第21話 組手

『あの・・・今度!』


焦りつつも龍一は靖子にまた会いたい、会いましょう、

そんな意味合いの言葉をかけた。


『龍一君』


靖子が龍一の背中にぶつけた言葉は届くことなく、

逃げるように龍一はその場を立ち去った。

正しくは逃げるように・・ではなく逃げたのだが、

それはいち早くその場所から存在そのものを消す為である。


湯川原中学校との闘いに参加したふりして逃げると言う龍一の策。


決して喧嘩が弱い部類ではない龍一だったが、

意味のない喧嘩はしないのが彼の中でのポリシーだった。

が故に、学校のメンツを懸けて戦うなどどうでも良い事だったのだ。

後ろを気にしながら走る龍一。

あまり来ることのない湯川原町、どこをどう回っていくとどこに出るのか

さっぱりわからない龍一がここで気が付く『俺・・・方向音痴だ』

取り敢えず細い道を抜け、車の流れに合わせて歩くと

地元のヤンキーならよく知ってるスーパーマーケット

<ジオン>の前に出た。


『あ。ここ知ってる』


見覚えのある景色が見えると龍一は一気に強くなれた。

自然と笑みもこぼれ、周囲を見渡す余裕すら出来るのだった。

湯川原と言う街は地元では第二の観光地であり、湯と付くだけあって、

温泉が出る唯一の街だ、目立った観光スポットこそないし、

華やかでもなくむしろ寂れた古臭い街ではあるが、情緒があって人気が高い。

空港からも近いとあって、観光シーズンはホテルだらけのこの街自体に

空きがない程賑わうのだった。

海が近いのもあり、景観も良く、花火大会も行われるので、

寂びれた見かけとは違い、実は街の経済を大きく支えているのだった。

しかし湯川原は漁師町である磯部町(いそべちょう)の隣、

磯部町と言えば、いわゆるヤンキーの巣窟として有名で、

その街の学生服の子に石を投げればヤンキーに当たると言われるほどだ。

そして何より悪党レベルが高い。

目が合っただけで喧嘩になる?そんなもんじゃない、

目が合っただけで即殴られるのだ、卒業後の80%は極道になるらしい。

学校側も卒業させる為にテストや成績を操作してご卒業願うのだとか。

そして磯部町には娯楽がない、小さな街なのにヤンキーが多いのは

娯楽がないから大人たちは暇さえあれば交わるからだと言われている。

ヤンキー達は娯楽が無いから湯川原に流れてくる、

そしてここ湯川原には湯川原最強と言われている

スーパーマーケットがある<ジオン>だ。

ここはゲームコーナーがあり、ハンバーガーショップや

ファストフード店がズラリと並び、ヤンキー向けの服屋もあった。

そして圧倒的に大きい。


言い換えると湯川原最強と、それを狙う磯部町、

抗争が起きやすい場所でもあった。


だが、そんな危険な場所なのを忘れ、龍一は中へと入ってしまう。

店内にあるファストフード店の1杯50円のコーラを飲みたくなったのだ。

50円でとても大きな紙コップにたっぷりとコーラが入って50円。

当然消費税もかからず、氷も少なめと言う貧乏中学生には

神と崇めたいくらいのサービスなのだった。


5人くらい座れる座席に深々と、そして倒れるように座る龍一。

周囲を警戒しながら小走りで逃げ回るのもなかなかつかれる。

ぐびぐびとストローで吸い上げてか唇を話さないまま呑み込んだ。

呼吸が辛くなり、ストローから離れると天を仰いで目を閉じた。


『ふぅ・・・・』


ほんの数秒だった・・・『よう、お前ドコ中?』

思いっきり凄んで見せている声が聞こえた。

黙っていると、胸ぐらをつかまれて『ドコ中よコラ』と怒鳴られた。

ファストフードコーナーは一瞬で緊張感に包まれた。

龍一が目を開けると、そこには2名の学生がいた。

『俺は湯川原中だけどよ、おめぇはドコ中だっつってんだよコラ』

龍一はそのまま胸倉をつかんでいる男の手首に思いっきり拳骨を落すと、

一瞬距離が詰まった男の顔面に頭突きを見舞った。

鼻血を噴き出しながら床に倒れる男。

もう一人が友人に駆け寄った隙に『俺はアル中だ!』と叫び、

龍一は全力で走って逃げた。

駐車場を抜け、民家の隙間を走り、大きい通りを渡って、

更に民家の隙間を縫うように走り抜けた。


『くっそ漫画みてぇだな・・・どこにいても狙われる』


龍一はまた周囲を警戒しながら自宅を目指した。


翌日学校へ行くと不良仲間が昨日の武勇伝を話していた。

聞くと団体戦になり、まさに漫画の様な乱戦になって、

結果的に友好条約を結ぶことになったと言うのである。


『こんなことなら戦いに参加したほうが楽だったな・・・』

そう心の中で思いながら話の輪の中に挟まっていた。

一人の不良仲間がふとこんな発言をする。

『桜坂昨日いたっけ?』

不良仲間全員が話を止めて龍一に注目をする。

この瞬間が一番怖い、静けさ故の怖さ、何を言えば正解なのか、

発言次第では大惨事を引き起こすからである。

龍一はまさに爆弾処理班のように、切るために必要な

正解のコードの色を探るのだった。


『え?いたよ、2人ぶっ倒したよ門の裏で・・・その、道路側』


『まじ!?桜坂実は隠れキリシタンだよな!』


途端に会話が盛り上がる。


『そうそう、意外と伝説持ってるよな!』


『今度組手しねぇ?軽く!軽くさ、なぁいいだろ?』


圧しに弱いところもある龍一はついつい

『う・・・うん・・・今度じゃぁ・・・やろう』


龍一自身も友達とまでは行かないものの、こうして話せる仲間がいる事は

嬉しくないと言えばウソになるくらいの思いは抱き始めていた。


授業中、龍一はある思いが頭を埋め尽くしていた。

もう会えないと思っていた靖子との出会いである。


好きなのか?いや・・そういう感情じゃない・・・

じゃぁどういう感情?わかんない・・・じゃぁこのドキドキは何?

彼女の事を考えるだけで、なぜこんなにドキドキする?


そんな幸せな自問自答をしていると1日が終わる時間となった。

そこへ不良どもがやってきた。

『桜坂ぁ~組手やろうぜ組手』


『え?マジだったの?』


『当たり前だろ!やるっつったべ!』


『わかった、打ち込みあり?寸止め?』


『なるべく当てない!』


『大雑把なルールだね、分かった』


不良3名と龍一は体育館の横の空きスペースへと移動した。

『よし!俺からね!』

そう言ったのはD組の花田(はなだ)だった。

『あいーーーーーっ!!!』

奇声をあげると構えに入る花田。


『へぇ!カンフー使うんだ!』

格闘技が大好きな龍一は心がワクワクして脳がキラキラした。


『うん、独学だけどな』


独学が怖いと言うのも龍一は知っていた。

セオリーが無いから読めない行動をしてくるからである。

慎重に龍一は構えに入った、もともと左利きだった龍一の構えは右。

右足の重心をややかけぎみにして、

左足はかろうじて地面に触れているような状態。

龍一が習っていたテコンドーの基本の構えではない、

色々と喧嘩やリンチを経験し、その中で龍一が創り上げていった

言わば実戦向けの構えなのだった。

線は細いが体幹の良い龍一は体重移動がとても上手く、

崩れた体勢からでも蹴りが打てる。

これを活かすためにベタ足で構えないのだった。

不良の一人が審判をすることになり、2人の真ん中に右手を入れ、

『レディー・・・・』と言ったとたんに3人が噴き出した。


『いやわかるけどレディーで来るとは思わなかったわ!』


『英語赤点のクセに何がレディーだよ!』


『あははははははははは』


『うるせーな!いくぞ!レディー・・・レディー・・・ゴー!!』


『あーーーーーーーーーははははは!!!ゴーって!!!!!』


『レースかよ!!!!』


ひとしきり笑い終わって全員が涙を拭き終わった時、組手が始まった。


花田が左!右!とブンブン腕を振り回してきた。

始まってみると全然カンフーではなかった、しかしところどころ

カンフーっぽい踏み込みの速さなどがあり、

龍一は膝を上げてガード体制を取った。

花田はそれが膝蹴りに見えたらしく、とっさにボディーのガード姿勢になった。

その瞬間を見逃さず龍一はその膝から下を伸ばして

花田の胸に押し込むような蹴りを見舞った。

『痛ってぇ!』と言った花田の目の前にはもう龍一がいた。

回り込んで首に腕を回された花田は龍一の腕をパンパンパンと3回たたいて

ギブアップの意思表示をしたのだった。


『上手いなぁ桜坂、前蹴り打った時もう走ってたもんな』

そう言ったのはもう一人の組手志願者、中村(なかむら)だった。

ナカムラもD組だったが、例の美術の課題の件で世話になっている一人だ。


『俺、空手なんで、よろしく!』


そういうと花田を押しのけて中村が前に出て一礼した。

その礼儀正しい姿に不良を1mmも感じなかった。

龍一は、こんな気のいい奴らが不良で居る事にはきっと何か意味があるのでは?

そんな事を思い始めるのだった。


『お願いします』


龍一もしっかり頭を下げ、構えに入った。

先ほどの速さ特化型の構えはもう見られたので構えを変えた。

それに中村も気づき、中村は前に出した左足首を内側に15度ほど回転させた。

龍一の構えが重さ重視だと気が付いた上での対応だった。

花田が言う『レディーゴー!!!』

数分前は大爆笑だったこのフレーズももはや両者には届かない。

龍一の左足のつま先から中村の左足先までは約60cm

見えない拳で殴り合っているかのような、微動だにしないが戦って居るような

2人の緊迫した空気に花田も奥歯が割れそうなほど食いしばる。

動いたのは中村だった、左足を一瞬半歩程出して右のローキックを打った。

ムチで打たれたような表面がとても痛いローッキックに龍一は衝撃を受けた。

しかも速い。2発目が来たので潰してやろうと龍一はカットの構えを取った。

その瞬間ハイキックが龍一を襲う。

とっさに上半身を反らせて直撃は避けた、その体制のまま龍一は上半身を捻り、

詰めて来た中村の顎に蹴りをカウンターで入れた。

その反動で体制を整えた龍一の至近距離にもう中村が居た。

さっきの龍一の動きと同じだった、しかしやるからには対策も出来ている。

龍一は右足で膝を合わせた、龍一の膝の距離なのに

中村のハイキックが龍一の脳を揺さぶる。

水月に膝が入った中村はうずくまって『参った』と言った。

脳が揺れてフラフラしている龍一も『俺も』と言い放った。


その後暫く3人の格闘技の話は暗くなるまで終わらなかった。

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