーはっはっはっは』

藤枝も中本もクリームを塗ってもらう龍一の手を見てそんな事を言った。


『お前らクズなんかじゃねぇよ』


そう呟くと、龍一の目から涙が流れた。


『俺たちだって桜坂君から勇気もらってクズじゃなくなった気がするんだよ』

『俺も桜坂君のおかげでテレビ見られるようになったし』


なんだかわからない空気になって、4人で笑いながら泣いた。


『大富豪・・・やろうぜ』


夜遅くまでクソ楽しい大富豪を楽しんだ。


朝のクラスの連中の反応は龍一に対してとりわけ普通だった。

せせら笑う者もいなければヒソヒソ言って笑う者もいない。

修学旅行で何かが少し変わったような気がする龍一。

この日も弾丸ツアー全開で、次々と観光地へ立ち寄っては出発を繰り返す、自由時間など食事を終えたほんの10分と言ったところだ、売店を見ると可愛らしいキーホルダーやお洒落なTシャツなどがたくさん売っていたが、夫婦茶碗で全財産を使った龍一には何一つ買えない、しかしそれを悟られるとクズ組が気を使ってしまうので『俺は欲しいものは無いや』と強がってみせる。


売店を見終わると三浦が龍一とクズ組に声を掛けて来た。


『ねぇねぇ、これ、仲間の証として受け取ってよ』


そう言って三浦が小さな手の平を広げると、直径2cm程の真っ黒なバッジをジャラッと音を立てる、その真ん中にはドクロが描かれていた。


『海賊が掲げるドクロって、死の象徴なんだって。所説あるけど、殺す意味の死もあるし、俺たちに出会ったら死ぬぞって意味もあるし、でももう一つの説が一番好きなんだ、死を恐れないって意味。死ぬ事を恐れないって訳じゃなくって、覚悟だと思うんだよね。』


『覚悟…か…』


『これから色々覚悟する時ってあると思うんだ、だからいつか迷った時にこれを』


『そっか、いいね、いくら?』


『ううん、要らない、お金いらないから貰ってよ』


三浦にとってこのクズ組は大切な仲間なんだなと感じた龍一は、三浦の前で直ぐにリュックにそのバッジを付けて見せた。直ぐ着けることで相手を喜ばせると言う考えもあったが、三浦の想いを受け入れたと言う龍一の行動だった。


その後、何ヶ所か名所を回ると、いよいよ帰る事になった、言わば修学旅行のクライマックス。連絡船が到着すると、親父の康平が迎えに来ていた。

無言の車内を10分ほど過ごすと、おもむろに康平が口を開いた。


『楽しかったか』


その回答として楽しい話が来ることを想定していないトーンの聞き方だった。楽しい話をしたとしてもクスッとでも笑うつもりはないと言う圧すら感じる。


『うん』


ボクシングで言う所のジャブを打ってみた龍一。

親子だと言うのにこの距離はなんなんだろう、楽しかったか?うん、そうかそうか、そんなごくごく一般的な流れで良いのに、この2人にはそれが出来ない。


縮まらない距離、押しつぶされそうな圧、むせび泣きしそうな空気


一触即発


いつでも喧嘩が出来るぞと言う臨戦態勢がそうさせるのか、なぜ喧嘩しなくてはならないのか、そもそも喧嘩の理由は何なのか、理由なんかない、お互いに歩み寄れない壁があるのだ、知らず知らずのうちに2人の間に聳え立ってしまった高くて分厚い壁。龍一が折れれば崩れるのか、康平が折れれば倒れるのか、その答えは未だに分からない。ただただ素直になれないだけかもしれない、しかし時間が経過し過ぎてしまい、もうどうやって素直になったらいいのかもわからない、だから会話の仕方も忘れかけているのかもしれない。


『奥入瀬渓流ってのがさ…』


『あぁ、昔行ったことあるよ、綺麗な川の流れでな…空気も良いし風情があって良いところだよな』


気を使って絞り出して話してみたのだが、割り込んで全部言われてしまっては龍一が後に続ける言葉が無い。しかも会話に割って入られるのが龍一は嫌いだった、なぜ人の話を断ち切ってまで自分の話をしようとするのか、それほど自分のエピソードトークに自信があるのか、テンポの良い語り口で爆笑のオチがあるわけでもないのに人の話の腰をへし折って入って来る輩は多い、結果自分の話しがもうどうでもよくなる空気になってしまう、話したいわけじゃない、どうでもよくなる空気が嫌いなのだ。とは言え、この2人も口を開けばこんな状態だ、話す気にもならないのも当然だ。それを繰り返されてはストレスでしかない、好き好んでストレスを受ける人間は龍一が知る限りではいない、大抵の人間はストレスを受けるくらいなら話さないと言う選択をするだろう、龍一も同じである。


康平の車はエンジンの音のみが響くのだった。


家に到着し、居間で荷物を整理する。

両親が揃っているので、お土産の夫婦茶碗を取り出して見せた。


『なにこれ、お土産?』


『そう、開けていいよ』


『あら可愛い』


珍しく母親が素直に可愛いと言ったことに凄く違和感を感じる龍一、それは普段なかなか聞く事のない言葉だからである、だが直ぐに事態は急変する。


『いくらしたの?』


『2.000円だけど』


『は?あんた小遣い2.000円じゃなかった?お土産これだけかい!』


『そうだけど?』


『ご近所にお土産の1つもないのか』


『そんなに買えるわけないだろ!みんな何千円も持ってきて買ってるくらいなんだぞ!』


『世の中そんな事じゃ通らないんだぞ龍一!どっかに言ったらお土産が当たり前だろ!』


『折角喜ぶと思って買ってきたのになんなんだよ!』


『うぉらぁあああ』

龍一は夫婦茶碗を手で払ってテーブルから捨てた。

床に落ちた夫婦茶碗は明らかに割れた音がしたが、龍一にはどうでもよかった。ここまで言われて大事に使ってもらおうなんて思わなかったからだ。何分言い合いをしたかわからないが、龍一はもう嫌になり立ち上がって自分の部屋へ行こうとする。康平が立ち上がって龍一に向かい『なんでわからないんだ!』と言った。龍一はスルリと立ちはだかる康平をかわし『喜ぶと思って買ってきた俺の気持ちがなんでわからないんだ!』と怒鳴った。


ハッと思ったのか、両親は黙り、立ち去る龍一を止める事はなかった。


翌朝、セロテープで修繕された夫婦茶碗がテレビの上に飾られていた。



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