#11 蒼乃冬花の話は長い@壮絶勘違い合戦



せっかくの休みなのに、もう一日が潰れようとしているなんて。



グダグダと冷凍食品の昼飯食ってからヴェロニカの正月の買い出しの手伝いさせられて、結局帰ってきたのが午後4時。家でぼーっとしてたらもう6時だよ。くそぉぉぉ。とはいえ、今日は行きたい声優イベントもなかったし。

ま、いっかぁぁ。ああ、眠い。寝よう。このまま寝ちまおう。それがいい。



ピーンポーンっ!!



またヴェロニカかよ。なんでそんなに暇なんだ。俺に構う余裕があるなら、もっと他にやることあるんじゃねえのかな。



ピンポーンッ!! ピピピピピピンポーンッッッ!!



「だから連打はダメだって言ってんだろがッ!! ヴェロ——」

「にいに、寒いから早く入れてー」

「と、とと、トーカ……お、おま、おまえ、なんでここにッ!?」

「あー……家出してきちゃった」

「……おい。遠路はるばる、なんで家出なんてしてきたんだよ。お前な、福島からこんなとこまで来て。母さんと父さん心配するだろ?」

「とにかく、寒いのー。早く入れてって」

「ダメだ。家出はダメ。電車賃やるから帰れって」

「もう。中に入っちゃうから」



あぁ、俺の脇の下を抜けて「とぉっ!!」ってローファー脱ぎ捨てやがった。

行儀が悪すぎる!! 誰に似たんだ……って、あれ、既視感。とんでもない既視感。

前にも同じようなことがあったような。

制服のスカートから伸びる素足を伸ばして部屋に入っていくんだけど、なぜかキッチンでピタッと動きが止まったぞ。なんだ?



「にいに。彼女できたんでしょ」

「……で、できてねえよ」

「このキッチンの残骸はにいにの料理じゃないもん。彼女がにいにに手料理を振る舞おうとしてフライパンから大炎上したとトーカは推理する」

「ぐっ……」



ヴェロニカの残していった、昼飯になるはずだった黒焦げの料理を片付けるの忘れてたわ。

結局食材がなくなって、冷凍食品食ったまでは良かったけど。時間がなくなっちゃう、とか言って慌てて出掛けて……はぁ。



それに、ヴェロニカの奴……よく見たら風呂場にストッキングを脱ぎ捨てとか……。

やばいな。トーカのきを突いてなんとか回収せねば!!



「にいに、ここにストッキングの抜けがらあるけど? やっぱり彼女いるんじゃん」

「ち、違う。そ、それは……」



言い訳がなんも思いつかねえ。それどころか悪くなる一方だ。このまま帰って母さんと父さんにペラペラとゲロられたら、しつこく『紹介しろ』攻撃が始まる。

絶対にそれだけは阻止せねばなるまいッ!!



「にいに、というわけでしばらくお世話になります」



これはこれはご丁寧に三指ついてお頭をお下げにおなられて。おトーカさん、お顔をお上げください。お拙者せっしゃもお独り身ゆえに、お力をお合わせになっ——違ッ!!



「お世話しねえよ!! いいから帰れっつうの」

「こんな暗い時間に生足JKを、いくら関東に近いとはいえ福島まで返すとか、鬼の所業しょぎょうにございますかッ!? 鬼畜無神経無感情無機質都会人の下衆ゲス不良ロクでなしの極み野郎に襲われてトーカは冷たい東京のアスファルトの上に無残にも打ち捨てられて、17年の人生に幕を下ろすのでした。お葬式は密葬で両親と知人、それにごくごくわずかな仲の良かった友人に囲まれて静かに執り行い、火葬されてお墓に入れられるのでしょう。そこに兄の姿はなかった。そう、彼は自分のしでかした過ちを認めずに、東京の寒空さむぞらを眺めてこう言うのです。ああ、トーカ、とぉぉぉかぁぁぁぁッそんなつも——」

「長ッ!! お前の話は長いッ!!」



でも、まあ一理あるな。この時間に女子高生が出歩くのは、東京ではそこまで違和感はないが、福島に着く頃には真夜中だ。いや、勘違いしないで欲しいんだが、最寄りの駅は8時で真夜中だ。

ざっと復路の電車の乗り継ぎを考えても着く時間の9時なんて真っ暗闇でイノシシとか野犬がのさばる和風サバンナだからな?



「分かった。1日だけだからな。母さんには俺が連絡しとく」

「うん、ありがとっ!! にいに。あ、ああーッ!?」



あぶねえッ!! トーカの足がツルッと滑ってコケそうに。俺が受け止めなかったら頭打って大惨事だったぞ。

ああ、よく見たら床が油でベトベトなんだわ。ヴェロニカのゴミ料理で飛び跳ねた油だろうな。ったく。ここまでヴェロニカに振り回されるとは。



ガチャ。っと玄関の扉が開いたが……ん?



「ハ〜〜〜ル君っ♪ また来ちゃっ……は?」



ヴェロニカもしつこいなぁ。また来るなんて。っていうか、なに固まってんだ?



ん? 



んんんん!?



あ。トーカとヴェロニカが見つめ合っている。そう、絡めたままの視線を互いに外そうとしない……野生動物かっ!!

目線を外したら首元をガブッてヤラれて食われるとか思ってんのかッ!?

ここは都会サバンナかッ!?



「だ、誰……そ、そ、その子ッ!?」

「トーカは『その子』じゃないよっ!! 名探偵の嫁の親友と同じ名前なんて。どうせなら、『ランちゃん』って呼んでよね?」

「は、離れろってトーカ。もう大丈夫だろ」

「にいに、誰、この西洋人形? ああ、この可愛いお人形さんが彼女なのか。つまり、トーカの推理だとこうだ。トーカが油に足を取られて滑って転んで大怪我をすると実家の両親、とくに父親に怒られると算段した普段は野暮ったい兄が、ここぞとばかりに火事場の馬鹿力を発揮してトーカを支え——」

「長ッ! 長過ぎーーーッ!! お前の話は長えんだよッ!!」

「……ハル君? これって浮気だよね? 今度はあたしがNTRってこと?」

「は? そもそも俺、ヴェロニカと付き合っていないよね? だから、NTRにならないよね? え、待って待て待て。その発想はどこから!?!?」

「にいに、『今度は』ってことはNTRされたの? ホントに? トーカの推理——」

「ワチャワチャしてるけど、とりあえず、トーカは黙ってろ。おい、ヴェロニカ、頼むから延焼させないでくれッ!! えっと……混乱の極みぃぃぃぃぃぃ!!!」



ややこしすぎ。とにかく、ヴェロニカに上がってもらってトーカの素性を話してやらねばならん。トーカには嘘をついてもバレるので正直に説明するか。



「あ、あたし、ぜ、絶対に負けないからっーーーうわあああん。ハル君のバカぁぁぁ」

「にいに、NTRってなに? この子がNTRされたってことでオッケー?」

「ちょ、ちょっと二人とも黙れぇぇぇ」




今夜は長くなりそうだな……。

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