第29話 星空
翌朝、目が覚めると、身体中が痛かった。
得に痛かったのは左の頬。
昨夜、帰宅した父親に顔の傷を見られ、問い詰められ、ちゃんと説明したにもかかわらず喧嘩したと言う事でぶっ飛ばされた時の一撃のせいだ。あんなに死ぬ思いをして戦ったと言うのに一方的に叱られ、頭に来た龍一は父親に食ってかかったのだが、返り討ちにあったのだった。
『いつか必ずぶっ飛ばしてやる』
最強の父親を倒すことが龍一の子供の頃からの目標。
正直学校は行きたくなかった、でも仲間と昨日の話を出来ると思えば自然と笑みがこぼれる龍一だった。いつものように朝食を摂ると、いつもより少し早く家を出た。龍一はせっかちではないのだが、基本的には時間に余裕を持つタイプだった。『何かあったら困る』が常に頭の中にあるからだった、とは言えそうそう何事もないのだが。
まだ腫れている右拳に包帯を巻いた龍一は、学校へ到着するとなにやら騒がしいことに気が付いた、数人のヤンキーと北中の先輩たちが数人集まって何やら揉めているようで、そのあまりの迫力に先生も距離を置いて『おい!やめないか!』と叫んでいた。よく見るとそのヤンキーは昨日の金獅子「鬼塚 亮(おにづか りょう)」と数人の仲間だった。
『龍一!!!タカヒロ!!!あと2人!出てこい!!!!』
『え~・・・・学校名言ってないはずなのになんでバレてるのぉ?』騒いでいる方向から見えないように電信柱に隠れて覗く龍一だったが、後ろからは丸見えだった。そこへタカヒロが声を掛ける『よう!龍一!』振り向く龍一が鬼の形相で『シーっ!!!!』つまり黙れ静かにしろとアピールする。しかしこんな鬼気迫るシー!は未だかつて見たことがないタカヒロは『なに?え?なに?何か見えるの?龍一の好きな離れ気味のおっぱいの熟女か?』『そんなわけ・・・』『おいおい、おっぱいがどうしたって?』『ええ!?誰がおっぱい出してるって?』まさかの花田と中村が奇跡の合流をしてきた。心の中で龍一は「終わった・・・」そう呟くと『おぉ!いるじゃねぇの!!!』と大声で金獅子が叫び、こっちに小走りで寄ってきた。
『ばか!見つかったじゃねぇかよ!どうすんだよ』
『またやっちまおうぜ!なぁタカヒロ、花田、中村』『そうそう』『うん』
『そうそうじゃねぇよ全く、あいつらバット持ってんじゃねぇかよ』
『昨日は世話になったなぁ、まだ体中が痛ぇよ龍一』
『あ、龍一???え?』
『あんなにやり合ったんだ、俺らもう仲間だろ、湯中と休戦協定結ぼうと思ってな、探したぜ、お前ら普段目立たねぇ奴ら気取ってんだろ?』
『いや、そんなわけでは・・・』
『かっけーじゃん、つっぱってねぇのに強ぇってかっけぇよ。情報網使ってマジ探したぜ。』
『金獅子さん、こんな奴らに負けたんですか?』
『オイこら!誰に向かってクチきいてんだ?もう金獅子のダチなんだ、そんなクチきいてっとお前らやっちまうぞ?あぁ?』
『すみません』
『お前ら今日から俺のダチな、亮(りょう)って呼んでくれていいよ、これからどうする?学校バックレてどっか遊びに行かねぇ?』
『いや、学校はサボれないんで・・・』
『いいねぇ、そう言うの嫌いじゃないよ、じゃ今度な!龍一、タカヒロ・・・えっと・・・花田に・・・・中村だったな』
『おう、また!』
瓢箪から駒とでも言うべきか、奇しくも偶然が偶然を呼び、朝の大騒動は龍一達のお陰で幕を下ろした。しかし面白くないのは先輩達だ、北中に番格は居ないとは言え不良の世界は縦社会、先輩がどうしようも出来なかった他校の不良生徒を後輩が押し返したとあってはメンツが丸潰れなのだった。
『お前ら放課後、日乃吉(ひのよし)公園の砂場に来い』
呼び出したのは、番格と言われる4人、どこの中学校と揉めることになっても大概はこの4人がリーダーとなって決着をつけて来た、だからこそ今朝の事件は気に入らないのである。
『はい』と返事をしたは良いが、龍一、タカヒロ、中村、花田は正直行きたくはなかった、何故なら後ろに手を組まされて力いっぱい殴られ、その後は地面に転がされて先輩の気が晴れるまで蹴られるのをわかっているからだ。『リンチだよな』皆が口に出さないだけでわかっている事なのに、タカヒロが言ってしまう。不安で仕方がない他の3人は同じ考えだよね?と確認するように次々と口を開く。『湯中と休戦協定結んだからいいじゃねーかぁ…なぁ?』眉間に皺を寄せて早くも先輩をディスり始める中村、そういう所が中村の悪いところなのだが、逆に言えば素直ではある。結局打開策が出る訳もなく、放課後を迎える事となった。
『じゃ、日乃吉(ひのよし)公園集合な!』そう言って皆で手を振った。
一度家に帰った龍一、汚れても自分で洗えるようにジャージに着替えた。泥だらけにした服を洗濯に出したら母親に何を言われるかわからない、リンチを受けてまた母親に叱られるなんて嫌だ、ましてやその後父親に告げ口されてぶっ飛ばされる、それだけは避けたい、そういう思いからだった。
帰りは自転車に乗れるだろうか、体中痛くて乗れないんじゃないだろうか、そんな事まで考えていた。結局は歩くことにした龍一、仲間とは現地集合なので道中は一人だ、痛いだろうか、苦しいだろうか、血が出るかな、顔が腫れるかな、腫れたら親父にバレるよなぁ・・・そんな事をブツブツ言いながら日乃吉公園に足を向けていた。
到着すると先輩たちが5人も居るのが見えた、木の陰から様子を伺う龍一。そのまま5分待ったが仲間のタカヒロ、中村、花田が来る事は無かった。不安でいっぱいになった龍一はこのまま逃げようと思ったが、自分が逃げた後に仲間が来たら俺は卑怯者になってしまう、仲間を見捨てたことになる、そんな事してしまったら折角できた友達を失ってしまう…そう思うと、足が後ろを向く事は無かった。
『おい!こっちこいよ!』
先輩の一人に見つかってしまう龍一、一気に先輩5人に囲まれ、即5人から身体をドン!と何度も叩き押されて龍一はクルクルと回されてしまった。どつきまわされるとはこの事だろう、ドン!と叩き押されては『調子こいてんなよコラ』ドン!と押されては『いきがるなよてめぇ』と、お決まりの単語を浴びせられる。いつ本気で殴られるのかと言う恐怖の中で龍一は『仲間が…あいつらがきっと来る』そう信じていた。仲間が来たところで反撃する策略があるわけではないが、赤信号みんなで渡れば怖くない…そんなブラックな標語のように、皆で殴られれば、せめて皆で殴られれば怖くはないから…そう思っていた。
『金獅子が龍一龍一言ってたわ、龍一ってお前だよな、桜坂だっけ?金獅子のお気に入りがおめぇならお前だけいればいいわ』
『おう!北中名物集団リンチ!開幕ぅ!』
そう先輩の一人が号令をかけると、本気のビンタが龍一の左頬を捉えた。耳がキーンとなって周囲の音が消えた、先輩の汚い言葉も聴こえない、これはこれで龍一を少しだけ楽にした。一斉に5人に殴る蹴るをされる、どこが痛いのかもはや脳の伝達機能が追いつかない、龍一が右にフラフラすると全員が右に、左に移動すると左に、龍一を囲った5人が移動する。公園内をあちこち移動しながら続くリンチ。龍一はただただ恐怖だった、本当に怖かった、殺されるんじゃないかとまで考え始めた。ついに突き飛ばされ、踏みつけが始まった。顔を腕でガードしながら隙間から薄暗くなった周囲を見回した、仲間は…仲間は…。そこに強烈な蹴り上げが左耳付近を襲った、目の近くでもあったので火花が左目から飛び散ったように見え、目玉が飛び出したんじゃないかとさえ思った龍一は慌てて立ち上がった、しかし背中に飛び蹴りが入り、前のめりに転んでその先にあった岩に額をぶつけた。倒れる龍一は自分で額に血が流れるのを触らずともその冷たさで感じた。毛髪の隙間をスキーヤーが滑る下りる様に血液が滑走する。その血を見て先輩たちは我に返り、龍一の上着を脱がせ、ズボンを引きずりおろして剥ぎ取ると、日乃吉公園の代名詞でもある人口の沼に投げ入れた。
『二度と調子こくなよ!』そう言い捨てると先輩たちは去って行った。
Tシャツとパンツ一丁で大の字になった龍一の目に涙がこぼれ落ちた。怖さから解放された安堵の気持ちもあるが、また裏切られたと言う悲しさもあった、今度こそ、今度こそ信じられる友達が出来た、そう思っていたのに誰も来なかった、この土壇場で来ないなんて、仲間から谷底に突き落とされた様な気持ちだった。信じた自分が悔しくて哀しくて星空を見上げると、心の声を漏らしてしまった『何やってんだろ俺…』つぶやき終わると同時に星が滲むほど涙がボロボロと溢れて来た。涙が流れると心が溢れ出し、わんわんと声をあげて泣いた。
思いっきり泣き終わると、ゆっくりと立ち上がってパンツ一丁で沼にジャージを取りに行くことにした、足を沼に入れるとズブズブと沈んだ。身体の傷に沼の水に触れてビリビリと自己主張してくる、何とか足を運んでジャージを掴みあげ、着る意味がないそのビチャビチャのジャージを着た。
足を引きずり腕を振る事も出来ずやっとこさっとこ歩を進めた。
小学生の時もこんな事あったなぁ、なんで俺はこんな目に合うんだろう…そんな事を思い出すと『ふづうに…ふずうに…普通に生きたいです』龍一は星空を見上げて懇願すると、大粒の涙を流した。
家に帰ると『こんな時間まで何やってたんだぁ!!!!』と玄関に仁王立ちしていた親父に怒鳴られた。ジャージだから自分で洗って知らんぷりで逃げ切り作戦はスタートで直ぐに崩れた。ただでさえ体中が痛いのに怒号の後のビンタで身体に雷が落ちた、正直先輩5人の比じゃない、最後の最後にラスボスのガード不能攻撃を喰らったような状態だった。龍一も必死でリンチを受けた事を叫ぶが、聞き入れる事は無く、リンチをされるようなお前の態度に問題があるんだと二発目のビンタを打ち込まれ、気を失って玄関で倒れた。
薄れゆく意識の中で『やっと楽になれる…』と思った。
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