第5話 引っ越し
3年生になった龍一はある日、姉である三女の弥生 純子(やよい じゅんこ)が桜坂家へやってきた。弥生 純子は結婚し、松田純子になっていたのだった。
その日は誰も居なく私と姉の二人きりだった。
この時すでに四男の弥生 潤一(やよい じゅんいち)は卒業して北海道へ出て行った。五男の弥生 昂一(やよい こういち)は高校中退して兄の潤一に付いて行った。
姉が改まって私に『話しておかなければならない事がある』と言い出した。正座して座布団に座る姉、座布団を自分の真ん前に置き、座りなさいと指でジェスチャーした。
飛び乗るようにちょこんと座った龍一は何を話すのかと姉を見上げた。
銀縁のおしゃれっ気が1mmもない眼鏡を右手でクイッと上げると『あのね・・・』と目を細めながら話し出した。
『龍一、あなたの兄弟ってなんで苗字が違うと思う?』
『んー・・・わかんない』
『なんて言えばイイかな・・・結婚すると名字が変わるのはわかるよね?お姉ちゃんは松田になったでしょ?』
『うん、わかる』
『つまりね、常盤 善幸(ときわ よしゆき)と常盤 雅幸(ときわ まさゆき)弥生 純子(やよい じゅんこ)弥生 潤一(やよい じゅんいち)弥生 昂一(やよい こういち)桜坂 龍一(さくらざか りゅういち)、名字が3つあるのはわかるよね』
『うん』
『あのね、龍一、あなたの父ちゃんは康平ね、桜坂康平、常盤は常盤さん、弥生は弥生さんがお父さんなの』
『う・・・・・・うん、うん?、うーん・・・』
『みんなお父さんが違うってことは、わかるよね?』
『父ちゃんが3人いるってこと?』
『んまぁ・・・手っ取り早く言えばそう言う事だけど・・・龍一はそれをどう思う?』
『よくわかんない』
『そっか』
実はそろそろそういう話を龍一にした方が良いのではないか、でも母親である喜美は話せないから姉に頼んだのだった。あっけらかんとした龍一に姉はちょっと安心した。
それから数日後、龍一は母親に引っ越しをすることになったと告げられる。姉の旦那である松田は建築業を営んでおり、アパートを建てたからご両親も住みませんか?という申し出だったのだ。なんにでも『うん』と答えてきた龍一は母親に初めて反旗を翻してきた。
『友達と離れるのは嫌だもん!まだ三年生だし!修学旅行も行きたいし!』
『あんた一人でここに残るってのかい!』
『ここで暮らす!』
『できるわけないでしょ!』
『出来るもん!出来るもん!出来るもん!出来るもん!出来るもん!』
『できねぇーっての!!!!』
『うわあああああああああああああああああ』
龍一が母親の喜美に飛び蹴りを食らわせた、見事に胸に蹴りが当たったが、母親は体格が良く殆ど効き目がなかった、怒った喜美は龍一を引き寄せて上にのしかかった、あり得ない体重差で龍一は喜美の下で苦しみもがいた。闇雲に出した拳骨が喜美の鼻を直撃して鼻血が出た。怒りに火がついた喜美はさらに龍一を巻き込むようにグルグルと回った、その時龍一の左目に激痛が走った。
『母ちゃん!母ちゃん!痛い!目が痛い!やめて!なんか刺さった!』
『はぁ?何言ってんの?』
身体を起こした喜美、起き上がる龍一・・・
その目の付け根には確かに何かが突き刺さっていた、それはお菓子のイモケンケンだった。鋭利にスライスした芋に飴でコーティングしたスナックはこの日、凶器となった。鏡を見ながら指でイモケンケンを引っこ抜いた龍一、出血はしておらず、まるで涙腺にスッポリ入ったような奇跡だった。
結局親子で殴り合っても引っ越しの日は揺るぎなかった。
可哀そうに思ったのか、翌日父親の康平が龍一を連れて街一番の繁華街【神無月(かんなづき)】に行くことにした。その理由はこの日、デパート屋上で仮面ライダーショーが開催されるからであった。この街では知らない人がいない程愛されたデパートのひとつがここ。
仮面ライダーが怪人蝙蝠男を倒すショーが終わり、仮面ライダーに抱きかかえられて写真を撮ってくれるサービスが行われた。順番を待って、いよいよ龍一の番が来た、龍一は仮面ライダーの抱っこを頑なに拒否した。康平が龍一の頭をひっぱたき『早くしろ!』と怒鳴りつける。龍一は『こうもりおとこがいい!』と叫んだ。スタッフは蝙蝠男は対象外なのですが・・・と会場がにわかにザワザワしはじめる。康平が今度は龍一の頭をグーで殴りつけ『いい加減にしろ!蝙蝠はもう服脱いだってよ!』龍一は仮面ライダーとも写真を撮れず、康平に髪の毛を鷲掴みにされ舞台を下ろされた。がっくりした龍一の背中に『きみぃ!!!!!』と声がした。
振り向くと蝙蝠男が羽根を広げて立っていた。
龍一が思い切り走ってジャンプすると、蝙蝠男は空中で抱きかかえてくれた。怪人に抱かれて、後ろに仮面ライダーが立っているなんて妙な写真にサインを入れてくれた蝙蝠男に龍一は凄く凄く喜んだ。家に帰ってその写真を壁に張った。その日は嬉しくて嬉しくて笑顔のまま眠ってしまった龍一。
数日後、巴乃小学校最後の日
全ての授業が終わると、ホームルームの時間を先生がお別れ会にしてくれた。
牛乳キャップメンコのクラスチャンピオンが、手に入れた牛乳キャップを全部龍一にくれた。龍一は母親が用意してくれたノートとシャーペンのセットを全員に配りながらお礼を言った。
放課後、いつも喧嘩をしていた空手を習っている女子、景子が『最後に戦おう』と言ってくれた。龍一は良いよと言うと外で試合をすることになった。タンポポがたくさんの花壇の横で構える2人。『イヤー!!!!』と叫ぶと景子が正拳突きをしてきた、その右突きを身を捻じってかわしすと左ひざが景子のみぞおちにめり込んだ。『う!』と言うと2歩後ずさりした、蹴りを見舞おうとして間合いを詰めた龍一の顔面に景子の掌底が決まる。『ぶっ!』のけぞった龍一に追撃を決めようとした景子の蹴りと龍一の反撃の蹴りが交差してお互いの頭に当たり、2人とも倒れた。
『ありがとう景子』
『またね、龍一君』
大の字になって2人で笑う、その空はとても綺麗な青空でした。
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