第2羽  急転直下

 耳元で風が轟々と音を立てる。下から吹き上げる空気に羽が持ち上げられた。


 直ぐ側には、恐怖の色を滲ませ同じように羽毛をはためかせる妹が。


 ――ああ、どうしましょうか。


 徐々に迫ってくる地面に絶望の念を抱く。未だ飛べない私達は天高く聳える大樹からパラシュートなしのスカイダイビングを敢行していた。

 もちろんやりたくてやったわけではない。

 このままだと訪れるのは―――――死。生まれてから数日、私は、私達は命の危機に陥っていた。


 ―――――なんでこんなことになったしまったのか。これは少し前に遡る。

 それは食卓に悲しいものが並ぶようになって数日経った今朝のこと。


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 私たちは順調に成長してすくすくと大きくなっていきました。

 サイズとしては人間大で膝辺りまでの高さでしょうか。まあ、お母様は見上げるほど大きいですからきっと私も大きくなるんでしょうね。 


 お母様がいない間じゃれつく弟妹達をあやすのは私の役目です。近づいてきたときに頭を撫でたりしてたら自然と懐かれていました。最初はまとわり付いてくる程度だったのですが次第に過激になり、突撃してくるように。最初は受け止めていたのですが、最近は全員一気に来ます。

 あの、体格は同じですからね?一斉に来られるとさすがに受け止めきれませんよ?


 押し寄せる羽毛達にビビった私。避けては怪我をしてしまうと、過去の人生で培った体術を使って受け流し、ポンっと空に投げ飛ばしました。しまったと思ったもののそこは鳥なのか、飛べはしないものの翼を広げてふわっと着地。

 無事なのを見てほっと胸をなで下ろしているのをよそに、弟妹達は面白かったのか飛び跳ねてピヨピヨ騒いでいました。全く……。

 そしていきなり静かになるとこちらをジッと見つめてきた。嫌な予感が……。

 バッと駆けだした弟妹達はもっと投げろとばかりに羽を広げて飛びかかってきました。待って?


 避けてしまうと下手すると怪我をする恐れがあります。私がヘトヘトになってダウンするか、弟妹達が飽きるまで投げ続ける羽目に。良い訓練にはなるのですが……。


 今日も今日とてかわいい弟妹達は私の体力など考慮せずに飛びかかってきます。先頭の子を投げ飛ばしてもいつの間にか最後尾に並んでいるのでこの遊びは無限に続きます。

 ……実はなにかのいじめでは?


 そんなとき興奮した1羽がこちらに突進してくる途中で躓いて転けてしまった。体が軽く、羽毛が柔らかいので地面で反発してバウンドする。空を舞っていますがどうやら怪我はないようです。

 全く……、気を付けて――ッ!!待っ!?


 その時、バウンドした子が別の子の上に落下しさらにバウンド。


「ぴ?」


 その子はなにが起こったのかも良くわかっていない顔で、止める間もなくそのまま巣の外に飛び出ていった。


 今更ですが私達の巣は巨大なお母様が住めるほど大きな木の上にあります。世界樹とでも呼ばれそうな程の大きさで下手な高層ビルよりも遙かに高い。


 そして巣の外に地面はない。つまりこのままだと――落下死する。


 それがわかった途端、気づけば飛び出していた。


 ――貴方たちはここで待っていてください!!


 想定外の事態に騒ぐ弟妹達へそう鳴いて空に身を躍らせた。

 頭を真下にして加速。風がゴウゴウと騒ぎ、恐ろしい速度で景色が流れていく。

 目をこらして必死に探せば恐怖で藻掻くあの子を眼下に捉えた。


 ――見つけた!!


 翼の向きを調整してなんとか向きを変え、落ち続ける妹に近づいて行きタイミングを見計らう。そして。


 ――捕まえた!!


 翼を広げて減速。同時に体勢を入れ替え足で捕まえることに成功する。驚いて見上げた妹は私の姿を認めると僅かに安心したような表情になった。


 さて。実は問題があります。


 この子はまだ飛べません。そしてなんと私も飛べません。

 ……どうしましょう。ここからなにも考えてなかった。


 体に打ち付けられる風を感じながら思ったのだった。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



 そうです。この状況は私がなにも考えずに、大樹の下に飛び込んだせいです。


 ……仕方ないじゃないですか!見捨てられるわけないでしょう!?


 ともかくなんとかしないと……!!

 妹を足でガッシリと掴んだまま翼を広げることで空気抵抗を増やし、減速を試みる。


 ――ほら、貴女も!


 私の指示に応えて必死に翼を広げる。おかげで落下するスピードが下がった。しかしまだ落下は続いています。減速したとは言えそれでも速度はかなりもの。このままだと地面に叩きつけられて死んでしまう……!!


 せめてなんとかこの子だけでも……!!


 そう思っても有効な手段は特になく次第に地面は近づいてくる。こうなったらイチかバチかアレに賭けるしかない!!


 足で掴んでいた妹を引き寄せ、背中に回す。


 ――掴まっていてください!!


 しがみついたのを確認し、空中で技の構えを取る。体の中から湧き上がった力強い光が右足に集っていく。そして、力を一気に解放。


 力強いエフェクトをまとった、小太刀を抜き放つような素早い蹴り。それが今の私の強さからは考えられない威力と速度でもって、木の幹に斜め下方向のベクトルで叩きつけられた。


 ――ッ!!


 強烈な衝撃。右足の痛みと共に落下の速度が一気に削り取られる。反動で木の幹から弾き飛ばされた。


 覚悟を決めて妹を抱きしめ自分が下になり、来たる衝撃に備え目をぎゅっとつむる。


 ――お願い!!


 かくして私達は――――生き延びることに成功した。


 幸運なことに弾き飛ばされた私達は、下に生えていた小さな木に向かって突っ込んだのだ。小さいとは言いましたが、巣がある一際大きな木よりであって普通に大きいです。ともかく木に突っ込んだ私達は枝が折れる音と共に減速。その後地面に叩きつけられたもののなんとか生きています。


 打ち付けられた背中は痛みますが私の上に乗っている妹も無事です。助かった……。


「ぴよっ!!」


 安心したのか妹が翼を広げてがばりと抱きついてくる。はいはい。もう大丈夫ですよ。私も抱きしめ返して、背中をとんとんと叩くことであやす。


 ……さて。

 天をく大樹を見上げて途方に暮れる。助かったもののこれからどうしましょうか。

 一番下の枝でさえ遙か上空にあります。木の幹はどっしりと重厚で、登れそうな場所も見当たりません。自力で巣に戻るのは不可能ですね。

 これはお母様が戻ってきてくれるのを待つしかありませんね。


 そう考えていたとき正面の茂みから物音が。それに妹も気づいたのかビクリと反応する。庇うように前へ出た。下がっていてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る