#10 『半グレ」と『オタク野郎』とヴェロニカと萌々香と。



……いや、萌々香死ぬだろ。絶対に死んじゃうだろ?

ったく、何してんだか。



昨日寝ちゃって、風呂に入っていないヴェロニカが入りたいっていうからかして……。

うーん。やっぱり気になるな。

会いたくはないけど……瀕死の人間を放っておくほど俺も鬼畜じゃないしな。



「おい、萌々香〜〜〜? 生きてるか?」

「ハル、ハル君……あ、あたし……もう寒くて……」

「ったく。入れ。温まったら帰れよ?」

「う、うん」



奥歯鳴らして、ガチガチじゃねえか。いつから外にいるんだよ。雪降ってんのに。

電話すれば……ああ、個人的に掛けてこられてもヤダなって思って着拒してたわ。メッセージも受信できないようになっているし。



「ハルきゅ〜〜〜〜んお風呂一緒……な、なんで白井萌々香が中にいるのよ」

「だって、凍傷とかになったら大変だろ。好き嫌いとコレは別問題」

「……そうね。ハル君の言うとおりだね。見捨てたら、白井萌々香と同じになっちゃうもんね」

「あ、あたし……そんなことしないもん」

「どうだか。ほら、先にお風呂に入りなさいよ。本当に死ぬわよ」

「……あ、ありがと。結構いいとこあるじゃん」

「調子いいヤツね」

「お言葉に甘えさせてもらうね。ハル君」

「——お前、怪我してないか? さては、雪でコケたろ?」

「……う、うん。痛かったんだぁハル君」

「はい、抱きついたら殺す。ほら、絆創膏ばんそうこう。あたしが貼ってあげるから。済んだらお風呂に入りなさい」

「……なによ。あたしのハル君なのに」

「「……今、なんて言った?」」

「では、お風呂いただきま〜〜す」



ヴェロニカは俺がNTRされたことを怒っているからこそ、隆介だけじゃなくて萌々香にもその矛先が向かっているんだよな。

それはありがたいことだけど……。



「俺、もう萌々香のことはどうとも思っていないから、ヴェロニー……あんまり萌々香を責めないでくれよ」

「え? だって、ハル君何されたか分かってるの? あんな酷い目に遭って……」

「分かってる。けど……萌々香にも事情があったんだろうし。それに今後俺が萌々香に自分から近づくことはない。だから」

「どこまでもお人好しなんだから……」

「そうかもな……だからNTRなんてされるんだろ。自分でもよく分かってる」

「まあ、それがハル君の良いところなんだけどね。えいっ」



だーかーらーっ!!

クリスマスイブは終わって、また日常が戻ってまいりました〜〜〜ってことで〜〜〜。



「ソー」

「そう?」

「シャルディ」

「しゃるでぃ〜〜〜ダンス?」

「だれがシャルウィーダンスだっつうの。ディスタンスで、ソーシャルディスタンスだぁごらぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」

「ダメ。離さない。今日は離さないのぉぉぉぉぉッ!!」

「ぬあっ!? そ、そんな、う、後ろから腰に手を回して……ガッチリホールド……やるな。ヴェロニーッ!!!」

「このままKO狙うからっ!!」

「って、なんの戦いだーーーーッ!!」



そして密着度がいつも以上に増して……そ、その柔らかい感触が背中に……。だめだだめだだめだ……イブデートのキ、キ、キスが頭から離れない。こ、これはヤバい。

ヴェロニーに発情するなんてあってはならない。

ああ、よく考えたら、萌々香がそこにいるのに……。

例えNTRだとはいえ、別れてこんな早くに別の女とイチャイチャしてたとあらば……チャラ男決定じゃないかっ!!



「はーなーれーろーーーっ」

「イヤ。だって心配なんだもん」

「は? な、なにが?」

「あの白井萌々香に誘惑されて、コロッと騙されて抜け出せなくなるじゃないかって」

「……それはない。ヴェロニーの心配も分かるけど、俺は……もう吹っ切れたって」

「ハル君が思うよりも……女ってしたたかなの。白井萌々香の『ハル君ホイホイ』に掛かったらイチコロよ?」



ああ。おいしそうな匂い……甘い薫りだ〜〜〜わーい。これは萌々香臭だ。うんうん、あの頃を思い出すなぁ。あの頃はこうして、萌々香が甘えてきて、俺も……あれ、ベトベトだ。ベトベトの床に足が取られて……わぁぁぁ転んだら手までベトベトにっ!!

ぬ、抜け出せない!? ヴェロニカ〜〜〜助けて〜〜〜〜うわぁぁぁん!!



って、俺はゴキブリかっ! 

なんだ萌々香臭って。



「なにイチャついてるの……やっぱりそういう関係だったの!?」

「も、萌々香ッ!? ち、違うッ!! 違うからなッ!?」

「なんでハル君否定するのよッ!! もう白井萌々香とは何の関係もないんだから、素直に『そうだよ。萌々香。俺はヴェロニーを愛している』って言えばいいでしょうに〜〜〜っ!!」

「なっ!! そうなのハル君? やっぱりヴェロニカと付き合ってるの???」

「はぁ〜〜〜?? あんたにはなんの関係もないでしょうが」



って、萌々香ッ!! バスタオル一枚で出てくんなッ!!

ああ、しかもヴェロニカのために用意していた奴勝手に使いやがって。



「関係あるわよ。ハル君は今でもあたしのこ——」

「んなわけあるかーーーいッ!! ほら、お風呂で温まったならお引取りください。っていうかそんな格好でハル君の前に出てきて。信じられない。色仕掛けなんてハル君には通用しないからッ!! ほら、あたしとハル君は、これからお正月に向けてのお買い物に行かなきゃなの。ほら、しっしッ!!」

「だって、着たくても服が濡れているし……着替えはないし……」

「そうやって、意地でも寄生しようとして……いいわ。ハル君、なにかいらない服とかあげちゃって。その分、あたしが新しいの責任持って買うから」

「いえ、結構です。ストーブで服温めますのでぇ〜〜〜」

「そんな悠長なことしていたら、日が暮れるわよ。ほら、とっとと服着て出ていきなさいっ」



ああ……予想通りの展開に。っていうか、こんな朝っぱらから騒いでいると隣の半グレがキレるぞ。



「うっせぇなッ!! おいクソ女てめえまだいたのかっ!!」



ほら出てきた。俺が引っ越してきた当日にベランダの仕切り板破ってきたんだよな。この半グレ。


うるせえぞって殴りかかってきたから、お返ししてやったんよ。そしたら割と仲良くなったんだよな。掃除機掛けたらうるせえの当たり前だって言ってやった。

正当防衛だよな?



「あ、あ、オタク野郎、こんにちはっす。この女、彼女なんて嘘でしょう? だって、っと思って。いや、ほら、ストーカーとかの部類かと思いやして……少し驚かしてやったんです」

「ああ、彼女ではないが……まあ、ストーカーでもない……かな?」

「そ、そうでしたか。悪かったなぁ。臭えお湯飲まして」



な、なんだ臭いお湯って。いったい、俺がいない間にこいつらの間に何があったんだ……。



「じゃ、じゃあ、オタク野郎。ごゆっくり」

「「ちょっと。オタク野郎って?」」

「ああ。引っ越してきた初日に喧嘩して、名を名乗れっていうから、『ただのオタク野郎だッ』って啖呵たんかを切るごとく返してから、そう呼ばれるようになったんだよな。そこから割と仲良くなって。今でも良いお隣さんって感じだな」



だって、見た目あんなあぶねえ奴に自分の本名なんて教えられるかっつうの。

で、誤解がとけてからも、なんとなくの流れでお互いに「オタク野郎」「半グレ」って呼ぶように——どんな仲だよ。



まあでも、なかなか良いヤツなんだよな。就活失敗した時にバイト紹介してもらったし。

なんだか女の子を車で迎えに行って、お店の前で降ろすだけの仕事のヘルプ。

今は辞めさせてもらったけど。



「ハ、ハル君聞いていい? あたしと付き合っているとき……あの人まったく見なかったけど?」

「ああ、初対面なのはそうだろうな。俺の彼女が出入りしているときは顔出すなってくぎ刺しておいたから」



そりゃ顔が怖ぇぇからだよ。一人や二人殺してそうな顔してるだろ。半グレどころか全グレじゃねえ? って今でも思う。

そんなのが出てきたら、ビビってもう萌々香が来なくなるかなって思ったんだよな。



「……ハル君って……小学校のときみたいに……腕っぷし強い? それと人見知りしないタイプ?」

「……どうだろ。ヴェロニカのようにコミュ力は高くないのは確かだぞ」



な、なんで二人して遠い目してんだよ。別に俺が誰と交流しててもおかしくないだろ。

それに人は見かけによらないっていうし。



「と、とにかく……ちょっと動悸どうきが止まらないから濡れたままの服でいいから帰るね……ハル君助かった……ありがと」

「……なにビビってんのよ」

「はぁ〜〜〜? ビビってんのはそっちでしょうよ。この泥棒猫ッ!!」

「だ、誰が泥棒猫だっていうのよ。あんたに言われたら世界の終わりだわ。このクソビッ◯がっ!!」

「言わせておけば、このぉ」



こいつら……。学習しないな。



「半グレさ〜〜〜ん」

「オタク野郎ッ!! 呼びましたかッ!?」

「「ひぃぃぃぃぃ」」



顔だけで効果てきめんとか。

ヴェロニカまでビビって萌々香と抱き合ってるくらいだから、女の子からしたらすげえ強面こわおもてに見えるんだろうな。

ん……萌々香は泣いてる?

そんなに苦手意識あるとは……。

なんでだ?



「か、帰ります〜〜〜〜っ!! ま、またね、ハル君」

「おおーもう来んなよ。萌々香〜〜」

「そうだそうだ〜〜〜」



って、半グレ……まだ見てるし。



「オタク野郎の彼女はその子なんですね。覚えておきます。もし何かあれば遠慮なく言ってください。オタク野郎には世話になってるんで」

「ああ、いや彼女ではな——」

「いえ、彼女……みたいな者でして。ハル君……な、なんのお世話してるの……?」



強面だからって無理に合わせなくていいのにな。ヴェロニカの奴……きっぱりと彼女じゃないって否定すればいいのに。



「ん〜〜晩飯のお裾分けとか。バイトで貰うまかないの残りとか。あとは……ああ、今はしていないけど、人手がないときに女の子の送迎のバイトヘルプとか」

「お、女の子の送迎……?」

「あれ。ヴェロニー? なんで、ひ、額に血管浮かび上がってるん? バ、バイトの話なんだけど?」

「詳しく聞こうか……」




この後、説明に1時間も掛かったしまい……風呂がすっかり冷めてしまった……。

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