第7話 靖子ちゃん

どんなにひどい目に会っても朝は来る。

行きたくなかった、新しい学校へ行くのがとても嫌だった。

『頭が痛い』そう言っても『行けば治る』と言われる。

『お腹が痛い』そう言っても『うんこすれば治る』と言われる。

結局休むことなど出来ないのだ。


『いいかい、ランドセルに付いて行きなさい』


母親の喜美が最低限の言葉で道を説明する。


家を出て歩き出した龍一、探すまでもなくランドセルが溢れていた。

友達はいないのでトボトボとついて歩く。

3人組の何年生かわからない男子の後ろを。


その3人は昨日のアニメの話で盛り上がっているようだった。

チョップしてみたり、パンチしてみたり楽しそうに見えた。


独りぼっち・・・今の龍一にはピッタリの言葉だった。


やや暫くきょろきょろしながら歩く、道をおぼえる為だ。

方向音痴の龍一はちゃんと覚える為の努力をちゃんとした。


『えっと・・・ここに大きな木があって・・・』


どん!


ランドセルに何かがぶつかり、龍一が飛ばされて転んだ。

振り返ると昨日の4人組だった。

1人が『やれ!』と言うと全員で龍一に石を投げつけた。

頭を抱えて丸くなって石から必死で身を守った。

エスカレートする石投げはその大きさにも変化が出てきた。

身体にズシリと響くような大きさと重さの石まで投げつけられていたのだ、

脇腹が痛い、手の平が痛い、聴いたことない音が体中から鳴り響く。


『もうやめて!』


必死で叫んだ龍一のオデコに大きな石が直撃した。

あまりの痛さにショックで動けなくなった、雷が落ちたかと思った龍一。

頭皮に冷たいものが伝う感覚があった、立ち上がろうとした時、

大きくジャンプした1人がランドセルに飛び乗って踏みつけた。

衝撃で鼻を地面に思いっきりぶつけ、その衝撃は痛さを超えていた。

目の前が真っ白になった、しかし踏みつけは2度3度4度と続き、

龍一は本当に『もう死ぬんじゃないかな』と考え始めた。

まだ舗装道路がポピュラーじゃないこの時代、道路はでこぼこ道。

その埃まみれの砂利を両手ですくった班の男子生徒4人は、

もぞもぞともがく龍一の頭にざらざらと、まるで海外の埋葬の様にかけた。

『もうすぐ終わる・・・もうすぐ終わる・・・耐えれば終わる』

そんな淡い希望にすがった龍一。


『いこうぜ』


希望が輝いた瞬間だった。


やっと終わったリンチ、頭の痛い部分に手を触れると激痛を感じた。

『いてっ』手を見ると血だらけだった。

その血を見て、泥だらけの手を見て龍一は涙を流した。

声を殺して、涙だけをただただ流した。

鼻血もドロドロと流れて来た。


そんな龍一に誰も声をかけることはなかった。


体中が痛くて、やっとの思いで立ち上がった時、

真っ白いハンカチを差し出された。

顔を上げると、同じ年くらいのお下げ髪の女の子だった。

女の子は泣いていた、龍一を見て泣いていたようだった。

龍一がハンカチを受け取らないでいると、その女の子が顔を拭いてくれた。

ドロドロの龍一の顔を拭きながら『私、くやしい』と言った。


『ぼ・・・ぼくも・・・』


行こう!


女の子は龍一の手を引き、歩き出した。


『名前・・・名前なんて言うの?』龍一が女の子に聞く。


『靖子(やすこ)』


『やすこちゃん?』


『うん、そう』


一人の女の子が龍一に救いの手を差し伸べた。

龍一は靖子に『ありがとう』と言った。


学校の玄関に入ると、靖子は『負けないでね』と言うとニッコリ微笑んだ。


龍一の中で何かが弾けた。



保健室で処置をしてもらい、包帯を巻いてもらった頭がむず痒かった。

あの4人は学校の中では何もしてこないから龍一は安心していた。

頭の中は今朝出会った『靖子ちゃん』のことでいっぱいだった。


『どのクラスにいるんだろう・・・』


廊下に出てみるが、転校2日目の龍一にはほかのクラスを覗くなんて勇気は無かった。


下校時間になり、下駄箱で靴を履く、周囲を確認するがあの4人は居ない。

安心した龍一は逃げるように玄関を飛び出した。

来た道通りに帰る龍一が公園に差し掛かった。


『やめて!やめて!』


女の子の嫌がる声がした。

龍一が車の陰に隠れてそっと覗き込むと、

1人の女の子をあの4人組が押したり棒で叩いたりしていた。

龍一は見られたら自分もやられると思い、逃げようと移動を開始した。

車から車へ、忍者のようにサササッと移動しては隠れて様子を伺った。

1人の男の子が女の子の髪の毛を掴んでグイ!と振り向かせたとき、

その子が靖子ちゃんだとわかった。


『転校生と仲いいんだろ?どーゆー関係?』


そんな声が聞こえた。


『僕のせいだ』そう気づいた龍一だったがどうして良いかわからない。

でも靖子ちゃんを助けなきゃダメだと言う気持ちはあった。

どうしようどうしようとアタフタしている時、靖子ちゃんと目が合った、

その距離5mほどだった。

靖子ちゃんは龍一に対して首を横に振った。

来るなと言う意味だった。

龍一はそれくらいわかっていた、でも朝に救ってくれた人を置いていけなかった。


『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


龍一は勝算も無いのに飛び込んで行った。

とっさに出たテコンドーで学んだ前蹴りが1人に当たった。

ポカポカと殴り合う小学生には衝撃的な蹴りだったらしい、

両手をクロスさせて一気に引きながら『ハイッ!』と叫ぶと、

突きで一人のみぞおちをぶち抜き、その流れで肘打ちをもう一人の顔面に、

4人目はローキックで立てなくなった。


『あぶない!』


靖子が叫んだ時、1人が後ろからスリーパーホールドをしてきた。


『苦しい・・・』


爪を立てて手の甲を思いっきりひっかいた、痛みで手を離した一人を突き飛ばし、

転ばせると馬乗りになった。

顔を見ると4人組のリーダー的存在だった。

怒りが込み上げてきた龍一はリーダーの顔面を何度も殴りつけた。


龍一の腕を掴んで止めたのは靖子だった。


『靖子ちゃん・・・』


『もうやめて、勝ったんだよ、えっと・・・』


『龍一・・・僕・・・いや、俺、龍一っ!』


『助けてくれてありがとう、龍一君』




それから間もなく、靖子は引っ越して行った。

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